幕間 どこかでフラグの折れる音がした。

 アルルハートの街の中心部にあって、一際ひときわ目を引く巨大な建造物──グロリア・オッター図書館。膨大な蔵書を抱えるその建物は街の象徴であるとともに、国中の叡智えいちを集積している重要な施設である。


 そのは図書館の最上階にあった。昼間でも暗い小さな部屋。本棚の本たちはどれも古びていて、ほこりにまみれている。


 部屋には誰もいない、部屋には誰も入れないはず──が、部屋の中で


 笑っているのは一冊の本だった。分厚いだけの普通の本から、高音と低音の混じる不気味な声が発せられているのである。


 笑い声の主──彼は、水月すいげつ水音みずねをこの世界に招き入れた張本人だった。そして本好きの水音みずねがいずれこの建物を訪れ、隠されたこの部屋を見つけるであろうことを予知していた。


 だからこそ、笑う。


「くくく、向こうの世界では蹴り飛ばしたりダイ○ンで吸ったりと好き放題やってくれたな、あの女。しかし貴様がここに来れば、その自由奔放な振る舞いもできなくなる。俺は貴様の体を乗っ取り、そして貴様の体に眠る無邪気な混沌イノセントを目覚めさせ、俺はこの世界を破滅へと導く神になるのだ」


 彼は不気味に笑い続ける。約束された未来。確定した勝利。こんな楽しいモノ──笑うしかないだろう。


 しかし彼は知らなかった。彼の求める無邪気な混沌イノセント、それ自身の効力により、予知は外れ、確定した未来は捻じ曲げられ、勝利の約束は反故ほごされてしまうことを。この部屋に水音みずねが訪れることはなく、彼は名前を名乗ることすらもできないということを。


 彼は不気味に笑い続ける。いつまでも、いつまでも、最期のときまで……。



***



 冒険者協会ユニオンの仮眠室で、一人の女が寝ていた。


 水月すいげつ水音みずね。彼女は、図書館で幽霊にってしまうような──悪い夢を見ているらしく、うなされながら寝言を言っていた。


「うーん、おばけこわい。としょかんはおばけのすみかなんだ。かべからわらいごえがきこえてくるしこわすぎる。こんなところもうこない。ほんをよみたくなったらイーリスにたのんでかりてきてもらう……」


 水音みずねの枕元では、一人の妖精──水月すいげつ水面みなもが寝ていた。彼女も姉と同じようにうなされていて、つらそうに寝言を言っていた。


「うーん、おねえさま。ラスボスのふっかつフラグをへしおってはいけません……」

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異世界の正しい壊し方 〜水月姉妹の破滅的な天然ボケは人も建物もセオリーも王道冒険譚も容赦なくぶち壊します〜 猫とホウキ @tsu9neko

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