第1話 9

 気づくと、わたしはベッドに寝かされていて。


 お部屋はそれほど広くはなくて、ベッドのすぐ右手にはテレビが備え付けられた棚があった。


 そのすぐそばの壁には、折り畳まれた椅子が数脚立てかけられている――そんなお部屋。


「……ここって……」


 病院かな?


 さっきまでの――わたしが巨大ロボットに乗って、怖い機械クマをやっつけたのは、全部夢で……


 ――でもそうなると、どこからが夢?


 なんでわたしは病院で眠っていたの?


 混乱するわたしは、ベットから上体を起こす。


 輝度が落とされた照明。


 薄暗い室内で、カーテンが引かれた窓の隙間から外の景色が見えた。


 ベッドの下に置かれていたスリッパを履いて、窓際に歩み寄る。


 ここが何処かはわからないけど、窓から見える夜景はビルや道路を行き交う車のヘッドライトが川の流れのようで、すごく綺麗で。


『――どうだい? あれが……君と僕とで守った景色だ』


 と、不意に後から声をかけられて、わたしは飛び上がりそうになっちゃった。


 低いけどよく通る、男の人の声。


 それはさっきまでの夢で、強く、そして優しくわたしを励まして、一緒に戦ったの声。


「――ジャ、ジャンカー?」


 振り返って恐る恐る、そう呼びかけてみる。


 ……ひょっとして……あれは夢じゃない?


 するとベッド脇のテレビが乗った棚の上に置かれていた、わたしのスマホの画面に光が灯っているのに気づいた。


 手に取ってみる。


 すると――


『やあ、まなたん。お疲れ様。

 ――ん? おはよう、の方が良いのかな?』


 アプリアイコンが並ぶホーム画面を背景に、真ん丸なデフォルメデザインされた、継ぎ接ぎだらけの白いぺんぎんさんが腕組みして首を捻っていた。


「……ジャンカー、なの?」


『そうだよ。僕の身体はあの通り、ちょ~っと大き過ぎるからね。普段使い用の躯体をいくつか持ってるんだ。これはそのうちのひとつ。

 ――霊子躯体フェアリ・ボディって言うんだけど、どうかな?』


 と、ジャンカーらしい白ぺんぎんさんは、スマホの画面の中でくるりとジャンプして身体を捻り、可愛らしくお尻を振って見せた。


 そんなおどけたジャンカーの仕草に、思わずわたしは噴き出してしまった。


 機械クマをやっつけたジャンカーはカッコ良かったけど、今の彼はすごく可愛く見える。


 でも、ジャンカーがここにいるって事は――


「さっきのは夢じゃ……なかったって事だよね?」


 ベッドに腰を下ろして、ジャンカーに問いかける。


『……そうだね。結果的に君を巻き込む形になっちゃって、本当にゴメン。

 そして、改めて一緒に戦ってくれてありがとう。

 君のお陰で、この月ノ瀬島は守られた!』


 スマホ画面の中で、ジャンカーは両手を広げてそう言ってくれた。


 だから、わたしは気恥ずかしさに首を振って。


「わ、わたしはステッキが教えてくれた通りにしただけだよ。

 ジャンカーこそ、あんな怖いクマと戦ったり、街を直したりしてくれてありがとう!」


 そう応えると、彼は一瞬、なにを言われたのかよくわからなかったのか、大きな目を二、三度瞬かせて。


『こ、こんな僕にお礼を言ってくれるの?』


 感極まったように、大粒の涙をこぼして丸い身体を震わせた。


 両手で涙を拭いながら、顔を隠すように後を向いてしまう。


『……こ、こわいの我慢して頑張って良かった……誰かに感謝されるなんて……こんな日が来るなんて……俺……うま……わって、本当に……かった……』


 涙声で鼻を鳴らしながらの言葉だったから、後半の方はほとんどよく聞き取れなくて。


「ジャ、ジャンカー……泣かないで。ああ、わたし、どうしたら……」


『うぅ……ゴメン。ほんと、ダメだぁ。

 ちょ、ちょっと外すよ。紫堂達には、まなたんが目覚めた事を報せてあるから、説明は彼らから受けて……』


 と、ジャンカーは後を向いたまま、わたしに向けて右手を突き出すと、そう告げてスマホから消えた。


 直後。


「――まなっ!!」


 お部屋のドアがスライドして開き、お母さんが飛び込んで来た。


 ブラウスの上からカーディガンを羽織って、デニム履きなのはわたしを車で迎えに来てたからだと思う。


「お母さんっ!?」


 慌てて来てくれたのか、肩より少し長い髪はボサボサで、抱き締められると少し汗の匂いがした。


 わたしもお母さんを抱き締め返して。


「……怖かったよね。よく……よく頑張ったね! まなっ!」


 涙声でそう言われると、わたしはやっぱり少しだけ気恥ずかしくなっちゃった。


「えっとね、学校が崩れた時は……あの機械クマが出てきた時は怖かったけど……」


 燃え盛る街。


 巨大な機械クマに叩き潰されたビル。


 校舎が崩れて。


 衝撃で転がされて、グルグルと回る視界。


 全部、全部が怖かった。


「――でもね……」


 わたしは顔をあげて、お母さんと目を合わせると、安心させるように微笑む。


 思い出すのは、あの光景。


 ――僕の魔咆少女になってよ。


 ちょっとだけ震えて上ずった声と共に差し出された、大きな大きなぺんぎんさんの手。


 うずくまって、泣きじゃくるしかできなかったわたしに、と彼が言ってくれたから。


「……ジャンカーが一緒だったから。わたし、怖くなくなったし、頑張れたんだ」


 わたしの言葉に、お母さんは目を見開いて。


 それから唇を少しだけ震わせて――


「そう……」


 と、呟いてわたしをもう一度抱き締めた。


「いつか……こんな日が来るんじゃないかって……そんな日は来ないで欲しいと願ってたのに……」


 お母さんの声はか細く、震えていて。


「……でも、あなた達は出会ってしまったのね……」


「――恐らくは、それこそがインディヴィジュアル・コアに記述されていた、世界の法則ワールド・オーダーの――世界観規定設定理論運命論なのでしょう……」


 お部屋の入り口からそんな声がかかって。


 わたしとお母さんが顔をあげてそちらを見ると、弥生やよいお姉さんとスーツ姿の男の人が立っていた。


「……紫堂くん……」


 お母さんが男の人にそう声をかけて。


「お久しぶりです。中務なかつかさ先輩」


 名前を呼ばれた男の人は、わたし達のそばまでやってきて、そう応えた。


「――今は結婚して茅畠かやばたけよ。キミにも式の招待状を送ったのに、よくも無視してれたわね」


「――や、それはその……」


 お母さんの苦笑交じりの言葉に、男の人――紫堂さんは困ったような表情で、後に撫で付けた頭を掻いた。


「し、司令……中務なかつかさって、ひょっとして……」


 弥生お姉さんが紫堂さんのスーツの裾を引いて、声をかける。


「お母さん、知り合いなの?」


 わたしもまたお母さんにそう問いかけて。


 お母さんは紫堂さんと顔を見合わせると、深々とため息を吐いた。


「……できれば、まなには普通の子として生きて欲しかったんだけどね……

 ここまで関わっちゃったら、話さない方が危ないか」


 お母さんの言葉に、紫堂さんもうなずきで応える。


「ええ。部屋を用意してあります。

 今回の件も含めて、説明させて頂きますよ」

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魔咆少女エーリング・まな ~泣き虫だったわたしを救ってくれた魔法の杖は、臆病でロリコンな超巨大ロボでした~ 前森コウセイ @fuji_aki1010

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