第6話 悪徳貴族の御曹司、血の貯蔵庫へと辿り着く。


「着いた。ここが《血の貯蔵庫》だ」


 街の中を歩くこと数分。広場に建てられた巨大な倉庫が見えてきた。


 倉庫の扉に立っているのは、フードマントを被り、槍を持った衛兵二人。


 恐らくアレは、父がこの場に派遣した、用心棒の死体喰らいグールだろう。


 深くマントを被っているのは、俺たち吸血鬼同様、日の光の元では全力を出せないからだろうな。


 吸血鬼や死体喰らいグールは圧倒的な身体能力を持っているが、弱点が三つある。


 一つは先程言ったように、太陽の光だ。


 太陽光を浴びると、俺たち異業種は戦闘力を失う。動きが緩慢になるのだ。


 二つ目は、銀製の武器。通常、俺たちの身体には自己再生能力が備わっている。


 だがしかし、銀に触れると、俺たちの身体は再生能力を失い、焼けただれてしまうらしい。


 三つ目は、定期的に人間の血を摂取しなければならないこと。


 吸血鬼は、人の血を身体に入れないと、徐々に能力が落ちていくというのだ。


 父曰く、怪物じみた身体能力は無くなり、その辺の人間と大差なくなる……とのこと。


 割と、弱点が多い種族だとは思う。


 けれど、太陽の下を歩いても、別に灰になるとかじゃないから……別段、生活するにおいて、そんなに困ることはないかな。


 外出時にフードマントを着ることが義務付けられるのと、血を飲まなければならないことは、難点ではあるが。


 俺はフードの中から倉庫を静かに見つめ、背後にいる三人のメイドに声を掛けた。


「……サイネリア、レナ、クルル。もうすぐ目的地に辿り着くが、さっき言ったことは忘れていないな?」


「はい。ギルベルト様が悪徳貴族を演じなければならないこと、全て承知致しました」


「ク、クルルも、大丈夫ですぅ!!」「……うん、レナも、分かってる」


 肩越しに背後を見ると、そこには、頷く三人の姿が。


 俺はそんな彼女たちに頷きを返した後、再び倉庫へと視線を向け、歩みを進める。


「あの倉庫の中には、人間が見るには、かなりショッキングな光景が広がっていると思う。できれば君たちは、その光景を見ても、叫ばずに耐えて欲しい」


「ショッキングな光景、ですか?」


「あそこは、《血の貯蔵庫》と呼ばれている場所。つまりは、俺たち吸血鬼や死体喰らいグールの食料がある場所……だ」


「食料……?」


 サイネリアの疑問の声を無視して、俺は歩みを進めて、倉庫の前に辿り着く。


 すると槍を持った二人の衛兵が、直立不動し、こちらに声を掛けてきた。


「ギルベルトお坊ちゃま ようこそいらっしゃいました! キヒヒッ!」


「……ようこそ……お越しくださいました……」


 紅い目を光らせこちらを凝視する、枯れ枝のようにやせ細った、長身の死体喰らいグール


 そんな彼とは対照的な、ムキムキで体格の良い死体喰らいグール


 俺はそんな彼らに内心でビビりつつも、ニヒルな笑みを浮かべ、口を開く。


「お勤め、ご苦労。確か貴様らの名は……ジャクソンとフリューゲルス、だったか?」


「!! まさか、お坊ちゃんに名前を憶えられているとは……!! このジャクソン、涙がちょちょぎれそうですよぉ!! うぅぅぅぅ……!!」


「…………嬉しい、です……」


 目元を片手で覆い、わざとらしく泣き声を上げる細身のジャクソンと、小さく笑みを浮かべる筋骨隆々のフリューゲルス。


 ……事前に父から名を聞いておいて助かったな。


 この地を納める者として、少しでも従業員と仲良くしておいて損はないだろうからな。


 まぁ……本気で仲良くなりたいかと聞かれれば複雑な面持ちだが。


 こいつら、人喰いの化け物どもだし。


 俺は小さく息を吐いた後、背後にいるメイド三人を指さし、衛兵たちへと声を掛ける。


「我が配下であるこの者たちを、血の貯蔵庫へと連れていく。文句はないな?」


「事前に話を聞いてはおりましたが……お坊ちゃま、何故ここに人間を? 御屋敷に置いておいても良かったのでは?」


 本来であれば彼女たちに、この現場を見せる気はなかった。


 しかし、この三人を屋敷に置いておくのは、恐ろしいことこの上ないからな。


 メアリーが勝手に部屋にやってきて、彼女たちを拷問するかもしれないし、番犬ケルベロスが餌と勘違いして襲う可能性だってある。


 だから、俺と行動を共にすることが、サイネリアたちを守れる一番の手段だったのだ。


「……何故、ここに人間たちを、か。クククッ。俺はな、ジャクソン。この地で人間がどのように扱われているのかを、この者どもに見せてやりたいと思ってな。何、単なる余興だよ」


「なるほど……流石はお坊ちゃまですねぇ。そのような極悪な趣味をお持ちになられるとは……このジャクソン、感服致しました。流石は【串刺し卿】ゴルドラス二世様のご子息様……」


「世事は良い。通るぞ」


「はっ!」「はい」


 ジャクソンとフリューゲルスは頷き、道を開ける。


 俺は扉の前に立つ。そして、背後にいるメイドへと声を掛けた。


「……何をしている、サイネリア、レナ。扉を開けよ!」


「え? あ、は……はい!!」「……はい、ギルベルト様」


 二人は一歩反応が遅れた後、俺の前に出て、目の前の両開きの扉を開いていった。


 人間を連れてきておいて、ここで自分で扉を開けたら、衛兵たちに不審がられる可能性があるからな。


 事前に打ち合わせしておけばよかったな……すまない、二人とも……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――――――何ぃ!? ギルベルトの奴が、この《血の貯蔵庫》へ視察に来た、だとぉ!?」


 《血の貯蔵庫》……三階にある豪奢な部屋の一室。


 大きなソファーに腰かけるのは、丸いサングラスを掛けた、まるまると太った巨漢の男。


 そんな彼の膝の下に座っているのは、鎖に繋がれた二人の獣人族の少女。


 彼は、血の入ったワイングラスを揺らすと、目の前にいる気弱そうな部下へと怒鳴り声を上げた。


「何故、そのことが、この《血の貯蔵庫》の署長であるワシ、ロドリゲス様の耳に届いておらんのだ!! おかしいではないか!!」


 唾を飛ばして怒り狂うロドリゲスと名乗った男。


 そんな彼に対して、床に正座している気弱そうな青年は、静かに口を開く。


「……本家様からの情報伝達は、ジャクソン様とフリューゲルス様の担当ですので……私どもではどうにもならない事案であるかと……」


「あの外様の連中か!! なるほど、故意的に、ワシへ情報を渡さなかったということか!! くそっ!! ここは、ヘレナの眷属が仕切る場所だというのに……!! ふざけおって、あの脳筋どもめがぁ……!!」


「彼らの会話を盗み聞きしたのですが……ど、どうやらこの領地はこれから、ギルベルト様が直々に直轄されるそうです……お坊ちゃまは、視察のためにこの血を訪れたのだと……」


「何ぃ!?」


 ギザギザの歯をガチガチと鳴らし発狂するロドリゲス。


 そして彼はソファーから立ち上がると、足元にいる獣人族の少女の腹を蹴り上げ、その頭に、ワインに入った血を溢していった。


 その後、空になったワイングラスを正座する青年の頭に放り投げて割ると、ロドリゲスは荒く息を溢しながら開口する。


「ここは、この《血の貯蔵庫》は、ワシのものだ!! どこぞの吸血鬼のガキなぞに渡してやるものか!! ワシがここを運営しているおかげで、吸血鬼や死体喰らいグールはメシに困らぬのだぞ!? それを……適当な理由で年若い小僧なぞに任せおって、ゴルドラス二世よ……!! ワシがいったい何年、ブラッドリバー家に仕えてきたのか分かっとるのか!! 貴様らの三代前からだぞ!! 小童どもがぁ!!」


「い、如何なされますか? ロドリゲス様……」


「あんのクソガキに、痛い目に見てもらう……!! このワシ自ら、社会の厳しさを教えてくれようぞ……!!」


「で、ですが、相手はブラッドリバー家の御曹司ですよ!? いくらロドリゲス様でも……」


「ワシを眷属として使役していた吸血鬼はもうこの世におらぬ!! 眷属は使役者には攻撃できないが、ワシは、今代のブラッドリバー家とは無縁の死体喰らいグール!! 謀反を起こしたところで、どうにもならんわい!! クククッ、そうだな!! これを機にブラッドリバー家を乗っ取っても面白そうだ!! グゥワッハッハッハッハッハ!!!!!」


 ギルベルトの高祖父が眷属にした、古参死体喰らいグール、ロドリゲス。


 彼は、これからの未来に、高笑いの声を上げていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……あなた。ギルベルトを亜人特区街『血の貯蔵庫』の領主にさせたのには、目的があってのことなのでしょう?」


 ブラッドリバー家夫人、ヘレナは、談話室で本を読む夫ゴルドラス二世へと声を掛ける。


 その声に、ゴルドラス二世は書物から視線を上げ、妻へと邪悪な笑みを浮かべた。


「あぁ。そろそろ、古い死体喰らいグールを処分しておかねば、と考えてな。ククク……今回はギルベルトの初陣となるかもしれんなぁ。ロドリゲスは、私の父と同等の力を持った、ブラッドリバー家でも手を焼いていた死体喰らいグールだったが……まぁ、心配はないだろう。我が息子に、不可能は無い」


「そうね。ギルベルトなら、問題はないわよね」


 夫婦二人はそう言葉を交わし、笑みを浮かべた。

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悪徳貴族の御曹司は善人であることをひた隠す  三日月猫 @mikatukineko

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