第45話
「青春してるなぁ」
俺のつぶやきが夜の静けさに溶ける。
時刻はもう七時を越えている。とうに門限は過ぎた。寮に戻った後のことを考えると憂鬱だ。
「私には、君も十分青春しているように見えるがね」
告げたのは俺より頭一つ高い男性。俺と孔雀院さんに、篝という男の危険性を教えてくれた祓い屋だ。
「遅かったですね。もう片付きましたよ?」
「そのようだな。本職が不甲斐なくてすまない」
柳さんの後方から浮遊した物体が伸びる。おそらくは妖怪、いや式神か。仰向けになっている篝さんの体を持ち上げる。
「情けないところを見せた侘びだ、この男の処理は私が引き受けよう」
「それは助かります、至急的かつ速やかに戻らないといけないので。あ、証拠の映像要りますか?」
「いや、必要ない。普通の警察では、せいぜい暴行か傷害でしょっぴくのが関の山だろう。それでは軽すぎる」
「警察に預けないんですか?」
「ああ。こちらのツテで裁かせてもらう。安心してくれ、この男に課される罰は、君達が想像する数倍は重い。何せ
「そうですか」
胸の内で、ざまぁという気持ちと
篝は洞窟を儀式場に仕立てたと述べていた。
俺はグランアースで長年修練を積んだ身だ。篝のそれが、一朝一夕でなせる
篝家の先祖が長年積み上げた努力の結晶を、自分の代で全て台無しにした。あの男は、その重大さと罪深さを背負って生きていくことになる。
「祓い屋も大変なんですね」
「そうだよ。特殊な技があっても、人である以上は組織があるし、個人の力など程度が知れる。力があれば好き勝手に振る舞えるというのは幻想だ。悲しいことに、力のない者ほどこれさえあればと
「その人もそうだったんでしょうか?」
俺は妖怪に担がれた加害者を見る。
柳さんがまぶたを閉じる。
詮無きことと言わんばかりだった。
「多少はあったかもしれない。篝家は元々力のある家だったからね。再興を狙って強力な式神を求めた可能性はあるが、そのために他者を蹴落としては得られる称賛も得られない。一度は誤魔化せたところで、一度美味い蜜を吸えばくせになる。どのみち篝家は潰える運命だったのだろう」
声色はどこまでも平淡だ。同業者のよしみとか、そういうものは欠片もにじませない。所詮他人事と思っているのだろうか。
何となく引っかかって口を開く。
「冷たいですね。柳さんも、いつか似た問題に悩まされるかもしれないのに」
「そうかもしれないな。祓うことに限っては天才と称されているが、それと上手く継承をやり遂げられるかどうかは別の話だ。失敗すれば私の家も没落することになるだろう」
「怖くないんですか?」
「責任を感じないと言えば嘘になる。だが、私は没落するならそれでもいいと思っている」
「それは本心ですか?」
「そのつもりだよ。要は心構えの問題なのさ。力の有る無いにかかわらず立場をわきまえて振舞えるか。重要なのはそこにあると思うがね」
「それを聞いて安心しました」
俺は口角を上げてみせる。
自分なりの信念を持って生きる。グランアースでもそういう人はいた。
一度は敵対した間柄でも、そういう人とは仲良くなれた。お金を見せつけられてもコロコロ転がることはないし、人徳があって忠義にも厚かった。そういう人材は重宝したものだ。
「少し長話をしすぎたようだ。私はもう行くが、その前に一つ聞かせてくれ。君は何者なんだ?」
切れ長の瞳に見据えられる。敵意と言うよりはいぶかしんでいるように見える。
単純に考えれば、街一つ壊滅させる化け物を祓うなんて、お前本当に人間か? といった意味合いの問いかけだろう。
それはあまりに短絡的な質問だ。人外が理由あって人を装っているなら、人間かと問われて『よくぞ見破った!』と胸を張るわけがない。
信念を語ってくれた柳さんが、そんな浅い問いかけをするとは思えない。今求められているのは、俺の立場を言い表す言葉だろう。
だったら俺の答えは一つだ。
「俺はただの高校生ですよ。普通の、ね」
「……そうか」
柳さんがコートをひるがえして踏み出す。
「もう遅い。君達も早く帰りなさい」
「はい。今日はありがとうございました」
柳さんの後ろ姿を見送って、洞窟内部に視線を戻す。
俺は普通じゃないかもしれない。少なくとも他のクラスメイトや同級生とは違うと自覚している。
だとしても、腕を伸ばせば身近なところに『普通』はある。教室でも見られるような、朗らかな光景を見てそう思った。
最強猫のやり直し~課長の俺。失われた青春をやり直すために時間を巻き戻したら妖怪が見えるようになっていた~ 原滝 飛沫 @white10
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