第7話

「ーーーーテヌートさん」


 芽依めいの屋敷。城の兵士達は帰ってしまったのか、門番は今、テヌートしか居なかった。

 トキが堂々と話しかけても、誰も気にめない。芽依は既に中で、三津流みつるに説明している頃だろう。


「残るんですか?」

「……お前が居れば大丈夫だろ」


 テヌートは横目にトキを見る。

 トキは何かを考えるような間を取ってから、言葉をはっした。


「……芽依に、何か頼まれたんですか?」


 先程さきほど到着した芽依は、テヌートと会話をしてから中に入っていった。その時からか、テヌートの表情が少し、かたい気がする。


「んー?…………まぁ、それもあっけど……」


 テヌートはめずらしく言いよどみ、城の方角をじっと見つめる。


「………………少し、確かめたい事がある」








 三津流に一通り説明し終えた芽依は、弟の頭をそっとでた。


「……ごめんね」

「だいじょうぶだよ。裕祇斗ゆぎとさん、来てくれるんでしょ?」

「うん。…………三津流、少し熱があるね。気分悪い?」

「ううん。だいじょうぶ。……それより、姉さま。僕のおまもり知らない?今日、起きたらなくなってて……」

「御守りって、母様の?」

「うん」

「見てないなー……ごめん。テヌートに探させるよ。三津流は今日はもうおやすみ」


 一瞬、三津流の瞳が不安げに揺れた。しかし、芽依の言葉に素直に頷く。


「…………おやすみ、なさい。姉さま」

「おやすみ、三津流。ーーーー行ってきます」


 三津流がまぶたを閉じ、規則正しい寝息を立て始めたのを確認して、芽依は部屋を後にする。

 ーーーー 一人になった部屋で、三津流の呼吸音だけが静かにひびく。

 ……そっと、三津流の瞼が震えた。





 ーーーーずっと昔、母と、ある約束をした。



『ーーーーお前と母の、二人だけの秘密ですよ』




 誰にも秘密。母と三津流だけの、二人だけの秘密。

 芽依も知らない、御守りの意味。三津流が屋敷から出られない本当の理由……。

 知られてはいけない。それが、母との約束だから。

 この先も、誰かに『それ』を告げる日は来ない。

 熱が上がってきたのか、息苦しそうに浅い呼吸を繰り返す三津流の目から、静かに涙がすべり落ちたーーーー。







 芽依が戻ってくると、門にはすでむかえの馬車が待っていた。


「やあ」


 馬車の前に立つ人物は、芽依を見つけると、右手を軽く上げる。


「お待たせして申し訳ありません。柊夜しゅうや様」


 国王との話で、行きの道中同行すると進み出てくれたのが、裕祇斗の兄、第二王子の柊夜だった。


「気にするな。私も国へ帰る予定だった」

「……もう帰られてしまうのですか?二日前にいらしたばかりだと伺いましたが」


 芽依の言葉に、柊夜はたまらず笑いをこぼす。


「…………ふっ」

「?」

「くくっ……、いや。……裕祇斗と全く同じ事を言うものだと思ってね」

「……められていない事は分かりました」


 少しムッとした表情の芽依に、柊夜の口が楽しげにえがく。


「貴女は弟の大切な婚約者。私にとっても可愛い妹だ。裕祇斗が来れないのであれば代わりをつとめるのは当然」


 そう言うと、柊夜は芽依に右手を差し出す。


「さぁ、お手を」


 柊夜は先程までのからかうような笑みではなく、既に王子としての顔に戻っている。

 芽依もそれにならってそっと微笑ほほえんだ。柊夜の言葉にただ頷き、その手を取る。

 馬車に乗ると、柊夜も向かい側の席に座る。護衛である数人の兵士とトキは、馬車を囲む形で馬にまたがった。

 発車する直前、芽依は視線をテヌートに向ける。


「ーーーー……」


 テヌートは、何も言わなかった。芽依も、何も言わない。数秒見つめ合い、そっと視線をはずす。

 ーーーー大丈夫。

 何も、確認出来る事なんてない。なのに、テヌートの瞳を見ると、何故なぜかそう思えた。

 パシン!とむちを叩く音がして、馬車が動き出す。

 芽依は、布で包まれた宝珠ほうじゅを抱く手に、そっと力を込めたーーーー。

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瑠璃色の瞳2 紫織零桜☆ @reo_shiori

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