夕暮れの旅立ち 2
お腹が空いた……勿論、真っ先に浮かぶのはそんな思いだが、そんな事よりもセシィが起きているのかどうかが気になるフラン。一先ず家に帰ってからセシィと一緒に昼ごはんでも、と考える彼女に、幼い少女が駆け寄る。
「フランせんせぇ!きょうも魔術をおしえてください!」
目を輝かせながらフランへ抱き着く少女、ひょんな事から都市の中でフランが披露した魔術に見惚れてからと言う物、見つける度にこうして魔術の教示を求めて来る。
――魔術師とは個の為に在らず、全を尊び全を導く存在であれ。
魔術師にはその様な心得が存在するが、フランが少女に魔術を教える理由はただ一つ。“私は魔術が好きだから”そんな考えからフランは初歩ではある物の、少女に日々魔術を教えていた。
もちろん後世に繋げると言う理由僅かながらにあるが、それよりも純粋な少女の頼みを断る訳にも行かない……彼女の師がかつてフランへそうしてくれた様に。
「もちろん良いですよ!」
フランは少女に笑顔を向け、
「――
フランがそう唱えると、杖の先端に嵌め込まれた鉱石が光を放つ。灯った光を瞳に映しながらパチパチと愛らしい拍手を響かせる少女へフランは、魔術の基礎を説く。
魔術の基本は整流、収束、結合、この三つが全ての基本となる事、そして魔術の全ては基本技術の応用である事。
うんうんと真剣な目でフランの言葉を聞きつつも、少女の瞳にはやはり眩い光が映る。
「じゃあ、少し実践してみましょうか?」
「うん!」
「では……
鉱石の放っていた眩い光がじんわりと消えていく。そして少女へ杖を手渡し、支えながら共に構える。
少女へフランは再び基礎の確認をし、呼吸を整え集中を促す……整流、収束……。
フランの瞳に映るのは小さな光の粒、これは紛れもなく収束された
「あぁ!もうちょっとだったのに……」
光の粒が砕け散る――
悔しそうに唇を尖らせる少女の頭を優しく撫でながらフランは微笑みかける。
「アナタの歳でここまで出来れば充分ですよ。気を落とさず反復練習ですね」
フランの称賛に、うん!と満面に笑みを浮かべると、少女はキリッとした面持ちで再び杖を構える。それからは只管に反復の練習……。
◇◇◇◇◇◇
気づけば既に、少し日が傾いていた。お昼ごろには帰ると伝えていたセシィに少し申し訳ない気持ちを覚えるも“まぁ良いか”とフランは飲み込む。
(どうせ、起きてないでしょうし……)
とはいえ、ずっとほったらかしにする訳にも行かないのでフランは少女へ、また今度ね、と声を掛け別れようとしたその時。
「フランせんせぇ、おてて出して!」
言われるがままに差し出したフランの掌にポトリと置かれる銀色の一枚の硬貨。相手が相手なら少し贅沢な食事でも、と考えてしまうが……フランの目の前に居るのは自身の歳の半分にも満たない幼い少女。
百ラルと言えど受け取れない……。
フランは硬貨を少女へ差し戻し、優しく微笑む。
「これはまた今度、そうですね……アナタが一人前の魔術師になったら受け取りますね。それまではツケておきますね。では、基礎鍛錬を怠らずに」
フランのそんな言葉に少女は、元気よく「うん!」と答え、必ず先生の様な魔術師になって渡しに行くねと言いながら今度は小指を向ける。“約束”ですねとフランは少女の小指と自身の小指を結び、頭を撫で家路へと着いた。
「――戻りましたよー……セシィ?」
扉を開け、帰宅を告げるも出迎えどころか返事も無い……やっぱりか、と肩を落としていたフランの耳にやがて、バタバタと駆けまわる様な騒音が届く。
「――おかえりなさいませ!師匠!」
滑り込む様に廊下に現れたセシィ。ブラウスに亜麻色のベスト、黒のキュロットパンツと着替えは済んでいる様だが……黄金色の髪は乱れたまま。
「セシィ……いま起きたんですね?」
なんのことかな、とあからさまに顔を逸らすセシィにフランは少々呆れ顔を向けながら「ご飯にしますよ」とリビングへ向かう――
「セシィ、お皿ください」
「はぁい」
「ありがとうございます……先に座っていて良いですよ」
傾いた太陽が、空を真っ赤に染め上げている。昼食と言うよりも夕食に近い時間となってしまったが二人は食事の用意を終えた。
いただきます、と声を重ねパンを頬張る。付け合わせは干し肉に、サッと火を通したもの……少々、味気の無いパンに噛めば噛むほど染み出てくる肉の風味が丁度良いバランスを生み出している。
育ち盛りの二人からすれば少し物足りない量だが、この後の出発の事を考えると満腹と言う訳にもいかない。二人は喚く腹の虫を抑え込み、声をそろえて、ごちそうさまでしたと席を立つ。
「私が片付けておくので、準備を終わらせて来てくださいね」
「はい!師匠!」
ビシッと敬礼をし自室へと駆けて行く――
◇◇◇◇◇◇
「師匠!準備万端です。行きましょう!」
「忘れ物ありませんか?」
バッチリですと胸を張るセシィだが、フランはしっかりとあれは?これは?と一つずつ確認をしていく。一通りの確認、忘れ物は無い様だ。
「セシィ、じゃあ最後にこれだけ鞄に入れて貰えますか?」
フランが手渡したのは幾重にも不思議な紋様が彫り込まれた小さな石板。手紙と共にパレンバーグがフランへ残したものだ。
「はい!じゃあ行きましょう!」
「旅先で寝坊したら置いて行っちゃいますからね」
「大丈夫ですよ……たぶん」
最後の自信なさげな言葉にフランは、思わず笑みが零れてしまう。
そうして、真っ赤な空の下、二人の魔術師は楽園へと至るべく長い長い旅路へと踏み出した。
救世の魔術師【読み切り&予告】 @tell @tellkeyworks
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