第3話
「七桜くん?」
澄春はベンチに座りながら、七桜に電話をかける。駅前ということもあって周りはうるさいが、電話するのにちょうど良い環境だった。
「澄春くん、電話ありがとう」
「いいよいいよ」
「電話なんてどうしたの?」
「いや、七桜くんの声聞きたかっただけだから」
「え、えぇ……?そう言うの恥ずかしいから言わないでよ……」
「なんかめちゃくちゃ素直だね」(てか、これ、七桜くんの周りに人いないよな?直接聞いてる奴いたら羨ましすぎて死ぬわ)
澄春は素直な七桜が珍しいと思う。またキーッと怒ってくると思っていたからだ。
「別に変な意味じゃないけど、七桜くんの周りに誰かいる?」
「え、なんで……?」
「いや、七桜くんの声、誰にも聞かせたくなくて」
「何を今更って感じだけど……一応、誰もいないよ」
(七桜くんってこんなに素直で冷淡だったっけ……?俺、飽きられてんのかな)
澄春は今までの恋のように上手くいかなくて、やるせない気持ちになる。
「ねぇ、電話嫌だった?」
「ううん、そんなことないんだけど……」
「嫌だったら、切るよ?」
「切らないで、お願いだから」
「……はぁ?」(なんか、七桜くん怯えてるよな……)
電話越しだからか、余計に七桜の声が弱々しく響く。
「七桜くん1人なんだよね?どこにいるの?」
澄春は最悪な場合を想像してしまう。誰かに付きまとわれているのかもしれないと。特に澄春には七桜が可愛く映っているわけで、誰かにストーカーされていると言われても容易に想像できる。
「茨公園……!」
「茨公園……すぐ行くから待ってて!」
七桜の涙混じりの声を聞いて、澄春の足が身勝手に動き始める。スマホを握りながら、本気で走る。本気で走るのは久しぶりだった。
「あ、澄春じゃん!今日、予定あるって言ってなかった!?」
「私たちとも遊んでよ!」
「ごめん、今急いでるから!」
澄春は王子様ムーヴを忘れずに女子生徒に声をかけるが、そこに余裕はなかった。ずっと会いたいと思っていた七桜に会えるからとかではなくて、会わなければならない使命感が澄春の全身を漂う。
(七桜くんが困ってるなら、動かないと。俺は、俺は……!七桜くんのヒーローになりたい!!)
澄春はいつも気にする前髪も構わずに前に進む。澄春自身、自分が変わっていく感覚を覚えていた。
「七桜くん!」
澄春はリュックを背負っている七桜の後ろ姿を見て叫んだ。振り返る七桜は泣いていなかったものの、何か後ろめたさを感じるような顔つきをしていた。その姿にいてもたってもいられなくなって、澄春は七桜の方へと近づく。そして、肩にゆっくり手を置いた。
「七桜くん、誰にやられた?」
「誰にもやられてないよ。……ただ、めちゃくちゃ視線感じて怖かった……!」
澄春は今にも泣きそうな顔をしている七桜を見て抱きしめたくなった。けれど、手が動かない。いつもなら、好きでもない女の子をもいとも簡単に抱きしめることができていたのに。
「いつも視線感じるの?」
「分かんない。いつも豊と帰ってるから」
「なんで今日は1人で帰ったの?」
「だって……澄春くんと電話したかったし、変に意識しちゃって、誰にも澄春くんと話してるところ聞かれたくなかったから」
七桜は手遊びをしながら、澄春にそう告げた。その愛らしい仕草は澄春の心をつかむ。さすが男子校の姫だけあるなと噛み締めた。
「七桜くん、誘ってる?」
澄春はもう我慢できなかった。男子校という環境で成った可愛らしい姿は澄春に強く響き、動揺させる。
「は、はぁ!?僕、何もそんなこと言ってないじゃん!」
七桜は顔を赤らめながら騒ぎ立てる。いつもの七桜に戻ったようだ。
「やっぱり七桜くんの反応って面白い」
「バカにしないで!」
「してないしてない」
こうやって笑い合える関係が素晴らしい。けれど、ここまで来たのなら、もう1つ上の関係を目指してみたい。七桜の脆さから進んだ関係性……もっと近づきたいと欲張りたくなる。
(俺は七桜くんの隣にいたいんだ……)
(澄春くんが守ってくれた……。これは遊びじゃないよね、僕、本気で信じていいよね……)
2人の関係は進んでいく。
放課後になり、七桜は教室の窓から校門を眺めていた。何となく、期待しているところがあった。もしかしたら、昨日のことを心配して澄春が迎えに来てくれるかもしれないと。しかし、そんなことはなくて校門に掛橋高校の生徒は誰1人いなかった。
(完全に期待しちゃってるよ僕……。最初は絶対に落ちることなんてないって思ってたのに!!もうこれ、完全に好きじゃん……)
七桜は澄春に助けられたからとはいえ、いとも簡単に落ちてしまう自分が情けなかった。男子校の姫としてたくさん愛されてきたが、澄春に「可愛い」と言われると、何か違う感覚が七桜のことを襲ってくる。
(寄り道ついでに掛橋高校でも見に行ってみようかな)
七桜は大きく背伸びをして立ち上がる。こんなに好奇心のままに行動することは久しぶりだ。棘日高校に入学してからと言うと、周りの環境に流されるだけで生きていけるところがあったので、自分の意思だけで行動するのは七桜にとってワクワクすることだった。
さすがに豊に着いてきてもらうのも億劫だったので、1人で帰ることにした。
(まぁ?普段は通らないけど!?一応、最寄り駅のついでにみたいなところはあるから!?……その、別に……澄春くんに会いにいくとかじゃないから!!)
七桜は自問自答する。誰にも問われていないくせにムキになって答えようとするのだ。
(それにしても……雲行き怪しいな)
空を見上げると、奥の方が黒くなっていた。時期に雨が降るのだろう。七桜は傘を持っていないことに気がついたが、最寄り駅に着いてしまえばどうってことないという安直な考えで乗り切ってしまう。
七桜はいつもと違う道で掛橋高校へと向かった。1人でいると言うのに、昨日感じた視線はもう無い。七桜自身もそのことをすっかり忘れていた。掛橋高校まで徒歩30分の距離ではあるが、田舎ということもあり、スムーズに進むことが出来る。ちなみに最寄り駅までも徒歩30分程度かかるので、七桜の足腰はある程度鍛えられている。
少し口遊ながら歩いていると、いつの間にか掛橋高校の前に着いていた。ここで足を止めるのは不自然ではあるが、無意識に澄春のことを探してしまう七桜の姿があった。
(あ、いた……)
雲行き怪しい天気だと言うのに、澄春の綺麗な金髪と緑色の瞳は光り輝いていた。髪の毛も瞳も天性のものなのだろう。
(声をかけたい、声をかけたいけど……)
七桜は雫を含む女子生徒に囲まれている澄春を見て、「もういいや」と投げやりな気持ちになってしまう。
(囲まれてあんなに笑っちゃってさ……最寄り駅の逆方向とは言え、僕に連絡一つくらい寄越してよ)
七桜は雲と一緒に沈んでいく。そして、わざわざ掛橋高校に寄った自分が惨めで仕方がなかった。
(僕に期待させといて、澄春くんは結局ただの王子様なんだよ。誰にも愛想を振り向くただの王子様。……結局、僕のことなんてどうでもいいんだよ)
七桜は何かに沈みながら、また歩き始める。小雨が降り始めるが、そんなことはどうでも良いほどに七桜の心は凍てつく。
(澄春くんにとって僕は何なの……)
七桜はリュックの持ち手をギュッと握りしめた。ぶつけたい感情をそこに込めるように強く握りしめた。
視線を落としながら、流れるままに歩いていくと、雨は大粒へと変わり果て、七桜のことを強く刺激する。
(これはまずい雨だ……)
七桜はそそくさに自販機が並んでいる屋根つきのベンチに腰をかけた。
(夏なのに寒すぎる……!)
幸いなことに、七桜は袖なしセーターを着ているので震えるほどでは無いが、確かに寒さを覚える気温だった。
(コーヒーでも買おうかな)
七桜は重い腰を上げて、自販機の前に立つ。汚い自販機だったが、ガラス越しに七桜の顔が写った。本当にどうしようもない顔をしていて、逆に笑えてくる。濡れた前髪は元気無さそうに萎れている。その前髪がとてもじゃないが邪魔で、ヘアピンでとめることにした。編み込みの部分にも兎のピンをつけているため、ピンだらけになっている頭がどうも不格好で……。
(ホントにかっこ悪い)
七桜は深くため息をついた。
(もし僕から澄春くんに声をかけてたら……何か変わってたのかな。こんなに惨めな気持ちにもならなかった……?)
後悔は募るばかりで、それはただ積まれていく。消えるなんてない。
「僕、澄春くんのこと……好きになって良かったのかな」
七桜は目をつぶって、ズボンを強く握る。そんなこと思っていないと首を振りながら。
「……もっと好きになってよ!」
七桜は聞き覚えのある声に反応する。うっすら目を開けると、そこには夢なのか疑いたくなるほど会いたい人がいた。びしょ濡れになっている会いたい人がいた。
「澄春くん……?なんでいるの」
「今日、学校来てくれたよね?ごめん、すぐに声かけられなくて」
澄春は申し訳なさそうに謝るが、七桜は不服のようだ。
「澄春くんは本当に本気で僕が好きなんだよね?遊びとかじゃないよね?本気で本気で僕のことが好きなんだよね?」
七桜は質問責めする。今まで感じてきた違和感を全てぶつけるように。雨で隠れているが、七桜は大粒の涙を流していた。
「俺は本気だよ」
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