第3話 本領発揮とライバル店

 空っぽの荷台を引きながら走るダンに寄り添う形でイザベラとルカは走る。町の人々は王子に迷惑をかけたと噂の悪役令嬢イザベラを見つけては眉間にシワを寄せていた。


「おい、あれって……噂の令嬢だよな」

「本当だ」

「え、なんでルカくん達といるのよ」


 その冷たい目線と怪しむ視線に、ルカもダンも気づいて振り返ったが本人は無視して別のものに夢中であった。


「きっと明日は筋肉痛ね!」


 町中を自分の足で走ることが無いため、馬車越しでは見れなかった人々の営みは新鮮に映った。


「あれがギャング? 同年代くらいの子もいるのね……。──わあ、さすがルド王国の玄関口」


 関心していると、路地の集団にいる15歳くらいの子から鋭い気配を感じてすぐ視線を外した。きっとそうした方が良い……他に目を奪われたのは港へ向かうにつれ、レンガ造りの暖色からこの国のカラーである白い壁に青い屋根で統一された家の地域になるその様子。


 【ジノバ】は小さい港町ながらこの【ルド王国】最大の貿易港でありルドの玄関口のため、観光地として国の特色が出た白と青の宿舎が多く美しい。


「ごめんよ2人とも。イザベラさんは入ったばかりなのに……」

「ま、起きたことは仕方ない」

「ルカ様お気になさらないで。わたくし色んな修羅場を乗り切ってますわ」


 落ち込むルカに励ますイザベラ。話しながら3人はジノバ港へ着き、まず隣国の船を探した。そこでは見渡す限り船が多く賑わっている。一際大きな船の下には積荷を下ろす人々と船長らしき豪華な服をまとった髭の男が、船のスロープから降りていた。


 近づいて話を聞くと探していた隣国の船長で、3人はすぐ頭を下げた。


「以降気をつけますのでどうかお許しください。わざとでは無いのです」


 ダンが一通り説明し謝罪をすると苛立った様子から和らぎ、謝罪金で手を打つと提案された。残念ながらその提案は飲めないため3人でもう一度頭を下げる。


「申し訳ございません。俺達には大金は用意できない──この茶器がお詫びと……」

「おうおう大変だな~ダン・スクード。金なら貸そうか? ああ、船長さん。ここの紅茶店は変人ですよ。何かあったらウチのトカーナ商会がなんとかしますよ~」


 朗々とした横槍の声に顔を上げると目の前には金の指輪をした胡散臭そうな男。イザベラは初対面ながら無礼な男の振る舞いに驚いた。横でダンやルカが固まった雰囲気を察し、ゆっくり一歩前に踏み出すと隣国の船長へ近づく。


「失礼、わたくしイザベラ・ドゴールと申します。店の者が申し訳ございません。ロマーニ紅茶店は確かに変わり者が多いですが、それだけ芸術性が高い茶器を取り扱っており評判ですわ。よろしければ今回のお詫びとしてこちらを……」


 横槍の男に苛立ちを感じながらも落ち着いた表情と声で船長に頭を下げた。


「ほう?」

「売ればそれなりの価値がつくかと。──どうか今回のことお許し頂けないでしょうか」

「ドゴール家か…………まあ良いだろう。以降気をつけるように」

「心遣い感謝いたします」


 イザベラの謝罪する動作はどこか上品で、しっかり茶器の良さも伝わったのか許されたようだ。


 こうしてルカの火種ひだねは爆発することなく一件落着。隣国の貿易船は詫びの茶器を受け取るとすぐ去っていった。


「ふん、運が良かったな」

「あら。同じ田舎でもトカーナ地方では他者の問題に土足で踏み込むのが礼儀なのですか?」


 男は鼻で笑い、イザベラはトカーナという単語を聞いて隣町トカーナの店だとすぐ気づくと笑顔で嫌味を言った。


「何だと、小娘が。ジノバよりトカーナの方が賑わっているからな」

「答えになっておりませんが。ああ、それと知名度があるのはこの歴史あるジノバ港ですわ」

「ぐ……」

「ふ、15歳の小娘に言い返せないようじゃまだまだですね。お、じ、さま」

「商会の末端のくせに偉そうな。まず商会から借りた金を返すんだな」


 意気揚々としていたが、男の最後の一言に引っかかりを覚えてダンとルカの方を振り返える。


「……どういうこと」

「商会の会長に金を借りてるんだ。あまり強く出れない」


 事実に面食らったが、一呼吸置くと笑顔で男の方を向いた。


「なるほど、ではわたくしがロマーニ店を立て直してきっちり返します」

「ま、錆びて枯れるのを気長に待つさ。じゃあな」


 男は手をヒラヒラと軽く振り金の指輪を光らせて去っていった。イザベラは男が背を向けると無表情となり、いつまでもその背を見つめていた。


「ずいぶんな態度ね。いつかあの高い鼻をへし折ってやるわ」

「え、物理的にか?」


 ダンとルカの中では怪力のイメージが強いのか引きつり笑いだ。


「そんなわけないじゃない。プライドのことよ。私達でへし折ってやるわ」

「みんなで?」

「当たり前でしょ、気合をいれなさい。わたくしが来たからには借金返して彼らより上に立つわよ」


 言葉が強くとも、まだ15歳の少女に心配したダンだがイザベラの強気は変わらなかった。


「出来るかな……」

「大丈夫ですわ、ルカ様。安心してください」

「おい、俺のときと態度が違うぞ」

「はい? 当たり前でしょ。わたくしは平等に扱わないわ。だってそれは上っ面うわっつらの関係でしょ。さ、帰ったらロマーニ店改革よ!」

「──お前」


 それっきり黙り込んだダン達とともに、残りの荷物を船から下ろし荷台に乗せ帰っていった。



◇◇◇



 あの後ロマーニ紅茶店へ帰ったイザベラは、茶葉の仕分けなど仕事を教えてもらい、その日は日記をつける間もなく疲れ果て眠りへ落ちていった。


 朝、目覚めると昨日の決心からオレンジ色の波打つ髪を急いでポニーテールに結い、すぐ店に向かった。


 紅茶店にはすでに店長代理の山田とルカが来ていたため、店の借金を返すため改革を提案した。


「そっか、イザベラさんから見てもそう思うか。これは言い訳だけど今まで僕らは忙しくて……人も増えたし、まあ変わらなきゃなぁ……」

「お任せください。それに店長から手紙で店舗改革をすることが店で働く条件とされていましたから」

「そうなの!? あ、無理はしないでね」


 山田の気遣いに感謝しながら3人で店を開ける準備作業に取り掛かる。紅茶の茶葉が棚に沢山並んでおり、イザベラはその棚に空きがあればストックから出して綺麗に並べていく。


「もちろん通常業務を優先します。まずは細かいところから変えていきたいので長く居る方に困っていることを聞きますわ」

「そう? じゃあ任せるよ。本当に無理せずね」


 代理の山田は茶器の確認をしに工房に向かった。すれ違うようにルカが掃除道具を持ってこちらに向かって来た。


「僕も手伝うよ。あと昨日はありがとう」

「──! ルカ様そんな、お仕事に専念してくださいませ。わ、わ、わー、わたくしは茶器や食器を作る貴方がですわ」


 微笑んだときのダークチョコの瞳が優しくて、思わず頬を染めて目をパチパチと瞬かせて動揺する。ついでに朝の挨拶でも告白したが隙あらば想いを伝えておく。


「僕じゃ頼りないかもしれないけど【バディ】だし遠慮しないで言ってね。それと様も敬語も要らない!」

「えっ、う、えっと……これはクセみたいなものでして……」

「楽にしてね」

「ぜ、善処しますわ~」


 バディという言葉と爽やかさで告白をスルーされたことに気づかないイザベラであった。


 紅茶店オープンまで10分。羽根ペンにインクをつけ初日で気づいた改善出来そうなことをメモしていく。


●山積み書類の片付け。

対策としてまず朝一、仕分け箱を今日中に処理するものとそれ以外、長期保管用、不要なものと4つ作ったので仕分けする。

朝とお昼にチェックする時間を作って各自対処。


●茶葉の変動する値段。

対策として茶葉の値段を固定し似ている種類は価格統一する。

……つづく。


 考えながらメモしていると、あっという間だ。これから忙しくなる。まず赤字をどうにか黒字にして店を立て直し借金を0にすることが今できる目標だ。


 そう意気込んだイザベラは立ち上って紅茶店の扉を開いた。


「おーい、イザベラ。敬語は無くていいぞ。店のメンバーだからな」

「改めてロマーニ紅茶店へようこそだにゃ~」


 差し込む太陽の中、店内から呼ばれた声に振り返り温かい言葉に元気よく返事をした。


「よろしくですわ!」


 ねえ、ミネルヴァ。わたくしここでやっていけそうだわ。便利な怪力パワーだって見つけたし、日記に書くことが沢山よ。わたくしの奉仕先にロマーニ紅茶店を紹介してくれた親友よ、いつか聞いてちょうだい。


 こうしてイザベラはこの1日を充実に過ごすことができ、王都学園で居たときより自然な笑顔が増えていった。不穏な足音が近づいてるとも知らず────



つづく。

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怪力ギャング令嬢 真塩セレーネ(魔法の書店L) @masio33

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