第1話 7

「………………?」


 その瞬間、あたしと紫堂司令を除く、発令所の全スタッフが固まったわ。


 いち早く立ち直ったのは、アヤ姉で。


「……ロ、ロンリー?」


 自分が聞き違えたのかと感じたのか、紫堂司令を振り返って訊ねる。


 けれど、紫堂司令は首を横に振り。


「――違うっ! 女児嗜好……ロリータ・コンプレックスのロリだっ!」


「――はああああぁぁぁぁッ!?」


 困惑の声を上げるスタッフ達。


「いまさらなにを驚く!? 戦騎はその名に、魂の形として自らの性癖を組み込んでいる。

 一番騎ジャスティ・デストロイヤーは女子大生を好む傾向だし、二番騎ブレイブ・ラヴァーはやおい好きだ!」


 そう。あたしは他のリアクターとの連携訓練で交流があったから、その事実を知っている。


 ジャスティのリアクターは現在二代目で女子大生の美女だし、ブレイブのリアクターはあたしと同い年の男子で、中性的なイケメンだ。


「で、でも、二騎ともそんな素振り、見せたこと……」


 そこは彼らの人格が常識的だからなのだけど。


 ジャンカーを同志とまで呼ぶ紫堂司令は、鼻を鳴らしてアヤ姉に応える。


「あの二騎はむっつりなのだ!

 そして自らのへきを堂々と名乗れる我らがジャンカーこそ、真の漢に他ならない!」


 そうしている間にも、メインモニターの中で機獣に変化が起こる。


「――機獣、拘束より脱却!」


 気づいたアヤ姉が発令所に報告する。


 魔道領域ステージによって空間的に固定されていた四肢を、自ら力任せに折り砕き、その拘束を逃れていた。


 対峙するジャンカーを見据えて、深紅の眼を光らせる機獣は、挑むように咆哮をあげる。


量子転換QC反応! 自壊させた四肢を再構築しようとしています!」


 折れた機獣の四肢が白銀色の粒子に分解され、機獣へと流れ込んで四肢を再構築する。


「……量子転換炉クォンタムコンバーター搭載型か。

 伊達で機神の信徒を名乗っているわけではないという事だな!」


 紫堂司令が憎々しげに吐き捨てる。


 ――量子転換炉クォンタムコンバーター


 それは一番騎ジャスティ二番騎ブレイブのリアクター二人も持つ、最小の願望器。


 あらゆる物質を量子レベルに分解し、インディヴィジュアル・コアに登録されている異星の兵器に再構築するという――戦騎の主兵装よ。


「――だがっ!!」


 紫堂司令は声高に宣言する。


「だからどうしたっ!」


 司令の言葉に応えるかのように、メインモニターに映るジャンカーに慌てた様子はまるでない。


 勝てるワケがないと逃げようとしていた、あのジャンカーが……戦闘訓練をサボりまくっていたから、ひどく不格好だけれど、それでも両拳を構えて、機獣と向き合っている。


『――さあ、まなたん!

 パフォーマンス・スタートだ!』


 ジャンカーが叫んだ瞬間、真っ暗な魔道領域ステージにスポットライトが差し込んた。


 照らし出されたのは――違うわね。ライトそのものが投射映像で。


 あの女の子――茅畠かやばたけまなちゃんの姿が、ジャンカーと機獣の間に大映しにされる。


「おお、あれは……」


 紫堂司令が感嘆の声をあげた。


 まなちゃんは、出会った時の格好ではなく、ひらひらとした淡い青のドレスを身にまとっていた。


「……魔法、少女?」


 あたしが思わず呟くと。


「――そう! あれこそ、大銀河帝国が誇る名作! そして同志ジャンカーの魂の聖典!

 万象界姫ソーサリー・ミトの第一期バトルドレス!」


 紫堂司令が熱く叫ぶ。


 機獣が警戒したように、まなちゃんの映像から飛び退き、ひと吼え。


 そんな機獣に対して、まなちゃんは目尻に涙を浮かべつつも睨み返して。


『街をもうこれ以上壊させたりしない!

 ジャンカーが、わたしにはそれができるって信じてくれるから!』


 先端に青く輝くステッキを震える手で握り締めながら、まなちゃんは言い放ち。


『……弥生氏。きっと見ているんだろう。

 君にはひどい事をしたと思う。

 でもね、これからまなたんが、僕の本当の使い方を見せてくれる。

 だから……だから、見ててくれ!

 僕だって……臆病で怠け者な僕だけど、本気を出せば兄さん達に負けてないってところを!』


 ――っ!?


 あたしは思わず唇を噛んだ。


 ……そんな風に思ってたの?


 ……ああ、そうか……そう思われても仕方ない。


 一番騎ジャスティのリアクターになりたかったあたしは、いつもジャンカーとジャスティを比べるような事ばかり言っていた。


 思えば出会ったばかりの頃は、ジャンカーだってもっとちゃんとしてたわ……


 一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、素を見せるようになったのだとばかり思ってたけど……あたしが、彼をあんな風に卑屈にひきこもらせてしまっていたんだ……


 頭を殴られたような衝撃。


 情けなさに涙が滲みそうになる。


 皇国を、そしてこの星を守るなんて声高に謳っていながら、あたしは大事な相棒の気持ちひとつ守れずにいたんだ……


 メインモニターの中で、まなちゃんがステッキを構える。


 なんの訓練も積んでいないあの子は、怖いでしょうに――けれど、ジャンカーを信じて魔道を声に乗せる。


『――め、目覚めてもたらせ! <空想舞台ソーサリー・ステージ>』


 喚起詞と共に彼女は、様々な彩りを持った立体球形魔芒陣に包み込まれた。


 ステッキがその一辺に触れなぞった瞬間――ピアノによる音律が流れる。


「――キターッ!」


『――キターッ!』


 紫堂司令とジャンカーの歓喜の声が重なる。


 まるで踊るように、まなちゃんがステッキを手に魔芒陣をなぞるたび、音律は重ねられて。


「これは……歌?」


 アヤ姉が呟く。


「万象界姫ソーサリー・ミトの第一話バトルシーンの挿入歌! 『万象掌握ソーサリー・グロウブ』だ!

 さすが同志! わかってるなっ!」


 ハイテンポの曲に合わせて、ソプラノの歌が魔道領域に響き渡り、同時に色とりどりの燐光――精霊光が星空のように瞬き始める。


『フォオオオオオォォォ――――ッ!」


 甲高い声をあげたジャンカーが機獣目掛けて駆け出した。


「――ジャンカーから量子転換QC反応!? 量子転換炉クォンタムコンバーターは搭載されてないはずじゃ……」


 アヤ姉が戸惑いの声をあげる。


 精霊光が集まり、ジャンカーの両手の五指で四色の光刃となった。


「――ジャンカー、レイダガー装備! どうなってるの!?」


 アヤ姉の疑問に応えたのは、技術班長の千春姉だった。


「……なるほど。ありゃ、魔法で量子転換しとるな……」


「そうだ。インディヴィジュアル・コアに記憶されている情報によれば、量子転換炉クォンタムコンバーターとは、そもそも万象騎ハイウィザードの魔法を魔道器として再現したものなのだそうだ!

 万象騎専用騎のジャンカーには、そもそも転換炉など乗せる必要がなかったのだ!」


 紫堂司令がジャケットを椅子の背もたれに掛け、シャツの袖を腕まくりしながら、そうみんなに告げた。


 司令はそのままネクタイを緩め、代わりとでもいうように、ズボンから鉢巻きを取り出して額にきつく巻きつける。


 鉢巻きには『YES! ロリータ! どんたっちはぁ~!』の文字。


「――行けっ! いまこそ君の真価を見せる時!」


 スタッフ達がドン引く中、紫堂司令は叫ぶ。

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