第1話 5

「ジャンカー! こんな女の子になに言ってるの!?」


 お姉さんが再び天井に向かって叫んだ。


 やっぱりジャンカーって言うのは、ぺんぎんさんの事みたい。


「お、お姉さんは?」


 怒ってるみたいなお姉さんが怖くて、思わず声が震えてしまう。


 そんなわたしの様子に気づいたのか、お姉さんはゆっくり近づいてきて、腰を折って目線を合わせると、困ったような表情に、それでも安心させようとしてくれてるのがわかる、柔らかい微笑みを浮かべてくれた。


「あたしは御笠みかさ弥生やよい。この戦騎――ロボットのリアクターよ。

 巻き込んじゃって、ごめんなさい」


 ――戦騎。


 おまわりさんが使う兵騎とか、皇軍の武騎の仲間みたいなものかな?


 そんな事を考えてる間にも、弥生お姉さんはまた天井を見上げて。


「――ジャンカー! この際、この子をコクピットに保護したのは仕方ないとして、鞍を戻しなさい!

 さっさと合一するわよ!」


 合一という言葉で、わたしはこの騎体がやっぱり兵騎や武騎の仲間なんだと確信した。


 お父さん、お母さんと一緒に行った、皇軍の観兵イベントで見た事がある。


 アニメなんかだと、人型ロボットは操縦するものだけど、実際の人型兵器は、自身の魔導器官を動力源として合一することで、騎体そのものを自分の身体にするんだって。


 だからパイロットじゃなく、リアクターと呼ぶんだとか。


 弥生お姉さんはリアクターと名乗ったから、この騎体と合一できるって事。


 なのに……


『いやですぅ~! そもそも合一なんて、僕の使い方として間違ってるんだ!』


 当のジャンカーがそれを拒否する。


「はあっ!?」


 驚きの声をあげる弥生お姉さん。


『BBAは黙って見てなよ!

 まなたんとなら……僕はアイツをやっつけられる!』


 ジャンカーがそう言った直後に、弥生お姉さんの足元に虹色の魔芒陣が出現して。


「――ちょっ!? ジャンカー!?」


 戸惑う弥生お姉さんは、そのまま虹色の光に包まれて消え去り、わずかに遅れて内壁に映し出された外の景色の中に虹色の球体が出現し、弥生お姉さんが現れる。


 ――転移魔術。


 軍隊に所属するような上級魔道士レベルの人達が、厳しい訓練を受けてようやく喚起できるようになる難しい魔術だ。


 外に放り出された弥生お姉さんは、腰紐に挟んでいた短杖――たぶん奏器ワンドだと思う――を引き抜いて、飛行魔術を喚起する。


 あの魔術もやっぱり、才能のある魔道士が訓練を積み重ねてようやく喚起できるようになる魔術。


 この短い時間だけでも、ジャンカーも弥生お姉さんもすごい魔道士なんだと理解させられた。


 ――だと言うのに……


「……飛行魔術まで喚起できる弥生お姉さんじゃなくて……なんでわたしを?」


 弥生おねえさんがそうしていたように、わたしは天井を見上げてジャンカーに尋ねる。


『それはね、君こそが僕という界器ステッキを最も使いこなせる存在だからさ!』


 と、応えるジャンカーの声は興奮気味で。


「ステッキ?」


『この星に存在する喚器や奏器を含むすべてのデバイスの最上位!

 ――改めて名乗ろう!

 僕は疑似機神計画三番騎――万象騎専用戦騎ギガント・マキナジャンカー!

 君の……君だけの魔咆の杖さ!』


「……疑似機神? 万象騎専用?」


 難しい言葉が連続して、わたしの頭はますます混乱する。


「わ、わたしはただの小学生で……そ、そりゃ、お母さんに言われて道場に……魔道を少しだけ習ってるけど、護身術程度で……」


 飛行魔術まで使える弥生お姉さんの代わりなんて、とてもじゃないけどできるわけがない!


「そ、そもそも戦うなんて……」


 言い訳めいた言葉を口にする自分が情けなくなる。


 アニメの主人公なら、こんな時に颯爽と応じて、一緒に戦えるんだと思う。


 でも、わたしはなんの力もない、ただの子供なんだもん。


 ロボットに乗って戦うなんて……できないよ……


 そんな風に考えてしまう自分が情けなくて、涙が溢れてくる。


 手で拭うと、それまでの興奮気味の声から一変して、ひどく優しげな声で。


『……ねえ、まなたん』


 ジャンカーが声をかけてくる。


『怖いよね。わかるよ。さっきまで僕もすごく怖かった。

 あの熊型機獣さ、狂化機種バーサーカーって言って、人類同盟で使用どころか保持すら禁止されてるようなシロモノなんだ。

 正直、僕と弥生やよい氏じゃ、勝ち目なんてなかったんだ……』


 震える声で、ジャンカーは告げる。


『どうにかして逃げ回って、兄さん達が駆けつけるまでの時間を稼ぐのが精一杯。それまで僕が壊されなければ御の字。

 最悪、弥生やよい氏だけでも守り切れたら最上だと思ってた……』


 いきなり外に放り出すような事をしたというのに、ジャンカーはジャンカーなりに弥生お姉さんを大事に思ってたんだ……


 内壁に映し出された弥生お姉さんは、わたしがそうされていたように、ジャンカーの結界によって守られているのが見えた。


『……まなたん、知ってるかい?

 この世界はどうしようもなく冷たく、悲しさに包まれていて……ともすれば人々は絶望に捕らわれてしまうように創られているんだ。

 けど、世界の法則ってのは、本当によくできていてさ……』


 まるで込み上げる想いを吐き出すように、ゆっくりとジャンカーは吐息する。


『抗う事をやめなければ……強くその想いを抱き続ければ、世界は応えて――希望を与えてくれるんだ。

 僕ら機属アーティロイドに大昔から伝わる屁理屈――幸運度偏向理論ご都合主義って言うんだけどね……

 今日ほど僕はそれを感じた事はない!』


「……ジャンカー……でも、わたしは――」


 と、言いかけるわたしを遮るように、不意に純白の燐光が周囲に溢れ出し、それが集まって五十センチほどの杖――ステッキを形作る。


 青いリボンが結ばれた先端は台座のようになっていて、六角形の中央に丸い穴が空いていた。


『……大丈夫。君と僕なら、きっとできる。

 君は幸運度偏向理論ご都合主義の法則によって、僕に与えられた希望そのものなんだ。

 リンカー・コアをそこへ。

 ……誰がなんと言おうと君は僕の魔咆少女だ! 一緒に怖いのなんて乗り越えよう!』


「――リ、リンカー・コア?」


 戸惑うわたしに応えたのは、胸で輝き続ける青いペンダントで。


 ひとりでに浮かび上がったそれは、勝手に鎖から解き放たれて、ステッキの台座に収まると、その輝きを一際強くした。


『おお……キタキタキターっ!!』


 歓声をあげるジャンカー。


『――間違いない! 君こそが、僕の魔咆少女だ!

 さあ、まなたん。僕のステッキを握って!』


 ハァハァと興奮しているのか、荒い吐息で促してくる。


「……こ、こう?」


 両手でステッキを握り締める。


 途端、胸が……ううん。もっと奥の方――心臓の位置に概念的に存在するという魔道器官が震えたのがわかった。


 ……どうすれば良いのか。


 ジャンカーがどうしたいのか、はっきりと伝わってくる。


 込み上げてくるのは、ジャンカーを――この騎体を喚起する為の、世界を書き換えることば


『――さあ、唄ってまなたん!』


 促されるままに、わたしは溢れ出す唄を声に乗せる。


「――目覚めてもたらせ! <機望神器クリエイション・レガリア>ッ!」


 瞬間、ステッキがより一層、強く青の輝きを放った。


 ――世界が……静かに幕開く。

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