僕たちのバレンタイン

犀川 よう

僕たちのバレンタイン

 高校への登校時、家の前で恋人が待っていた。彼女は妖しさを吹っ切った笑みをたたえながら立っていて、その指と手首にはたくさんの絆創膏が貼られている。僕はそれを見て、今年のバレンタインも穏やかに過ごせないだろうことを悟った。彼女が持っているものはチョコレートに間違いないだろう。不器用な彼女が包んだであろうシワのある包装紙の小箱は、昨年と同じものであるからだ。


 今日はバレンタイン。クラスの女子から義理チョコをもらうであろう僕に、一番最初に渡したい気持ちが前倒しどころか前のめりになっている彼女は、相変わらずの小さな声で「おはよう」と言う。


「おはよう。今日は早いんだね」

「うん。あの、その……今日はバレンタインだから。これ、受け取って」


 僕は料理のことはほとんどわからないが、チョコレートを作るのにどうしてそんなに切り傷があるのだろう。不思議な量の絆創膏を見て悪い予感がする。


「ありがとう。今年もこれ、自作したの?」


 僕がそう聞くと、彼女は恥ずかしそうにコクコクと頷く。そして、「べ、別に、変な物なんか入ってたりしないからねっ」と、何故か自分から暴露していくスタイルを披露する。


「えっと。何を入れたの、かな?」


 僕は彼女の顔を見て問いかけるが、彼女は困ったような顔をして答えようとしない。そんな彼女を見て、僕は仕方なく、自分の第一感を口にしてみる。


「血?」


 ビクッとする彼女。


「ち、チョコだよね? もちろん。ち、チョコよ?」


 そして、謎のしどろもどろ。彼女とは幼い頃からの付き合いであるが、目をパチパチさせながら髪の毛を弄っている時点で、僕の予想は正解だということを晒している。


「あー。で、手首から?」

「ううん。違うよぉ。これは、チョコを溶かしてた時にやけどしたんだよ」

「何本切ったの?」

「え?」

「何本?」


 僕が優しく言ったことで、何故か許されたような気持ちになってしまった彼女は、嬉しそうに「三本!」と元気に答える。――リ〇カの報告の時だけ声を張るのはやめてほしい。


「どうして、チョコレートを作るときに手首切る必要あるのかな?」

「え、だって、チョコだけだと甘くならないじゃない?」


 何を言っているの? そんな顔をして僕に答える彼女。同い年の彼女はいつもはもっと大人びた顔をしているのに、こういうときは子供みたいな表情をしている。まるで、悪戯を見つかったときのような。


「甘さはね、砂糖を使うの。血液は使わないの」

「そんなことないし」

「そんなことあるの」

「えーだって、それじゃあ、愛が伝わらないよ?」

「いやいや」


 手を振りながら否定する。


「食品衛生上、普通は血液なんて入れちゃダメなんだよ?」

「そんなことない。だって、フランス料理では”ジュ”っていって……」

「君はジビエではないだろう? 普通にチョコレートのプレートと砂糖でいいんじゃないかな。なんなら、既製品でも十分嬉しいし」

「ダメよ。そんなんじゃ、まったくあたしの愛が伝わらないもの」

「せめて、食べ物に入れるのはやめようか?」

「だって直接だと飲んでくれないじゃないの」

「論点はそこじゃないんだなぁ」

「あ、おっぱいだって血液だよ?」

「うーん。そこでもないかなぁ」


 僕は呆れながら、彼女からチョコレートを受け取る。そして、静かに溜め息をついてから、「家に帰ったらいるところ見てあげるから、それまでは大人しくしてね」と伝えると、左利きの彼女は「久しぶりに左腕でしちゃおっかな」なんて、どうしても理解できない愛の示し方を提案するのであった。

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僕たちのバレンタイン 犀川 よう @eowpihrfoiw

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