第7話 ナマコと魚
港町に向かう迂回路は綺麗な道ではない。自然豊かな小高い丘のアップダウンをいくつも越え、海沿いの平坦な道に入り潮騒が聞こえてきた時にはすでにあたりは真っ暗で風景は何も見えなくなっていた。ひたすらそこを進むとその先が小さな港町だ。俺は勝手知ったる場所とばかり、軍隊を引き連れ道に迷うことなく、歩きながら携帯食をかじり空腹を満たしているうちに目的地に到着した。迂回したルートは普段人通りが多いわけではないから街灯の類は一切無く、簡易照明だけで夜歩くのは大変だ。慣れていなければ確実に迷ったことだろう。羽野はいやあ~君がいてくれて助かったよお、初日から残業だなんて申し訳ないねえ~査定上げておくからねえと例の調子で言った。そうか、こいつは一応偉いんだった。全然そんな気がしないが。
時刻は20時を過ぎていた。
第三小隊は8名が所属する2つの分隊合計16名で構成されている。片方の分隊長を羽野が務めていて、今回の討伐に限っては小隊長も兼ねている。もう片方の分隊長はフミヲ一等軍曹という。40代くらいで髭を生やしたイケオジという言葉がぴったりな渋い感じの人だ。羽野よりもあっちの方が小隊長という感じがする。
そこに俺たち予備軍隊アルバイト4名を加えた20名の大所帯だ。
イヌヤマさんは30代くらいの男性で、背はあまり高くなく長髪を後ろで一つに結んでいる。大きな怪我が続き正規軍としての活動は諦めてしばらく役所勤めをしていたが、やはり軍隊に貢献したくて戻ってきたと言った。さっきの狼との戦闘の時もそうだが、積極的に前に出ようとする性格のようだ。歩きながら他のアルバイト達に声をかけたり、正規軍の人に質問をしたりしていた。
モチスケさんは身長175センチくらいの女性で年齢不詳、討伐が趣味なのだと言って、今回の討伐も数に入れていいのかどうかを気にしている。きりっとした彫りの深いカッコいい顔をしている。
カイラさんは身長は俺と同じくらい。魔法使いだが鍛え上げた体型をしている20代男性で、大きな目をしていてよく笑う。カイラさんも討伐が好きなのだそうで、今日はただの荷物持ちだから魔法を使えるチャンスが無いなと残念そうだ。空間転移は珍しい魔法だが、転移できるのはせいぜい3メートルくらいだから泥棒に入るくらいしか使いみちが無いと笑っている。
やはり予備軍隊でアルバイトをしようとする人たちは戦闘民族であり、俺とは違う部類の人たちなのだと思った。俺は出来るなら討伐など出ないで漁と刃物研ぎだけしていたい。討伐は必ずしも国民の義務ではないが、他にあまり仕事もないし何より報酬が良い。それに突然目の前にモンスターが出没した時に戦えるようにしておいた方が良いから自分の身を守るためにそうしているだけだ。討伐が趣味だなどというのは全く意味がわからない。
港町の討伐現場に到着した。港にいくつか停泊している漁船の中でもひときわ大きな船がある。その上に船首から操舵室、船室を覆うようにナマコのような黒紫色の塊が乗っかっていた。
「はあ!?なんだありゃ!?」
羽野もそんなものを見るのは初めてらしく、甲高い声を上げた。兵士たちはざわついている。
巨大ナマコは表面がブツブツとしていてベージュ色の気味の悪い模様が出ている。透明の粘液をまとっており辺りは一面ヌルヌルだ。海面にもヌルヌルが浮いていて、大量の死んだ魚がそれと一緒に漂っている。恐らく毒なのだろう。
一体これはどうやって始末すればいいのか。
小隊長である羽野も指示を出しあぐねているようで、様子を伺っている。するとナマコの胴体が真ん中あたりから縦にぱっくりと割れ、口のように開いて赤く濡れる内部の肉が見えた。肉の奥はまるで人間の食道のように穴になって体の奥まで続いているようで、そこから空気を吸い込んだかと思うとガフゥゥゥゥゥと震える音を出した。雄叫びなのかなんなのか。とにかく気持ち悪すぎる。
「ユキエ、魔法で表面を切り裂けるか?」
羽野が指示を出した。ユキエと呼ばれた隊員はやってみますと答えて何かを唱えた。シュルシュルと音を立ててブーメランのような形の白い空気の塊が回転しながら徐々に大きくなっているのが見える。ユキエさんが手裏剣を投げるような手の動きで目標を指し示すと同時に空気ブーメランはそちらに飛んで行って、あまりに気味の悪い物体の表面を深く水平に切り裂いた。先ほど開いた口のような割れ目と十字に交差した傷口が出来た。
十字の割れ目からは赤黒い水分と一緒に15センチくらいの丸い物体が無数に出てきて港のコンクリートの上にドバっと流れ出した。
「うわっ、これ卵だ!」
気が付いた時には遅かった。無数に流れ出た卵の一つ一つの中にぎょろりと目が動いていた。そして卵がぐるりと回転したかと思うと中から1メートルくらいの大きさの魚のモンスターが誕生した。本当に本当にグロすぎる。そして次々と孵化しては俺たちに飛びかかってきた。
目を逸らしている暇など無い。隊員たちはそれぞれに武器を持ち、飛びかかってきたやつらを一つ一つ斬っている。ユキエさんは小さな空気ブーメランを鮮やかに2つ操り効率よく切り刻んでいる。孵化していない卵はまだまだある。とにかく数が多いのでアルバイトの俺たちも武器で応戦することにした。出番だぞ、相棒!
しかし次々と飛んでくるやつらを全て斬るのは容易ではない。外すと嚙みつかれてしまう。
「ドウトンボリ!でかい雷撃で親の方を仕留められないか?」
羽野がバサバサと魚を斬りながら叫ぶ。
「できますが、船が破損する恐れがあります。」
「お国様が補償してくれるだろうよ。」
「それに全員いったん退避しないと感電の可能性があり危険です。」
「ああ、結局お子様たちを全員殺るしかないのかなあ。」
火属性の魔法を操る隊員が空中に大きな火炎放射を放った。飛びかかって来ていた魚たちは焦げて地面に落ちた。そこからなんとも香ばしいスルメのようないい匂いが漂ってきた。魚の炙りになったらしい。
「まさかこれって食べたら美味しかったりして!?」
「小隊長殿良かったら酒のあてにどうぞ!俺は絶対食いませんけど。」
こんな時でも軽妙なやり取りがあるのはさすが羽野の隊だけある。ガフゥゥゥゥ。ナマコが叫んだ。ツッコミかよ。
しかしまだまだ産卵は続き、孵化も魚の襲撃も止まらない。
ふいに隣でカイラさんが剣を置き、魔法で大きな水の塊を出した。そしてそれを大きく広げて魚を数十匹まとめて囲い、ぎゅっとまとめて閉じ込めた。閉じ込めはしたが死んではいない。
「あ~ダメか、海水魚を淡水に入れたら死ぬんだったと思うけど、そんなにすぐ死ぬってわけじゃないのかな。それにこいつらモンスターだからそもそもそんな常識が通用しないのかも。残念。」
そんなことを考えていたのか。魔法を使える人はやはり頭が回るんだな。でも一匹ずつ斬るよりは効率が良いのでカイラさんはその後も水の塊に魚を閉じ込めていた。時々ちゅるんと脱出してくる個体もいたが、基本的にはおとなしく閉じ込められてくれていた。そいつらは後で外側から刺し殺せばいい。
イヌヤマさんもモチスケさんも正規隊員たちと比べて遜色ない動きをしている。むしろ正規隊員たちと肩を並べて戦うのが楽しいのか、口元は笑っているようにも見える。ああ、やっぱり俺だけがトロい。明らかに討伐数が少ない上に他の人にフォローして守ってもらったりもして申し訳ない気持ちになる。
しかしいくら屈強な正規隊員と優秀なアルバイトが頑張っても依然として魚は減ることが無く、孵化し続け襲い掛かってくる。このままこうして斬り続けていても無駄に体力を消耗するだけだし、まずはボスをどうにかしないといけないのだが、魚の数が多すぎてボスには容易に近づけなくなっていた。正規軍の強い人たち、早くなんとかしてくれよ!そう思っていると、一番後ろで刀を振っていた俺のところに羽野がやってきた。
「ようサムライ。この地域の周辺ってどうなってる?大昔の焼却炉があった気がしたんだけど。」
こいつはこんな時でもこんな調子なのか。軽いフットワークでバドミントンでもするかのように飛んでくる魚を斬っている。
「ああ、ゴミ処理施設だった場所があって色々な設備が残ってるね。去年討伐で中に入ったことがあるよ。」
「そうか!じゃあ中の構造も大体わかるな?」
「まあ大体覚えてるけど。」
ごみを落として燃やす焼却炉にモンスターが住み着いていたっけ。
「この魚、明らかに俺たちに向かって飛んできてるよな?俺たちが移動したらどうなると思う?」
「俺たちが移動したら…ついてくる?」
「だったらいいなと思わねえ?」
羽野は子供のような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
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