第28話 王妃と王女の仕掛けた罠

「お母様、もういいでしょう!」


「ミリーナ、もう少し待てないの?」


「もう全部飲んでるじゃない。大丈夫よ!」


「仕方ないわねぇ……ねぇ、お茶は美味しかった?」


「お茶ですか?いいえ、美味しくなかったですね」


「なんですって!……本当に王族を馬鹿にしているのね。

 それなら手加減しなくていいわ。入って来なさい!」


王妃の命令に寝室の方からぞろぞろと人が出てくる。

その先頭にいるのが第一王子のカルミネなのを見て、げんなりする。

カルミネは国王に似て小太りで、私を見て品のない笑い方をしている。

女好きというか、クズなのも似ている。


以前、戸籍上は異母妹だというのに手を出されそうになったことがある。

私を力づくで押さえようとした侍従が二人死んだっけ。

あの時にもこんな風にニヤニヤしていたのを思い出す。


「へぇ。思ったよりもいい女だな。

 母上、これを好きにしていいいんですね?」


「ええ、かまわないわ。汚した後は後宮に連れて行っていいわよ。

 下手に帰すとまずいことになりそうだから閉じ込めておいて」


「りょーかい。じゃあ、そこの男たちはまず死んでもらおうか」


部屋にいた騎士たちがレオナとデニーを取り囲む。

その間にもカルミネと令息たちは私へと近づいてきた。


「そろそろ媚薬も効いてきてるよな。

 俺たちが可愛がってやるから、こっちへ来い」


「お断りよ」


「っ!いいから、来い!」


苛立ったカルミネに腕を捕まれそうになり、鉄扇でぶったたく。

手加減をしたはずだが、カルミネは反対側の壁まで飛んでぶつかって崩れ落ちる。


「カルミネ!?」


「ふふふ。弱いわぁ。もう少し手加減すれば良かったかしら」


「どういうことよ!」


王妃とミリーナが焦っていると、レオナとデニーが騎士たちを殴り倒した。

気を失った騎士の腕をきっちり折って、起き上がれないようにしている。


それを見た令息たちが硬直して動けなくなっていると、

扉が割れるように壊れてイザークが入ってくる。


「無事だな?ラディア」


「ええ、無事よ。その男たちも捕まえちゃって」


「わかった」


イザークの迫力に腰を抜かしたのか座り込んだ令息たちは、

首元をつまみあげられて放り投げられる。

壁にぶつかった後、ぐはっという音がして人が積みあがっていく。


後はもう大丈夫かなと見守っていたら、ミリーナがナイフを構えていた。


「もう、なんなのよ!絶対に……あなただけは許さないわ!」


怒りで震えた手で細いナイフを私へ投げつけてくる。

避けずに鉄扇で弾いたら、王妃の足元へと跳ね返っていった。


「ぎゃぁ」


「お母様!?」


「足に!足に刺さったわ!」


「ええ!その毒には解毒薬がないのよ!?」


「嘘でしょう!」


どうやらナイフの刃には毒が塗られていたらしい。

しかも解毒薬がない毒って。確実に私を殺そうとしたのね。

令息と騎士を片付けたイザークとレオナ、ダニーとデニーも呆れた顔で見ている。


「……どうしたら。……イザーク様!お願い!お母様を助けて!」


「俺が?なぜ?」


「このままじゃお母様が死んでしまうわ。早く助けて!」


イザークはレオナをちらりと見たが、レオナは無表情のままだった。

助ける気はないと判断したのか、ミリーナへ冷たく返す。


「その毒のナイフを用意したのは王女だろう。

 解毒薬もないのに、俺がどうやって助けられるっていうんだ」


「そ、そんな」


「だいたいにして、俺の妻を殺そうとしたのが悪いんだろう。

 全部、王女のせいじゃないか」


「私のせいじゃないわ。この女が全部悪いのよ!」


まだ私が悪いと思っているのか泣きじゃくっているミリーナに、

レオナが残っていた蜂蜜茶を手渡す。


「王女がこれを飲むっていうなら、王妃の命だけは助けてやってもいい」


「これって……媚薬なんでしょう?

 しかも強力で、一度飲んだら死ぬまでおかしくなるって」


「へぇ。そんなものをラディアに飲ませたんだ」


死ぬまでおかしくなる媚薬って、精神を殺すようなものよね。

そんな物騒なものを用意していたなんて。

レオナは媚薬だけは作らなかった。作れば被害者が出るとわかっているからだ。

だから、これは他国から手に入れたものだと思う。


「で、飲むの?飲まないなら助けない」


「……」


追い詰められたのか、ミリーナが私を見る。

まるで助けを求めているようだが、助ける気はもちろんない。


断るのかと思っていたが、倒れている王妃を見て蜂蜜茶を一口飲んだ。


「じゃあ、命だけは助けてやるか」


解毒薬がない毒なのにどうするのかと思ったら、

レオナは王妃の身体から毒を抽出している。

こんなやり方もあるのかと思ったが、王妃は目を開けなかった。


「どうして目を開けないの!?」


「命だけは助けるって言っただろう?

 意識が戻るかどうかはわからないな」


「そんな!」


レオナは倒れている令息やカルミネたちにも蜂蜜茶を飲ませていく。

意識がない騎士にも顔にかけると、ミリーナに笑って言った。


「あんたは逃げたほうがいいんじゃない?

 この媚薬、かなり悪質なもののようだから、こいつら暴れると思うよ。

 ここにいる全員にひどく襲われることになるだろうね」


「ひぃ」


それを聞いて這うように逃げていくミリーナを誰も追わない。


「レオナ、男たちに本当に媚薬を飲ませたの?」


「いや、逆だね。もう二度と被害者を作らないように不能になる薬。

 その前に王女に飲ませたのは幻覚を見せる薬だよ。

 あれだけ脅かしたから、これから男に近づくたびに襲われる幻覚を見るだろう」


「なるほど……イザーク、もう用は済んだ?」


「ああ。問題ない。ついでに王宮の柱を何本か折ってから帰るか」


「それはいいね」


それから馬車に乗るまで、手あたり次第、柱にひびを入れていく。

騎士達は暴れる四人を止めることはできず、文官や女官も逃げていくだけ。

人がいなくなったところは徹底的に壊してから王宮を出た。


「これでお母様を苦しめた奴はいなくなるかな」


「ああ。もう大丈夫だ。

 ラディアの母も安心して眠れるだろう」


「よかった……」


馬車で王宮から離れた後、何かが崩れ落ちるような大きな音が響いた。

さすがに王宮全部が崩れたわけじゃないと思うけれど、

お金がないエンフィア王家で建て直すのは難しいだろうな。


これでもうお母様は苦しまなくていいんだと思うと、ぽろりと涙がこぼれる。

涙が止まらなくなってしゃくりあげたら、イザークが抱き上げてくれる。


「好きだけ泣いていい。今までよく頑張ったな」


いつもよりも強く抱きしめられたまま、疲れて寝てしまうまで泣いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る