第27話 事故

『お前の車、ルームミラーで後部座席を確認すると血まみれの女の子が映る。』


そう言い出したのは、誰だったか。


釣りという共通の趣味から仲良くなった友人たちに帰り道の運転を頼むとそう言われた。念の為に車のことを言っておくと、就職時に両親と祖父母からのお祝いとして買ってもらった新車だったし、俺自身はもちろん人を撥ねたことや交通事故もなく、安全運転を心がけているつもりだ。

でも一度だけ、釣りの帰りに運転していた友人Tの居眠りが原因で車を電柱にぶつけてしまったことがある。同乗していたが助手席で眠りこけていた俺も音と衝撃に驚いて目が覚めて、Tとお互いに安否確認をしてから車を降りて車や電柱の状態を確認したり、何事かと心配して出てきた近隣住民の方に謝罪したのが数週間前。その頃からその話が出てきたような気がする。


『お前の車さぁ、その、お祓いとかした方がいいんじゃない?だってさ…』


友人たちの言いたいことは分かる。ルームミラーを見れば車の後部座席とかにその血まみれの女の子がいて、確認するたびに見てしまって嫌な気持ちになるのだろう。しかし困ったことに、俺自身は何故かその女の子をまだ一度も見たことがないのだ。どうしたものか、と退社する時に職場の後輩についポロッとこぼしたところ、


『…そのぶつかった電柱とか関係してるんですかね?住所どの辺ですか?』


と言い出して地図アプリを開き出した。何とか思い出しながら辿り着くと住所が判明したので、そこから何か事故がなかったか調べてくれた。結果としては俺たちが事故を起こしたあの場所で、十数年に一度だけ交通事故で女の子が亡くなっている、とのことだった。もしかして成仏できなかった女の子を再び撥ねたんだろうか、としばらく悩んでいたら、


『十数年前ってなると多分もう花とか供えられてないわけですよね?一度行ってみません?俺、付いて行くんで。』


という提案を後輩が出してきた。こういう時の若い人間の行動力は尊敬に値する。晩御飯を奢ることを後輩に強制的に約束させられて、後輩と現場まで向かうことになった。供える花や飲み物を途中で買って、俺の車を運転している後輩にルームミラーを確認してもらったが特に何も映らない、と不思議な顔をするばかりで俺を怖がらせないようにしてくれているのか、本当に見えないのか分からなかった。現場の近くのコンビニに着く頃には完全に夜になっていた。車を降りて地図アプリを見ながら後輩と電柱のところまで向かった。正直、拍子抜けするぐらいここでは何にも起きなかった。お供えをして手を合わせて心の中で謝罪したりしたが、目を開けたら視界に足が…とか、顔を覗き込まれていた、とかも何もなかった。その後は晩御飯を奢る約束をしていたので場所を変えて、俺たちはファミレスに来た。何もなくてよかった、本当にありがとう、とお礼を伝えると、テーブルの上の山ほど注文された商品を後輩は片っ端から食べながら、


『…実際に事故はあったけど俺たちには何にも見えないって本当にいたんですかね?ルームミラーを確認すると女の子が映るって言い出したのって誰か覚えてますか?』


と言ってきた。そう言い出したのは、誰だったか。携帯のグループチャットでその件についてメッセージを残すと数分経ってから


【あれ嘘だったんだよ!】

【Tが驚かせようって言い出して嘘をついたんだけど、もしかして本当に何か映ったの…?】

【でもTは見えるって言ってたよね?】

【T、ずっと女の子が見えるって言い続けてるけど…】


と、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか分かりにくい返答が来たのでとりあえず真っ先にTに電話したが繋がらなかった。そんな俺の様子を目の前で見ている後輩が、そのTさんって人、死んだりして…と嫌に真剣なトーンで言うものだから何とも言えない顔で見つめ返した。


それから数日後にTが亡くなったと連絡が来た。緩やかで見通しのいいカーブを曲がりきれずに電柱に激突したようだった。Tの家族によるとここ最近はずっと、女の子がいる、女の子が見えると不安定な状態だったらしいが、Tがその女の子に連れて行かれたのか、Tが女の子から逃げようとして事故を起こしたのか、それともTが見ていた女の子をもう一度撥ねて存在を完全に消そうとしたのか、事故の本当の原因は何だったのか分からない。

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怪譚 床下のハシビロコウ @929no39

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