第29話 ここでずっと一緒に

エンフィア王国の終わりは予想よりも早かった。

まず、王家に近い貴族たちから他国へ逃げようとした。

だが、竜帝国に続く道はイルミール公爵領に入る場所で封鎖されている。

他の周辺国も関わりたくないと、国境を封鎖してしまった。


腐っていたのは王族だけでなく、貴族や国民もだと知られている。

下手に流民を受け入れて自国が荒れるのを嫌がったからだ。

これまで自分たちさえよければいいと行動してきたのだから、

他国から拒絶されても自業自得だろう。


それでもエンフィア王国内だけで細々と生きるという手もあったはずだ。

なのに、誰もがそれで満足せずに人の物を狙うようになる。

逃げ場のない状態で食料が少なくなり、奪い合いが始まった。

その頃にはもう国王たちは何者かに殺され、王家は消えていた。


騎士団は国民を守らず、暴動が起きる前に逃げた。

文官や女官も王宮には行かず、家の中に立てこもっていたが、

暴動を起こした平民に次々に殺されていった。


私たちは王宮で暴れてからは何もしていなかった。

いつものようにイルミール公爵領内で生活しただけ。

食料が豊富で竜帝国と貿易しているイルミール領は、

今までもエンフィア王国には頼らないで生活できていた。

国が無くなったとしてもたいして影響は受けずに済む。


助けようと思ったら、それなりの人数は受け入れられたかもしれない。

だけど、イザークと相談した結果、何もしないことに決めた。


女官のミスンのように人質をとられて従っていた者もいただろうが、

誰一人助けることはしなかった。

調べた結果、あまりにも多かったことと、人質がいたからといって、

被害者から見たらそんな理由で許せるわけがない。

王都に住む人間たちも、今まで自分が奪っていたのが奪われることになっただけだ。


竜帝国はエンフィア王国とは関わらないと宣言している。

今はアレッサンド国との問題を解決するほうが大事だったこともある。


アレッサンド国に追放されたカロリーヌ王女は王太子の娘だと認められ、

カサンドル妃もそのまま王太子の側妃となっていた。

イザークの妻になることをあきらめられなかったようだが、

これは竜帝国の帝王が阻止してくれた。


今までアレッサンド国王は一人息子のわがままを諫められずにいたが、

同盟国の側妃と姦通してただけでなく、子どもを竜帝国の王女だと偽っていた。

これを知った貴族たちはもう王太子の下につかないことを決めた。


竜帝国に国境を封鎖され、同盟を破棄されたことで、

さすがにアレッサンド国王も王太子を廃嫡することにした。

最後まで王太子は何が悪かったのか理解しなかったそうだけど、

カサンドル妃とカロリーナ王女と共に幽閉された。

次の王太子は辺境伯に降嫁した王妹の子が選ばれたらしい。



過ぎてしまえばあっという間だったけれど、

三つの国が激変した大変な時期だった。

その中心にいたイルミール公爵領だが、領内はいたって平和そのものだった。


イルミール公爵領はエンフィア王国から独立した後、竜帝国に加わった。

もう問題ないことからレオナは正式にイルミール公爵領の薬師として公表された。

必要だと思われる薬は竜帝国を通して流通させている。

その手伝いも忙しかったけれど、それもようやく落ち着いてきた。



「もう手伝うことはないの?」


「今日はこれで終わり。ゆっくりお茶でも飲みましょうか」


「うん」


正式にイザークの妻として認められたことで、もう馬殺草のお茶は飲んでいない。

毒をまとわなくても竜人として自分の身を守れるくらいには強くなったからだ。


「ねぇ、ラディア」


「なぁに?」


「今、幸せ?」


「ふふ。おかしなこと聞くのね。もちろん幸せよ」


私なんかが幸せになっていいのかと思ったこともあった。

自分を守るためだとはいえ、これまで何人も殺している。

暗殺しようとしたイザークがたまたま番だっただけで、すべてが許されるとは思っていない。


だけど、今までの罪を償うことはできない。

死んだものを生き返らせることはできないのだから。


「そう。よかった」


ほっとしたように微笑むレオナに、不思議に思う。

どうしてそんなことを聞くんだろう。


「どうしたの?まさかレオナどこかに行っちゃうの?」


「まさか!私はラディアが十人くらい子ども産むまでここにいるわよ」


「十人って。それって一生ここにいてくれるってことよね?」


いくら竜人の寿命が長くても、それほど多く子どもを産むわけではない。

多くても四人くらいだと聞いていたので、十人産むというのはありえないと思う。


「ふふ。どうかな。二人ならあっという間に十人くらい産まれそうだけど」


「さすがにそれは無理よ」


「そう?」


内緒話をするようにレオナが私の耳元でささやく。

それを聞いて、すぐに執務室にいるイザークのもとへと走る。


「イザーク!」


「どうした?何かあったのか?」


仕事をしていたイザークはすぐに立ち上がって、抱き着いた私を受け止める。

うれしくてうれしくて、イザークの首に抱き着いて打ち明ける。


「あのね!新しい家族が増えるの!」


「……!ラディア、それって」


「レオナが間違いないって!」



もうすぐ新しい家族が増える。

ここで、イザークと一緒に家族を作っていく。


母様が亡くなって一人になって、レオナに出会って。

ずっと二人だったけれど、イザークに会えた。

そして多くの仲間と一緒にこの公爵領を守っていく。


そこに私たちの子どもを迎えて。

きっともっと幸せになれるから。


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初夜で殺して来いと命じられましたが、好きになるなんて想定外です。 gacchi @gacchi_two

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