帝〇平〇大学の卒業生の魂が、死後ひとつの大きな帝〇魂になる話

ちょっと黒い筆箱

短編

――――とある病院の一室にて、老人が静かに息を引き取った。


 ベッドの周りには沢山の親族が集まっている。皆、とても優しい表情で、時折涙を流しながら老人へと何かを語り掛けていた。


 老人は大学を卒業した後に商社へ就職。酒や煙草は嗜む程度。決してギャンブルには手を出さず、妻や子供、定年退職してからは孫達と幸せな日常を過ごす。平凡だが、これ以上ない幸せな生活ができたのだろう。


 享年88歳。大往生であった。


「おじいちゃんを暖かく送ってあげよう」そんな雰囲気を纏った病室に、一人の男が入ってきた。


 その男は全身を真っ黒の布で覆い隠し、左手には身の丈程もある大鎌を、右手にはこれもまた真っ黒な手帳を持っている。


 だが、そんな彼の事を気に止める人は誰もいなかった。


 否、誰もその存在を視認できていなかったのだ。


「はーい、目を開けて、ゆっくりと起き上がってくださーい」


 男は老人の頭を、大鎌の峰でコツリと叩いた。


 すると老人は、まるで寝起きのように起き上がり、暫く辺りを見回した後立ち上がった。


 それにも驚く人は誰もいないだけでなく、老人の身体は周りの人をすり抜けた。


 黒い男同様、老人も誰にも見えていないのだ。


「そうか......ワシは死んだのか......とするとお前さんは――――」


「その通り。所謂“死神”ってやつですね~――――アレ、もっと怖がられると思ってたっス」


 男は明らかに違和感のある風体だと自覚していたのか、お構い無しに話しかけてきた老人に少しばかり拍子抜けした。


「伊達にこの歳まで生きてませんからな。して、その死神さんはワシに何の用で?」


 老人は穏やかに笑い、死神に問いを投げかけると、死神は手帳をパラパラとめくりながらこう言った。


「人は生前の善悪に関わらず輪廻転生するんで、あっしはソコまでの道案内に来ました」


 輪廻転生。死んだ魂は生まれ変わり、また別の魂としてこの世に誕生する......極稀に、例外がある。


「記憶とかは超低確率で来世にも残ったりしますけど、まー無いと思うんで、キツい思い出とかもスッパリ今世限りにしちゃいましょう」


 死神のその言葉で、老人は走馬灯のように今までの人生を思い返す。


「――――いや、確かに大変な事は沢山ありましたが、どれも全てワシの大切な思い出ですな」


 老人は頷き「悔いはない」と言う。


「へー。立派なモンですね。善人でここまで後悔が無いのは珍しいッスよ」


 死神は感心したとばかりに手帳をめくる手を早める。


「もし良ければ死神さん。ワシが来世何になるのか、教えて貰う事は出来ないだろうか?」


 何になるにしても文句は無い。純粋な興味による質問。


 死神は困ったような顔をした。


「えーっと......さっきから探してるんスけど......どこにも載ってない......おっかしいなそんなハズは――――」


 焦ったように、更にページをめくる手が早くなっていく。


 数分後、遂に死神の手が止まる。


「――――見つけたっス!」


「おお、ありましたか」


 老人はわくわくしつつ、耳を傾ける。


「おじいさん。アンタは“帝〇魂”っスね! いやぁー、コレは凄い!」


 さっきまで淡々としていた死神も、ようやく発見できてテンションが上がっている。


 が、老人は静かなものだった。


「――――は? 帝〇......へ?」


 理解が追い付いていない。


「あ、いや、おじいさんは帝〇平〇大学を卒業してるんすよね?」


「ええ......まぁ......」


「なら間違いない。帝〇平〇大学の卒業生の死後の魂は、ひとつの大きな帝〇魂になるんスよ。死んだ今なら、見えますかね?」


 そう言って死神は帝〇平〇大学の方を指さした。


 老人がその方向を恐る恐る見てみると、そこには帝〇平〇大学の上空に浮かぶ、天を覆う程巨大な青い塊があった。


 老人の体に、孫が四つ子を連れて正月に帰省した時以来......実に十数年ぶりの衝撃が走る。


「何アレぇぇぇぇ!!!?」


「アレが帝〇魂っス。歴代の卒業生の意識の集合体......みたいな?」


 死神も首を傾げた。


 それもそのはず。帝〇魂は、死神という存在が誕生する遥か昔より存在していたのだから。


「こっわ! なにそれこっわ!!」


 老人はいつの間にか青年の......正に大学生を謳歌したあの時の姿へと戻っていた。これも帝〇魂の影響なのだろうか。


 そんな変化にも気付かない程に、老人......否、青年は気が動転していた。


「嫌......なんスか?」


「嫌だよ!? どうなってんの!?」


「まーあっしにどんな拒否を突きつけても、そういう運命なんで」


 死神も淡々とそう答えるが、実は死神も大きな帝〇魂の正体を知らない。


 輪廻転生ただ一つの例外が、巨大帝〇魂アレだという事以外は。


 善人も悪人も関係なく、卒業生は大きな帝〇魂となる......これが自然の摂理であると、死神は納得していた。


「納得出来るかあーっ!? じ、じゃあ、俺より先に死んだアイツらは......」


 元老人の青年は、大学時代の走馬灯をさっきよりも強く思い出していた。


 真っ先に思い浮かぶ、大学時代の友人達。数人とは卒業後......それこそ歳をとってからも偶に飲んだりしていた彼ら......青年よりも先に亡くなっている友も多く「あの世で酒でも飲もう」と固く誓っていた。


「帝〇平〇大学の卒業生は、唯の一人の例外もなくひとつの大きな帝〇魂になってるんで、その友人とやらもあの一部になってるっスね」


 無慈悲な言葉に、青年は膝から崩れ落ちる。


 ひとつの大きな帝〇魂になるという事がどういう意味かは理解出来ていないが、もうあの時の約束は果たされないのだと......そう直感したからだ。


 そして、青年にその時が訪れる。


 青年の身体が宙に浮き、帝〇魂の方へとゆっくりと引き寄せられていく。


「あっ......! 嫌だッ!! 死神! 助けてくれ!!」


 もがき、必死に死神の手を掴もうとするが、無情にも青年の身体は全てをすり抜けて一切の抵抗を許さない。


 引き寄せられる速度は段々速くなっていく。その気になれば生死すら操る事の出来る死神ですら、青年を引き止めるのは不可能なのだ。


「ああっ! 嫌――――」


 青年が大きな帝〇魂に触れた瞬間、“ちゅるん”と吸い込まれた。


 老人......元老人の帝〇平〇大学の卒業生である青年は、他の卒業生と同じようにひとつの大きな帝〇魂となり、永遠に在学生達の心へ帝〇魂を宿し続けるのだった。


「............ッ!!.......!...――――」


 死神の耳に、青年の声のようなものが聞こえた気がしたが、もう終わった事なので気に留める素振りすら見せない。


「終わったっスね。帝〇魂はあっしらにどうこうできないからなぁ......んじゃ、“次”の死人の所へ行くとしますか」


 死神は誰に聞かれるでもなくそう呟くと、病室より姿を消した。

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