第1話 6

 ジャンカーが青い輝きを放った瞬間、世界が幕開き、発令所のメインモニターが暗転した。


「――えっ!? えぇっ!? なんで!? 司令っ!?」


 戦術オペレーターの平本ひらもと君が戸惑いの声をあげながら、こちらを見てくる。


「恐らくジャンカーによる魔道領域――ステージが展開されたんだ」


「ステージって……じゃあ、あの女の子は……」


 平本君の呟きに、私は万感の想いを胸に強くうなずいてみせる。


「間違いない。あの子こそが、彼が待ち望んでいた正規リアクターだ」


 ――そう。君はついに出会えたんだな。同志よ……


 彼がどれほどそれを待ち望み、そして自らを押し殺して我々に尽くしてくれていたのか、他でもないこの私――紫堂しどう雅光まさみつだけはよく知っている。


 ――だからこそ!


 だからこそ、私は彼の勇姿を目に焼き付け、その初陣を人々に示さなくてはならない!


「――物部君っ!」


 私は平本君の隣に座る、技術班長の物部君に声をかける。


「はいよ! 正規リアクターを得た戦騎ギガント・マキナがステージ展開できるのは、アメリア支部やエウロパ支部から報告があったからね。

 ――彩乃、戦術刻印、丙の参盤を喚起だ」


「丙の参? そんな刻印なんて――やだ、ある!?」


「――こんな事もあろうかと!

 技術者なら一度は言いたい言葉だね」


 技術に浪漫と情熱を全力で注ぎ込む、物部家の者らしい発言だ。


「ステージ内はあらゆる法則が書き換えられる、一種の異界だからね。

 肉眼以外で内部を観測するには、現代魔術ではムリなんだ。

 ならどうするか――」


 と、長語りを始めようとするのもまた、物部の者らしいといえばらしいのだが――普段ならともかく、今は我が同志の方が大事だ。


「――平本君、喚起詞は『千里眼ディヴィネーション・アイ』だ!」


「あ、おい! 紫堂っ!」


 物部君が不満の声をあげたが、今は無視。


 平本君も私の意を組んでくれて、戦術盤に身体を向けた。


 表面の刻印を操作し、物部君が告げた丙の参盤を組み上げると。


「――目覚めてもたらせ、<千里眼ディヴィネーション・アイ>!」


 彼女の喚起詞に応じて戦術盤に魔道が通り、わずかに遅れてメインモニターに像が結ばれる。


『オオオオオオォォォォォ――――ッ!!』


 真っ暗な世界の中央で、同志は雄叫びをあげていた。


 彼が構築したステージ――異界に捕らわれて、機獣は身じろぎひとつできずにいる。


「――<感応反応炉チキン・ハート>、MOE出力増大……こんなの……一番騎ジャスティ以上の出力です!」


「――そりゃ、そうでしょうよっ!」


 と、発令所のドアが開き、御笠君が入室して来ながら、声を荒げる。


「御笠君、無事だったか!」


「――ええ、あいつ、ご丁寧にも、ステージ展開と同時にあたしを転移してくれやがりましたよ!

 理想の幼女に出会えて、それはもうゴキゲンだったわ!」


 手の平に拳を打ち付けながら憎々しげに応える彼女に、私は首を振る。


「御笠君、ジャンカーに悪気があったわけでは……」


「わかってます! わかってるんですよ!

 ……あいつがあたしを守ろうとしてくれたって事くらい……」


 前半の勢いとは打って変わって、沈んだ声で後半を呟く御笠君。


 彼女の気持ちもまた、私にはよくわかる。


 武家の娘として、皇国を、この星を守る為に、幼い頃から訓練を積み重ねてきた彼女だ。


 ともすればサボりがちな我が同志を、時にはなだめ、時には叱咤して共にあろうとして来たのを、私はずっと見守って来た。


 ……だが、ダメなのだ……


 我々の魂が……を赦してくれないのだ。


 我々はそういう宿業の元に生まれつき……そして、彼と違って心の弱い私は、その業に耐えきれず、自らの魂を捻じ曲げてしまった。


 ……だからこそ、今もまだその業に抗い続け、自らの魂を貫き通す同志が、私には眩しく思えるのだ。


 私は俯く御笠君の肩に手を置く。


「顔を上げるんだ、御笠君。

 君がこれからもジャンカーの相棒を名乗り続けるつもりなら、君は見なければならない」


 御笠君が顔をあげて、私を見上げる。


「まだ、相棒と思ってくれるでしょうか?」


「武家の名門御笠の君ならば、彼のリアクターとしてではなくとも、並び立つ術はあるだろう?」


 私の言葉に、御笠君は弾かれたように目を見開き――そして、いつもの彼女らしい勝ち気な笑みを浮かべる。


「そうですね! アイツの尻拭いは、いつだってあたしの仕事ですもん! リアクターじゃなくたって、やれる事はあるわっ!」


「ああ。だからこそ、今は見守ろう」


 私がメインモニターに目を向けると、御笠君も同様に顔を向ける。


「――さあ、諸君! この世界最新の魔法使いの誕生だ!」


 モニターの中で咆哮するジャンカーの騎体に――継ぎ接ぎだらけで不格好と他支部の連中はおろか、彼の兄弟姉にすらからかわれていたその身に、青の閃光で亀裂が走る。


「――<感応反応炉チキン・ハート>、臨界です!」


『オオオオオオォォォアアアアアアアアァァァァ――――ッ!!』


 咆哮は、彼の万感の想いを乗せて燃え――いや、萌え猛る!


「いまこそ! その魂の形をあらわせっ! 同志よっ!!」


 私の叫びに応えるかのように、ジャンカーの騎体が――その継ぎ接ぎだらけの装甲が内から吹き飛ぶ!


「――なぁっ!?」


 私と物部君を除く、発令所に居合わせたスタッフ全員が驚愕の声をあげた。


 そして、現れる同志の真の姿。


 嘴は竜を模した兜のバイザーのようになり、眉はたてがみとなってきらめきを発して背中に流れる。


 ぺんぎんの羽根様だった両手は肩甲になり、その内側から彼本来の強靭でしなやかな両腕が引き出された。


 ローブ状の装甲服に覆われた胴から伸びる逞しい両脚を見て、もはや彼を寸胴短足などと哂う者は居ないだろう。


「し、司令――あれは!? 変形!? あんな機能があるなんて、あいつ一言も……」


 メインモニターを指差しながら、御笠君が訊ねてくる。


「長く正規リアクターに巡り会えずにいた彼は、やさぐれて自閉ひきこもりモードにあったのだ!

 アレこそが彼の――疑似機神計画三番騎、万象騎専用戦騎ギガント・マキナの真の姿!」


 メインモニターに映るジャンカーの黄金色のかおの中、その両眼が鮮烈な青に輝く。


「さあ、初陣の名乗りをあげる時だ! 同志!

 ――いや、魔咆戦騎ソーサル・マキナッ!」


 私の叫びに応えるように、同志はその屈強な両拳を打ち合わせる。


 そして――


『――ロリッ!! ジャンッ! カアアアァァァァァ――――ッ!!』


 同志は世界に向けて刻みつけるように、高らかにその名を吼えた。

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