第8話 命がけの持久走と走り幅跳び

 俺と羽野はみんなが戦っている場所から後方30メートルくらいのところまでダッシュをした。予想通り、魚は俺たちの方まで飛んできた。さらにもう30メートルくらいダッシュすると、またついてきた。魚のジャンプの飛距離は一回3~4メートルくらい。距離が足りなければ一度地面について再度跳ねては追ってくる。そこそこのスピードを出して走れば追いつかれることはないがそんなに距離も開けられない。こちらが止まってしまうまでずっとついてくるのだ。そして、二人で走っているとスピードが遅い方に数匹だけ襲いかかり、残り全部はスピードが速い方を追ってくることがわかった。


 俺たちは二人で計画を話し合った。全員で団子になってゴミ処理場まで走る。囮役が一人だけ建屋の手前でスピードを上げ、魚を引き付けて炉に向かってジャンプする。焼却炉の大きさは6メートル四方。床に空いた穴だ。魚は一度のジャンプで焼却炉を飛び越えられないから落ちるしかない。焼却炉の深さは覗き込んでも底が見えないくらいには深かった記憶がある。あのジャンプ力で上がって来れるとは思えないし、念のためそこに雷撃でも落とせば確実だ。6メートルの大ジャンプができる人なんているのか?と思ったが、うちには転移魔法使いがいるじゃないか!タイミングを合わせて向こう側に転移出来ればいいのだ。大人の男性が助走をすれば3~4メートルくらいは軽く跳べるはずだ。3メートルの空間転移で距離は足りる。完璧だ。

 

 羽野の呼びかけで、道案内の俺を先頭に全員で固まってゴミ処理場に向かって走り出した。最後尾を走る羽野が俺たちで検証した結果と、考えた計画を話す。囮役は羽野が自ら名乗りを上げ、俺がここからゴミ処理場までの距離は測ったことはないけれど多分1キロくらいだと付け加えた。魚たちはばっちりついてきている。お前らの死出の旅だとも知らずに。ナマコ親分がゴバハァァァァと声にならない叫び声で送り出してくれた。

 しかし、計画を聞いて青ざめている人間が一人いた。カイラさんだ。

「すみません、自分はもう魔力切れです…空間転移は魔力マックスの状態じゃないと発動できないんですよ…!」

「なあああああにいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?」

 羽野は金切り声を上げた。

「もうこのまま走って振り切ればいいんじゃない!?」

 髭ダンディフミヲ一等軍曹が言った。

「だから振り切れないんだって。頑張って振り切れたとして、その後どうすんのよ!?」

「一旦退却して対策を練って出直そう!」

「どのくらい走れば振り切れるのかわかんねえよ!?街まで魚連れてっちゃうかもよ!?市民の安全が保障できないよ!?」

「一人外れて先に戻って、火属性魔法使いをかき集めて街の手前で待ち伏せするとか!?魚の炙りフェスやるぞって。酒用意しとけって。」

「道がわかるのが一人しかいないんだよおおお!」

 フミヲ一等軍曹はボケたつもりだったようだが羽野には突っ込む余裕もボケ返す余裕もなく、その案は却下となった。

「じゃあどうするんだよ!!」

 この会話で得たものは、髭ダンディフミヲは脳筋だということだけだ。

「わっかんねええええ!」

 羽野は情けない声を上げた。あれがランク2の小隊長だと思うと悲しくなるが、他に案が浮かばないし他の隊員たちも思案顔で黙々と走っている。

 対策も無しにこのまま走ってどうするんだよ。後ろを振り返ると相当焦った顔の羽野と目が合った。何も思いつきませんという顔だ。もうゴミ処理場に着いてしまう…と思ったがなかなか着かないな…かれこれ20分近く走っているような…距離感間違ってたかな…ああもう息が苦しい。普段長距離走なんてしないから…俺…脱落しちゃダメ…かな……俺バイトだしさ、ほんと軍隊なんて来るんじゃなかった………。

 苦しくなって先日の討伐が走馬灯のように思い出された。事務員と戦ったのほんと意味わかんなかったな…あいつら雷撃の玉なんて投げてきやがって……ん!?玉!?

 前方の青い夜の空に黒い大きなシルエットが浮かんでいる。屋根が半分以上崩れた、元は四角だったと思われる建屋と煙突。後ろを振り返って叫ぶ。

「あれが焼却炉の建屋です!羽野、じゃなかった、小隊長殿は計画通り、建屋の100メートル前からスピードを上げて一人で焼却炉に向かってジャンプしてください!その後をユキエさんが追いかけて、空気を圧縮した大きな玉で小隊長殿を前に押し出してジャンプを補助してください!」

「あ…!」

 聞いていたユキエさんがイメージできたらしく、なるほどという顔をした。

「祥吾天才!ユキエ、魔力は足りるか!?」

「…出来ると思います…多分。」

「失敗したら俺が焼却炉に落ちて死ぬんだよ!頼むよ!」

「わかりました、やります!小隊長殿が落ちて死んだら自分も身を投げます!」

「やめて、そういうこと言うの!」

 そう叫んだ時にヨダレを垂らしたらしい羽野が口元を拭った。本当にカッコ悪い小隊長殿だ。

「やるしかねえ!行くぞ!」

「了解!」

 建屋が近づき、羽野とユキエさん以外の隊員たちはスピードを落とし左右に分かれた。ついてくる魚を各自数匹ずつ斬る。二人はぐんぐんスピードを上げていく。それを追って通り過ぎていく大量の魚たち。

 この暗い夜の中、手に持った小さな照明だけで足元はちゃんと見えるだろうか?踏み外して落ちちゃったり…しないよな?不安になって暗闇に向かって駆けていく羽野の後ろ姿を凝視する。俺たちの犠牲になって一人だけ死ぬなんてやめろよな。転生前も後も含めて俺のことを友達と呼んだただ一人の人間。全然好きじゃないけど、全然友達じゃないけど、目の前で死んでしまうなんて嫌だ。絶対にあいつのためになんて泣きたくない。だから死ぬな。

 その時だった。月を覆っていた雲が割れてパーッと明るく青白い光が差して羽野の姿を照らした。建屋の屋根は崩れているので中まで光が差してよく見える。羽野は後ろから見ていてもよくわかるほどに凄いスピードで突っ込んでいって、高く跳んだ。手前で止まっていたユキエさんが同時に何事かを叫んで、左右に広げていた両手をさあ跳べと言わんばかりに前に振ると、巨大な白い空気の塊がさらに凄いスピードでまっすぐ前に飛んで行った。

 跳び上がった羽野の体はそのまま空気の塊に押し出されすっ飛んで、奥の壁にものすごい音を立てて激突した。魚たちはそれを目がけて次々に焼却炉に飛び込んでいき、自滅した。俺たちは倒れている羽野に駆け寄った。もう持久走の疲れなどどこにも無かった。

 羽野はスッと身体を起こし、鼻血だらけの顔でニカッと笑った。

「だーいせいこう~!いたたたた…。」

 おでこも真っ赤に腫れ上がっているしなんだかかわいそうな顔になってしまっているけれど、無事だった。

「小隊長すみません、強すぎました……。こんなの初めてで加減がわかりませんでした……。」

「あははは~いいんじゃないの~?成功したんだから謝らなくてもさあ。」

 本当にのんきなやつだ。よく見ると前歯も欠けている。それを指摘された羽野は自分で歯を触って確かめてから笑い出した。

「ギャグ漫画かよ、あははははは!」

 つられて全員噴き出してしまった。

 魚はどうなったかなと焼却炉を覗き込んでみた。やはり底は見えないし、全部落ちてそのまま死ぬのかな、雷撃使いの隊員さん、とどめを刺す余裕はありそうかなと思った瞬間。その暗闇の中に巨大な何者かの光る二つの目があり、口が開いて舌なめずりをしているのが見えた。口の周りには魚のヒレのようなものが付いていた。巨大な何者かはそのまま底の方に向き直り、ズズズと音を立てながら奥へ消えて行った。同じく覗き込んでいたみんなと顔を見合わせて、不気味な何者かの気配を共有した。俺たちが以前討伐した後に別の何かが住み着いたのだろう。

 ここもあまり長居しない方が良さそうだね、と言って羽野が立ち上がった。歩いて港へ戻った頃には23時を過ぎていて、ナマコ親分の姿は消えていた。

 念のため少し離れた場所に移動し、交代で見張りを立ててそれ以外の隊員は休憩を取ることにした。海面に浮いていたヌルヌルの範囲が広がっていて、浮いている魚の数もかなり増えている。水中を移動したのだろうか。このままではみんなが漁に出られないだろう。早く解決しなくては。俺は漁師仲間の顔を思い浮かべながら草の上で眠りに落ちた。

  


 

 

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異世界に転生してムカつく上司をぶち殺す件 伊藤骸 @Labradorite

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