ケモノウィルス
西しまこ
朔とうらら
そのウィルスは大陸の奥地からもたらされた。
ウィルスに感染し発症すると、四十度近い高熱が五日以上続く。従来の薬は全く効かず、そのウィルスは
しかし真に恐ろしいのはその後遺症だった。熱が下がり回復したと思われる人々に思わぬ症状が現れた。
なんと、獣人化する現象が起こったのだ。
政府は最初、この事実を隠蔽した。社会がパニックになるのを防ぐために。獣人は死人扱いとなり、研究所に閉じ込められ人体実験をさせた。しかし、ウィルスが弱毒化するにつれ、高熱から回復する人が増え、同時に獣人化する人も増えた。そうして、もう隠すことは出来なくなった。
今では獣人と人間が入り混じった世界となっている。
ウィルスは、最初は別の名がつけられていたが獣人化が周知されるにつけ、「ケモノウィルス」と呼ばれ始めた。そして今ではその名称が定着した。「ケモノウィルス」のことはまだよく分かっていない。
後遺症の出方も様々で個人差がある。例えば――
*
「もお、本ばっかり読むのやめて!」
うららは朔が読んでいた本をばたんと閉じた。
「ああもう、せっかくいいところだったのに」
朔がもう一度本に手を伸ばそうとすると、うららはその手をぎゅっと握って、「いっしょにいるんだから、二人で出来ることをしようよ!」と言った。
「二人で?」
「そう!」
「例えば?」
「……トランプとか?」
「二人だとつまんないでしょ」
朔はくすくす笑いながら、うららの薄茶の獣耳を触った。
「きゃん!」
「あ、耳だめ?」
朔は笑いながら、さらに獣耳を触る。
「もうもうもう!」
うららは尻尾をぱたぱたさせながら、朔の黒い獣耳に手を伸ばした。
うららは大きなアーモンド形の瞳で朔を見つめた。
「朔は獣耳、平気なの?」
朔はうららの問いには答えずにっこり笑うと、うららのアビニシアンの尻尾にキスをした。
朔とうららは幼なじみで、中学のときからつきあっている。そして高校入学と同時に二人一緒に仲良くケモノウィルスに感染した。後遺症で二人とも獣人化し、二人はますます仲良くなった。
獣人化現象にはまだ分からないことが多いが、ケモノウィルスが流行した当初とは違い、獣人化しても排除されことはなく獣人化する前の生活をそのまま送ることが出来るようになっていた。したがって朔とうららも、獣人化した後もそのままいっしょに高校へ通っている。
「ねえねえ、獣人化って楽しいよね! あたし、朔の獣耳も尻尾も好き!」
うららは朔の黒い獣耳と尻尾のもふもふを楽しむ。
朔はうららに獣耳と尻尾を触られながら、また本に手を伸ばした。『ケモノウィルス ――獣人化はなぜ起きるのか』
今日の夜は、昨日の夜よりももっと速く走ってみようと朔は思った。夜でもよく見える目、速く走ることが出来て高くジャンプすることも出来る脚。何がどこまで出来るか検証する必要がある。
僕たちはどう変わってしまったのか、それを見極めねば。思考力は変わっていないだろうか。そして感情は――朔はうららを見て、ふっとあたたかい気持ちになった。
「うらら」
朔は愛しい人の名を呼んで、それから薄茶の獣耳を甘噛みしてから、優しいキスをした。
了
ケモノウィルス 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
うたかた/西しまこ
★87 エッセイ・ノンフィクション 連載中 131話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます