第4話


本当に初めて好きな人ができたんだ。本当に本当に好きな人ができたんだ。それは一目惚れってやつ。それでも永遠に愛していきたいと思った初めての恋。知らないことの方が多いけれど、それがまた俺を沼らせていく。きっと、相手のことを知らない方が恋は楽しいのだと信じて……。






「だからさ、信じてよ」

澄春は真剣な眼差しで、七桜の手を握った。唐突のスキンシップで七桜の肩は大きく揺れる。

「信じるも何もないよ!?だいたい、出会って何週間とかで本気かどうかも分からないものでしょ!」

七桜は澄春の意思に押されるだけではもう満足しない。だって澄春がみんなの王子様であることには変わらないから。

「それにみんな悲しむよ。王子様に好きな人ができたら」

七桜はどこか寂しげに遠い方に視線を移す。どうしようもなく、虚しくなっていく。

(なんでこんなこと言ってる僕が悲しくなってるんだろ……)

溢れ出していた雫はとっくに落ち切っていると言うのに、また込み上げてくる。それを落とさまいと唇を噛み締めるのであった。

「俺は……自由な恋をしたい。七桜くんと色々したいことがある」

澄春はより強く七桜の拳を握りしめた。澄春の手の甲には脈が浮き出ている。七桜は何も言うことができなかった。

「確かに俺は自分の顔を使いまわして生きてきたと思う。だから、軽い男だって思われても仕方がないと思う。本当にそう思うよ。……でも、俺、ふざけて七桜くんに色んなこと言ってきたけど、全部本気なんだ、分かってほしい」

澄春もまた顔を歪ませて泣きそうになる。雫こそ出ていないが、少しでも涙腺が緩めばおしまいだ。

「……付き合おう。七桜くん、付き合おう」

疑問形でないのは、いかにも王子様らしい。澄春は急に怖くなって目を瞑る。七桜にはそんな澄春が可愛く映った。

(可愛いところ、あるじゃん)

七桜はからかって黙っててやろうかと思ったが、澄春の唇を見てそんな余裕はないと分かった。澄春は口を噛み締めていた。いつもの余裕のある澄春はとっくに消え去っている。

「澄春くん……!」

いてもたってもいられなくなった七桜は立ち上がって、勢いよく澄春に飛びつく。その衝動に呆気を取られる澄春であったが、その瞬間に微笑み、優しく抱きしめた。

「僕も好きだよ!こんなに誰かのこと考えて、落胆したのは初めてだよ!今まで素直になれなくてごめん!澄春くんの隣にいたいよ……!」

七桜も今まで我慢してきた本音をぶちまける。最初は挑発とか冗談で進んだ関係。それでも2人を幸せにするのだ。

「絶対に七桜くんのこと、幸せにするから」

「いや、重いな」

「これから七桜くんには全部受け止めてもらうからね」

「重い重い重い」

「あれ?言葉責めでは照れなくなった?」

澄春はつまんなそうに不貞腐れる。七桜は不敵な笑みを浮かべて、あっかんべーする。

「照れさせてみなー!僕、そんなにチョロくないよー!」

七桜は腰に手をつきながら無邪気に笑う。

(今まで相当チョロかったけどな)

澄春はそう言い返してやりたかったが、それも許せてしまう。自分が世界一幸せだと自覚しているからだ。

「あ!虹だ!」

七桜が指を指した先には7色の虹がかかっている。雨は小雨へと変化していた。

「雨もこれだったら帰れるね!澄春くん、行こ!」

七桜は吹っ切れたのか、澄春の腕を掴んでガンガン進む。

(あれ、七桜くんって案外積極的……?)

澄春は嬉しいような愛おしいような……訳も分からないまま、七桜に着いて行った。








「七桜くん、髪濡れてるよ」

七桜のセットされている前髪はとっくの昔に崩れていて、目にかかっていた。ヘアピンも取れかけている。それがより中性的に見せる。

「これは当分乾かないね……って!澄春くんの髪の毛凄くない!?濡れてるのに全然崩れてない」

七桜は背伸びして、澄春の髪の毛を触る。「すごぉい」って関心しながら、目をキラキラ輝かせていた。

「七桜くん、急に積極的になるんだね」

「……そうかな?むしろ、これが普通かも。今までは意識しすぎてたって言うか」

「え??今のが普通??」

「そうだけど……?」

七桜の距離の近さは異常である。男子校の中で、それも姫として育ってきたからか、距離感の基準がバグっていた。そして、仕草も顔もいちいち可愛い。それも男子校の姫として育んできたあざとさなのだろう。

「俺、絶対に嫉妬しちゃう……!!」

「はい!?」

「だって、だってさ!!この距離はもう全人類恋人みたいなもんじゃん!?」

「え、本当に何??」(元から可笑しいとは思っていたものの、なんか違うベクトルでもおかしくないコイツ……)

七桜は若干引いているが、それはそれで楽しい。新たな一面を見つけることは2人にとって、この上なく幸せなことだから。

「ていうかさ、澄春くんも距離近いからね?軽率に肩組んだりとかするじゃん」

「あれ、妬いてくれてる?」

「当たり前でしょ。だって僕たち付き合ってるんだから」

(か、可愛い……!!俺、七桜くんバカになりそう……!!いや、なってるか……!!)

澄春は王子様であることをとっくに忘れて顔を緩めていた。擬音を使うとすれば、へにゃりという具合だ。

「でも、出会って何週間でこんな関係になるって凄いよね。僕、めちゃくちゃ幸せ」

「そうだよね。俺もさ、絶対に自分のものにするって決めてたけど、こんなに早いとは思わなかったな」

「本当に僕のこと好きなんだよね?何回も確認するからね!?」

七桜は澄春の腕を引っ張りながら、何回もジャンプする。まるで犬のようだ。

「今すぐにでもめちゃくちゃにしたいくらい好き」

澄春は揶揄うとか冗談とかそういうこと全部抜きにして本音を言う。これは言い慣れている言葉ではなかった。

「怖っ……」

「七桜くん冷たすぎない!?俺の王子様キャラ返してよ!」

「怖いは嘘だけど…………その、段階を踏んで……ね?」

「う、うん」(やばい、そっか。……俺、七桜くんのことめちゃくちゃにする権利あるんだ)

「うん、段階踏んでね」(なんか、僕誘ってるみたいじゃない!?まだ何もしたことないし、経験もないし……!うわぁん、付き合うって結構大切な過程なんじゃ……)

七桜と澄春は共に考え込む。2人とも後先考えない性格なので、こうやっていざ冷静になると……ということが多い。

「と、とりあえず!またね!」

七桜はそう言って、最寄り駅の方へと走って行く。訳も分からず走りたい気分なのだ。

七桜と澄春の学校の最寄り駅は一緒だが、方面が違うため、駅前で別れを告げる。

(またね……か。また明日って言えないのは辛い)

澄春は七桜の「またね」を心に刻むのと同時に悲しい気持ちになる。これこそが、他校と付き合うことの弊害なのだ。


(次はいつ会えるんだろう……)






澄春は久しぶりに寝起きが良かった。これも正式に七桜と付き合うことになったからだろう。洗面台に立つと、不思議な気持ちになる。この緑の瞳を誰か一人のために輝かすなんて初めてのことだからだ。

(なんか今日の俺、イケメンじゃん)

澄春はいつものように髪の毛にヘアオイルをつけながら、センター分けをしている前髪を整える。今までは自分の欲求不満を容貌にぶつけていたところがあったが、今日は何かが違う。整っていく自分がカッコよくて仕方がなかった。そういう感情全てが七桜によって築かれたと思うと、ニヤニヤしてしまう。澄春は勢いよく自分の頬を叩いた。

(危ない危ない……!!)

既に澄春の両親は仕事のために家を去っていた。それを良い気に鼻歌まで歌ってしまう。澄春は特に何も考えずに浮かれていた。

澄春は付き合うことができれば、なんでも上手くいくと信じていたからだ。






「澄春!!これ何!?」

澄春がいつも通り3年の教室に入ると、雫が勢いよく走ってくる。扉を開けた澄春のことをクラスメイトは一瞬で捕らえる。いつものようにかっこいい自分に見とれているのかと考えようとしたが、黄色い歓声はない。むしろ、何か視線だけで精一杯だと言う感じだ。

「澄春、これ見てよ」

黙っている女子生徒が多い中で、雫だけは澄春に迫っていく。雫にはそういう強さがあった。

「何か俺した?みんな、めちゃくちゃ俺のこと見てくるし……」

「いいから!これは誰なの??」

澄春は改めてその画面を見た。そこには確かに澄春の姿があった。それも少し顔を赤らめた澄春の姿。そして、隣には七桜の姿もある。後ろ姿ではあったが、澄春にはよく分かる。なんと言っても、これは昨日の出来事だ。変に意識をしなくなった七桜が澄春の髪の毛を触るという例のシーン。

澄春はその場面を思い出して、腕で顔を隠す。その姿に雫も動揺する。

「え!?やっぱり彼女!?」

雫が大きな声でそう言うと、さすがの周りの女子も黙ってはいない。

「は!?澄春くん彼女出来たの!?」

「今までみんなに振りまいてきた愛嬌も嘘だったってこと!?」

女子生徒一丸となって澄春に食らいつく。さすがの澄春も焦り始めて頭を抱える。

「はぁ、それってガチ……?」

「うわぁ、最悪。……この隣の女、特定しようよ!!」

「いいね!説得したら別れてくれるかな!?」

女子生徒の中で嫌な会話が流れる。そんな中で雫だけは何も言わなかった。

「澄春ごめん、こんなつもりじゃ……」

雫はこの話題を大きくしてしまったことに責任を感じているようだ。

「いいよ大丈夫だから」(だけど、これだったら七桜くんに迷惑かかるな……本当のことを言うと、今日みんなの前で恋人ができたって言う予定だったんだけどな。甘く見すぎてたかも)

「本当にごめん!」

「いいって!……それに、この隣の子友達だから。あと、編み込みしてるから勘違いしてるかもしれないけど、一応そいつ男。お前らが心配する程でもないよ」

澄春は急いで弁解する。こうでもしないと落ち着かないと分かったからだろう。ただ腑に落ちない部分が残る。


(俺は学校の王子様だから……こうやって嘘をつかないと本当の恋もできないんだ)


澄春は七桜に対して申し訳ない気持ちになった。これだとまた七桜を傷つけてしまうのではないかと考える。けれど、これも王子様という檻に閉じ込められた男の末路だ。


(それに七桜くんも七桜くんで男子校の姫をしている……これは難しい恋なのかもしれない)


(だけど、諦めないけどね)


澄春は決心したようにまた王子様モードに戻る。それに釣られて女子生徒もいつも通りに戻る。また黄色い歓声をあげる。

澄春は今はこれでいいのだと流れに身を任せることにした。






共学の王子である澄春と男子校の姫である七桜の波乱万丈な恋愛生活が今始まる…………

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