第6話


「澄春くん!僕も掛橋高校の合宿に参加することになったんだ」

七桜と澄春は駅前のベンチに腰掛けながら会話をする。幸いなことに最寄り駅は一緒なので、こうやって話す機会もある。

「そうなの?嬉しい」

澄春は大きく驚くことはなく、淡々と自分の意見を述べる。七桜はそれを不服そうに見つめた。

「もっと喜んでくれるかと思ってたのに」

「いや、嬉しいよ?本当に」(だけど……非常にまずい。もし、クラスの女子に七桜くんと付き合ってることがバレたら、いじわるされるのは俺じゃなくて、きっと七桜くんだ)

澄春は王子であることで生まれる葛藤に悩まされていた。最悪なことを考えると、1歩前に進めない臆病者だ。

「僕は色々楽しみにしてるのに……」

七桜は不貞腐れて、頬を膨らます。澄春にはそれが愛おしい以上の何者でもない。好きな人の可愛い仕草は誰にでも刺さるものだ。

「あのさ、それ以上可愛くなるのやめてくんない?」

澄春は理性と戦うように八つ当たりする。そうでも言わないと、公共の場で手を出しそうになるからだ。

「はぁ?別にこれが普通なんですけど」

「いや、ダメ」(無理、無理……!七桜くんが可愛すぎて無理!!これ以上可愛くされたら押し倒すと思う!!……でも、七桜くんのことは傷つけたくない)

澄春は七桜の可愛さを精一杯に受け止めたいが、受け止めることで七桜がいじめの標的にされることが怖かった。女の逆襲以上に怖いものはない。

「ねぇ、澄春くんは僕のこと好きじゃないの?手に入ったからもうそれでいいの?」(やっぱり、澄春くんの様子がおかしい。全然僕のことを可愛がろうとしない。……悲しいよ)

早々に2人はすれ違う。愛しているが故のすれ違いだが、それは誰にも分からない。見えないものだから。

「違う、そうじゃない……!」(俺が七桜くんのことを愛してること、分かってよ!)

澄春は前屈みになると、その勢いで転けてしまう。壁に手をつき、七桜のことを上から見る。2人の距離はゼロ距離……とまでは言わないが、それに近しいだろう。七桜は唇を噛み締めて、澄春のことを見つめていた。今にも泣きそうな顔をしている。七桜はきっと涙脆いのだ。

(今にでも襲いたい……。俺が何者でもなかったのなら、きっと食べてしまう)

澄春の獣のような眼差しに七桜は終始震えている。自分のワガママで澄春を怒らせてしまったのではないかと考えたからだ。

「澄春くん……」

「俺、簡単に我慢できなくなるから……これから気をつけてね」

澄春はそう言って自我を保とうとする。何か変なことを言っておかないと、情緒に構わず七桜のことを襲ってしまうかもしれないと危惧したからだ。理性の保ち方がいかにも王子様らしい。

澄春は七桜の隣に改めて座り直す。そして、視線を上にあげれば、そこには見覚えのある顔がチラホラと並べられていた。掛橋高校の制服を着ている女子生徒だ。

「やっぱり、澄春くん彼女いるじゃん」

「あーあ、やっぱりね。で、そこの女は誰?」

威圧感のある女子生徒が3人いて、3人とも七桜のことを完全にマークする。その姿に七桜は怯えることもなく、キョトンとしている。こういう場面にはよく出くわすからだ。

「いや、彼女じゃないから。ほら、この制服見てみな。棘日高校の制服、男子校だから」

澄春は七桜の袖なしセーターを示す。さすがの3人も驚きのあまり絶句だ。

「え、えぇ?可愛すぎない!?……あ、でも、男だからって澄春くんの恋人だったら許さないから」

「で、その子は澄春くんの恋人なの?」

女子生徒は痛いところをついた。嘘を言えば、女子生徒は満足するだろうけれど、七桜はきっと落ち込む。本当を言えば、七桜が傷つけられる。澄春は後者がどうしても嫌だった。自分の身分で愛する人を間接的に傷つけたくない。それなら、まだ直接的に自分の手で傷つけた方が、自分のものだという実感をくれる。

「恋人じゃないよ。安心して」

澄春はかわいた声でそう言うしかなかった。これが最善の道だと信じるしかなかった。

女子生徒は胸を撫で下ろして、その場を立ち去る。単純な生き物なのに、こうも面倒くさい。澄春にとって、非常に厄介だった。

「ごめん、嘘ついた」

「……もういい!澄春くんは王子様キャラ守るために僕との関係隠してるの?あんまりだよ!」

七桜は澄春の身勝手さに苛立ち、スタスタと改札の方まで歩いていく。澄春は澄春で理由があるわけだが、それはもちろん伝わらない。虚しさでいっぱいの胸を抑えながら、七桜に着いていく。方面が反対だなんてどうだっていい。七桜と別れる前にこのモヤモヤを解決したい。




田舎の路線ではあるが、帰宅ラッシュの時間帯ということもあり、電車内はそれなりに混んでいた。七桜は扉付近に立ち、その後ろを覆うように澄春が立つ。

「方面反対でしょ。なんで来たの」

「七桜くんのこと怒らせたから」

「じゃあ、来ないで。僕、怒ってるから」

「……」

「それに、澄春くんが僕のこと本気で愛してないってちゃんと分かった。いいよ、今から引き返してくれても」(澄春くんは何よりも自分が王子様であることを大切にしてるんだ。そりゃあ、そうだよね。だって王子様でいれたら、無条件にたくさんの人から愛してもらえるんだもん)

七桜は1度怒ると面倒くさいタイプだ。ただ、関心の無い人に向けては怒りもしない。結局、七桜にとって澄春は大切な存在であることには変わりない。

しかし、澄春はそこで何かプツンと切れたように感じた。

「ねぇ、それ、本気で言ってる?」

いつもより低い声でそう囁けば、強気な七桜も肩をビクつかせる。

「な、何……あっ」

澄春は七桜の尻に自分のを当てる。その刺激で七桜からはいつも以上に甘ったるい声が漏れ出す。

「あ、当たってる……!」

「わざと当ててんの。俺の気持ち分かってないでしょ?……そういうの、めちゃくちゃ腹立つ」

次に澄春はグイグイと膝で七桜の股間を押し込む。その度に七桜は肩を震わせて、声を我慢しているようだった。少しの刺激だが、澄春が当てていると考えるだけで少し興奮してしまう。

「ちょ、ここ、電車だ、から……」

「こんなに混んでるんだから誰も気づかないよ」

澄春は七桜のズボンに手を突っ込もうとする。さすがにやばいと思ったのか、七桜はその手を止めようとする。その瞬間、澄春はその手を緩めた。

「俺の本気分かってくれたよね?理性とか王子とか全部なかったら、今頃七桜くんは犯されてビービー泣いてると思うよ?」

「う、うん……」

「俺、七桜くんのことが好きだから優しくしてるつもり。だけどね、それで何も分かってくれないんだったら、優しくできないよ?」

澄春は七桜の耳に息を吹きかけるように呟く。七桜は既に涙目で、少しの快感と澄春の威圧さに耐えているようだった。

「それに七桜くんはもう少し自覚して?王子様と付き合うことは……女の逆襲に遭うってことだからね?」

「うん」

「俺ももっと七桜くんのことを全面的に愛したいって思ってるよ。だけどね、我慢してるんだ。七桜くんを守るためにも色々考えてるから……分かってほしい」

澄春は七桜の背中に息をかけるように囁く。七桜は自分の惨めさを拳に宿し、つり革を強く握った。

(僕が1番バカじゃん。分かってたはずなのに。王子様と姫が付き合うことの困難さ……それなのにこんなに求めちゃってさ……最悪)

七桜は自分に落胆してしまう。自分を許せなかった。泣くことはなかったものの、全身が震え上がる感覚を覚える。

「でも、嬉しかったよ。七桜くん、本気で僕のこと好きなんだね」

澄春は七桜の肩に顔を置いて、意地悪そうに笑う。七桜は澄春のことを見て、こくりと頷いた。今まで散々なことを言ってきた自分を許してもらうためにも素直になる。

「本気だから、あんなに怒ったの。僕、人にこんなに怒ることないから」

七桜は小さく呟くと、急に恥ずかしくなったのか、澄春の頬をグリグリする。これも愛情表現の1種なのだろう。さすがのスキンシップに澄春も赤面するが、そこは王子の意地で顔を改める。と思いきや、また思い出して良からぬ思考回路へと進む。

(え、なんなの……!?ぶち犯してぇ!!!)

澄春は王子にはあるまじき顔をして、七桜のことを見つめていた。

「ねぇ、ちゃんと顔確認しな?……めちゃくちゃキモイことになってるよ」

「七桜くんって案外毒舌だよね?カラオケの時を見た感じ、みんなの前では可愛くしてたけど、猫かぶってる感じ?」

「そう言う澄春くんはどうなの?みんなの前ではキラキラ手を振って愛想振り撒いてるみたいだけど?僕の前ではどうなんだがって感じだけど」

七桜と澄春の可愛らしい言い合いが始まる。それでも2人は理解していた。


(きっと七桜くんは俺の前だから毒舌なんだろうな〜。好きな子には意地悪したくなる的な?)


(澄春くん、僕のこと好きすぎなんじゃないの?)



王子様だろうが、お姫様だろうが関係ない。2人の距離は縮まっていくばかりだ。

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きっと君だけがヒーロー もみぢ波 @nami164cm

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