第6話 予備軍隊初日
羽野は大噓つきだった。ランク8で10回以上の討伐経験があれば予備軍隊に入れると言った。確かに条件的にはそう提示されている。しかし実情はそれとはかけ離れていた。俺と同時に入ったメンバーは他に3人。イヌヤマさんはランク5の兵士で正規軍生活の経験者、モチスケさんはランク6の兵士で一般討伐回数1000回越えの猛者、カイラさんはランク6の魔法使いで転移と水属性の魔法を自在に扱うらしい。さっき色々説明をしてくれた上官はランク8の人間は後にも先にもにいないって言ってたぞ、俺はこんなところにいちゃダメなんじゃないのかなあオイ羽野さんよ!!!!
自己紹介と訓練教官たちの紹介、隊のシステムや訓練、討伐参加の流れの説明、昼食。午後からは敷地内の設備の案内や見学などを終えて今後二か月の希望スケジュールを上官と相談しつつ書き込む。一日目まぐるしく動いているうちに夕方になり初日の勤務時間が終了した。俺は休憩所で暇そうに座ってゆったりとお茶を飲んでいる羽野を捕まえて文句を言った。
「あれえ?そうだっけ?ごめんねえ、あははは!でも大丈夫だよ。ここは一応お国が管轄してるところだから、アルバイトを無下に扱ったりはしないって。ランク8の祥吾にはランクに合った仕事を与えられると思うよ。」
ああやっぱり来るんじゃなかった!こんな楽観的なやつ信用するんじゃなかった!
「あ~俺のこと全然信用してないっしょ?だ~いじょうぶ!俺は安心信頼の羽野っちだから!」
全然意味がわからない。
「ところでここでは俺はコータローという名前で、一等軍曹という階級がついてるんだ。だから一応階級付けて呼んでもらわないとダメなんだよね~。大親友にこんなこと言うの嫌なんだけどねえ。」
「承知いたしました。コータロー一等軍曹。ってあんた何気に偉い立場なんだな…一等軍曹がどのくらい偉いのかは知らないけどさ。」
「人が少ないからね。」
興味が無さそうにさらりと言った。
羽野はサラリーマン時代を思わせるワイシャツにネクタイ、濃紺のスラックスを着用しているが、体の厚みがあの頃とは違うことを示していた。俺にも後日制服が支給されるらしい。
「年齢の若い人間も多いし、階級で無理にでも差をつけて管理しないと組織ってグダグダになるんだってさ。」
よくわからないけどそれで上げてもらえる方にいるってことはそのくらい実力があるってことだろう、ランク2だしな。俺は一般討伐でランク2の人に出会ったことが無い。どのくらい強いのか想像もつかない。このチャラチャラした男がどんな風に戦うのかという意味でも全く想像の範疇外だ。
「スケジュールどんな感じにしたの?」
「えーと、とりあえずはしばらく週3日出勤することにしたよ。最初から無理をしなくてもいいやと思って。明日から午前中はトレーニング、午後は軍隊や討伐についての勉強会とあと色々な仕事を覚えるための雑用だって。」
朝9時に来て終業時刻は17時半。俺の公務員生活。
「トレーニングは俺が教官だからよろしくね。食堂はシーフードカレーとチキンカツがオススメだよ。野菜のおかずもちゃんと取らないと厨房のおばちゃんにどやされるから気を付けて。」
「わ、わかった。」
「あとは…そうだな、あっちにある森の中は小型のモンスターが出るからちょうどいい訓練エリアになってるんだよ。」
羽野は窓の向こうを指さしながら言った。
「ああ、聞いた。」
「モンスターはこっちに来ることはほとんどないけどたまに現れることがある。自分の武器が手元に無い時は廊下に格納してあるのを勝手に使っていいからやっちゃって。」
「了解。」
小型が出没するということは奥にボスがいるんじゃないだろうか。訓練用に放置してあるのか?それで大丈夫なんだろうか?
「それでは自分はこれで失礼いたします!コータロー一等軍曹殿!」
俺は見よう見まねで羽野に向かって敬礼をした。
「敬礼下手くそすぎ。」
羽野と俺は顔を見合わせて笑った。そこにガシャーンと耳が痛くなるほどのガラスが割れる音がした。
「ああ、出たね。」
早速かよ!
ガラスを割って飛び込んできたのは片目が潰れた小型の狼のモンスターだ。討伐で見たことがある。攻撃力や体力はそんなに高くない。単体で移動し噛みついてくるだけのワンパターン攻撃しかしてこないため、誰かが囮になって他のメンバーで攻撃するなどすればそこまで怖い敵ではない。
「ねえ、俺は見てるからサクッとやってみてよ。」
俺は身構えたのに、羽野は立ち上がりもせずに言った。
「いやいやいや、プロがやってよ!失敗したら怪我するじゃん!今手元に武器が無いし、せめて手伝ってよ!」
「祥吾が死んだら仇は取ってあげるから。」
「死ぬ前に守ってくれよ一等軍曹殿!」
こいつは戦闘時にもこんなに楽観的なのか!?一等軍曹ってこんな感じでいいの!?!?そうしている間にも狼はこちらを睨んで唸り声をあげている。のんびりと漫才をしている場合ではない。
「一等軍曹殿、自分が倒しても良いでしょうか!?」
ああ、ヒーローが現れた!助かった!
たまたま通りかかってくれたのは丸腰のイヌヤマさんだ。
「あー、まあ、別にいいけどお。」
羽野は横目でちらっとイヌヤマさんを確認してからモンスターに視線を戻した。
「では失礼いたします!」
イヌヤマさんは言いながら大口を開けてヨダレを垂らしこっちを見ている狼に向かって行った。相手は狼だ、動きはさすがに向こうの方が早いはず、真っ向から何も持たず一人で突っ込んでいくなんて!
俺は何かあったら援護しようと、廊下の格納庫を探す。5メートルほど先にある壁に取り付けられた青い扉を開けると剣や槍などの武器がずらりと出てきた。槍は使い慣れていないが今はこれを使うしかない。愛刀はロッカーに置いてきてしまったのだ。なんだかボコンと音がしてキャイン、と声が聞こえた気がした。
「おうおう、いいねえ、援護しなきゃねえ。」
駆けつける俺を羽野が座ったままでニヤニヤしながら見ている。ああ腹が立つ。お前がやれよ!
槍を持って戻るとイヌヤマさんが右手で狼の首を絞めながら膝で胴体を地面に押し付け、左手で脚を折るところだった。なぜこの短時間にそうなっている!?
メギメギと嫌な音がして狼は金切り声を上げ絶命した。
「あのねえ、彼、イヌヤマくんだっけ、祥吾が武器を取りに行っている間にいきなり狼の鼻っ柱ぶん殴ってたよ。すげえなあ、勇気が凄い。さすが正規軍経験者。」
「ありがとうございます。羽野一等軍曹殿。」
イヌヤマさんはちゃんとした敬礼をしていた。敵に向かって身一つで勇敢に飛び込んでいけるなんて、やっぱり軍隊なんてついていける気がしない。
「ショーゴくん、割り込んで失礼をした。」
「いえ、助かりました。自分だけだったら無理だったかもしれませんし、一等軍曹殿は助けてさらなかったので危ないところでした。」
一等軍曹殿に横目で視線を送り嫌味を言ってみた。
「一等軍曹殿は我々新人たちの力を計っていたんだろう。本当に危なくなったら手を貸してくださるはず。」
まあそれはそうだろうとは思うけどこいつのことだからなあ。俺が怪我をしても笑っていそうで凄く嫌だ。
「はっはっはっ。その通りだよイヌヤマくん。新人を試すのも我々の仕事だ。本当はそんなことはしたくないのだが、心を鬼にしているんだよこれでも。ああ、胸が痛い。」
うるせえ黙れ。俺はわざとらしく胸を押さえて切なげな表情をしている羽野をさっき持ってきた槍で刺してしまいたい衝動にかられた。
その時、サイレンが鳴った。
「緊急出動命令、第三小隊、港町方面に急行せよ。現場はレベルB判定。」
館内放送が流れて、室内にいた第三小隊所属と思われる兵士たちが一斉に廊下に出てきた。
「第三小隊は俺の分隊がいる隊だ。行ってくる。」
羽野のふざけたヘラヘラ顔が一瞬で真顔になった。
モンスターは空き家に住みつく蜘蛛のように、主に人が少ないところにボスとその取り巻きの小型が発生し集団で巣をつくる。その規模が大きくなって人間に危害が及んだりするとしっかりと調査をした上で討伐ということになるパターンが多く、緊急での討伐は一般にはあまり聞いたことが無い。ただ突発的に街に迷い込んでくるモンスターもたびたびいて、そこにいる者全員が戦えるとは限らない。軍隊はそういうのに対応してくれる存在だ。
「港町方面に何があったのかな!?俺の知り合いの漁師さんがいるんだけど!」
「行ってみないとわからないな。もう終業時間は過ぎてるから気を付けて帰れよ。」
その時、廊下を走ってきた隊員が言った。
「コータロー一等軍曹、港町方面に向かう国道が土砂崩れで塞がっているそうです!迂回して向かうようにとのことです。」
「土砂崩れ?山で何かあったのか?」
「わかりません!」
「迂回か…港町の手前は国道以外はほとんど整備されていない地域だったな。日が暮れそうだ。道に迷うかもしれないから急いで向かおう。」
「あ…あの…!」
「なんだ、ショーゴくん。」
すっかり軍人の顔をした羽野が強い視線でこちらを見たので少し気後れしてしまった。勇気を振り絞って言う。
「俺、バイトで行っていたのであのエリアは詳しいです。暗くなっても道案内が出来ると思います。」
レベルBの現場になんか行ったことが無い。俺なんかが出しゃばってはいけない場面のような気がする。それでも漁師のみんなが心配だ。俺に出来ることがあるのなら手伝いたい。
一瞬だけ思案する顔をしたが羽野は了承してくれた。レベルBの現場の推奨ランクは5~6。荷物持ちとしてイヌヤマさん、まだ帰宅していなかったモチスケさん、カイラさんも同行を希望して許可が下りた。
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