第1話 8

 メインモニターの中で、機獣に肉薄したジャンカーが、右手を地面からすくい上げるように振り上げる。


 機獣はその攻撃を受け止めようと前足を交差させた。


『――ハァイっ!』


 まるで歌の合いの手のように、ジャンカーの声。


 機獣の前足が左右共に切り飛ばされた。


『ガアアアァァァァァ――ッ!!』


 飛んだ機獣の前足が咆哮と共に白銀の粒子に転換される。


『――させないっ!』


 まなちゃんがクルリとステップを踏んで、ステッキを握っていない左手で魔芒陣に触れる。


 曲にアドリブのようにピアノの音階が差し込まれた。


 途端、虹色の風のように精霊光が駆け抜けて、白銀の粒子を押し流して霧散させる。


『ガアッ!?』


 機獣が驚愕の声をあげた。


 そのがら空きのボディに、まなちゃん同様にステップを踏んで身を回したジャンカーがレイダガーを叩き込む。


 機獣の巨体が宙に打ち上げられた。


『ハイっ! ハイっ! ハイハイハイッ!!』


 ジャンカーはさらに合いの手のように気合いの掛け声をあげて、機獣に連撃を叩き込んでいく。


 すぐ横では、紫堂司令も同じようにペンライトを指に挟んで、曲に合わせて踊っているけど、みんなはあえてスルーした。


「――ええっ!? MOE出力が臨界突破してる!? <感応反応炉チキン・ハート>、なおも出力増大! だ、大丈夫なの!?」


 戦術盤でモニター中のアヤ姉が千春姉に顔を向けた。


「もう、わからんっ! だが見ろ。アレに異常があるように見えるか? むしろスペックが低く見積もられていたんじゃね?」


 あの千春姉が匙を投げた。


「彩乃、現実を受け入れるんだよ。

 元々が外宇宙からの拾い物を再現したモンなんだ。なにがあったって、あたしゃ不思議じゃないと思うね」


 背もたれに身を預け、両手を頭の後で組んだ千春姉は、楽しげにメインモニターを見上げる。


『――ハアアアァァァイッ!!』


 ジャンカーは一際高く機獣を打ち上げて。


 曲は今まさに最高潮クライマックスで。


『――トドメだ! まなたん、行けるね!?』


 問いかけながら、ジャンカーは両手を振るってレイダガーを投擲した。


 物理法則なんて無視するかのように弧を描いて飛んだレイダガーは、落下してきた機獣に突き刺さって宙空に縫い留める。


『うん、ジャンカー! 行くよ!

 ――それは奏でる者、それは唄う者……』


 ステッキを両手で掲げて、まなちゃんが長文の喚起詞を歌い始める。


『オオオオオォォォォォ……』


 ジャンカーの首元から青の輝きが溢れ出し、騎体を包み込んでいく。


「――MOEが……収束して行く?」


 アヤ姉の言葉通りに、一度は騎体を覆った青い光は流れるようにジャンカーの両手へ集まる。


永久とこしえの眠りより、今こそ応え……』


 まなちゃんが掲げるステッキの先で、青い石が光り輝く。


 それに呼応するように、ギラリと、ジャンカーの青い眼が強く輝き。


主炉チキン・ハート解放フルドライブッ!!』


 その胸甲が開いて、青い結晶が露出する。


『――目覚めてもたらせっ! <万界魔咆アーク・ロアー>ッ!!』


 まなちゃんがステッキを振り下ろし。


「――征けっ! 魔咆戦騎っ!」


 紫堂司令が拳を突き出して叫んだ。


『アアアアアアァァァァァァ――――ッ!!』


 ジャンカーが、宙空に縫い留められた機獣目掛けて撃ち出される。


 そして。


 機獣に肉薄したジャンカーは、その胸部に両手で掌打を打ち込んで。


『――必殺! チキン・ハウルッ!』


 やたらイイ声で、声高に叫んだ。


 瞬間、両手に宿った青の輝きが機獣の胸へと浸透し、硝子の割れるような音を奏でた。


 その背がボコリと膨れ上がり、灼熱して溶け出し始める。


 青の閃光が噴き出し、精霊光が星のように瞬く上空へと、一直線に駆け昇った。


 それらがすべて一瞬の出来事で。


 着地したジャンカーの背後で、機獣が爆ぜた。


 辺りに響いていた曲――紫堂司令が万象掌握ソーサリー・グロウブとか言っていたそれが、イントロ同様にピアノの旋律を響かせ、わずかな余韻を残して終了する。


「――て、敵性体のローカル・スフィア反応消失。インディヴィジュアル・コア、警戒態勢を解除しました。

 しょ、勝利ですっ!」


 アヤ姉の声に、発令所がワッと湧き上がった。


 ジャンガーが展開していた魔道領域ステージが解除されて、周囲に夜の街並みが還ってくる。


 投影されていた、まなちゃんの姿もかき消えた。


「――伝心復旧!

 ジャンカー、お疲れ様! 敵性体反応消失したわ。勝利よ!」


 と、アヤ姉がそう告げると、ジャンカーは首を振る。


『いや、彩乃氏、まだだよ……』


 そう応えたジャンカーは、焼け落ちた街並みを見回した。


 あたしが結界を張った時点で、炎は消えていたはずだけど……機獣の落着による衝撃で、街の被害は目も当てられないものになっている。


『……まなたん、泣かないで。僕はさ、君の涙を止める為なら、伝説に謳われる原初の機神の力だって再現してみせる!

 でも、それには君の力も必要なんだ。

 だからもう一度、力を貸して。まなたん!』


 伝心登録されていない、まなちゃんの様子はわからない。


 けれど、ジャンカーの眼が青から金色へと変わって行くのがメインモニターに映った。


 再び曲が――荒廃した街並みに流れ始める。


 それは優しいピアノとフルートの旋律で。


「……万象界姫ソーサリー・ミト、第一期エンディングテーマ、『優しくなれたなら……』だな」


 紫堂司令が解説するけれど、崩れ落ちた街並みに見入るスタッフ達は、誰も聞いていない。


 ジャンカーの胸部で露出したままの主炉――<感応反応炉チキン・ハート>から金色の光が溢れ出し、そして壊れた街に広がっていく。


『――響き渡れっ! <機望咆哮リジェネレーション・ハウル>っ!!』


 そのことばに世界が書き換えられて。


 ジャンカーを中心に波紋が波打つように、黄金色の光の輪が広がり、街が人々が――再生されて行く。


『どうだい、まなたん。これが僕の力さ。

 僕は本当は、戦ったり壊したりするより、こういう力の使い方の方が好きなんだ。

 ……だって、弥生氏の言うように、僕は臆病者だからね……

 ――ん? まなたん?』


 と、ジャンカーは自分の首元に顔を向けて。モニターに映る、ジャンカーの金色のかおが明滅し始める。


『ああ、頑張ってくれたもんね。おやすみ、まなたん。

 僕もちょっと疲れたなぁ……』


 そうしてジャンカーは、ゆっくりと身を沈めて駐騎体勢を取る。


『……紫堂、僕も限界みたいだ。回収を頼むよ。

 あと……やよいたん、本当にゴメンね……』


 ジャンカーの貌が粒子となって消えて、彼が休眠状態になったのがわかった。


 いつもなら怒らずにはいられない、その呼び方も、今はなぜか心地よかった。


「――回収班、作業開始! 医療班は格納庫で待機してください!」


 アヤ姉が所内の担当部署に指示を飛ばし始める。


「……良いわよ。アンタ、今日は本当に頑張ったから、特別に赦してあげるわ」


 モニターの中で、無貌となったジャンカーに、あたしはそう応える。


「だから、本当にお疲れ様……あたしこそ、今までゴメンね……」


 きっと本人には言えないから。


 あたしは今だけは素直に、自分の気持ちを呟いた。

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