怪力ギャング令嬢

真塩セレーネ(魔法の書店L)

再出発! 婚約破棄から始まる新たな人生

第1話 戦火の王都

『わたくしの幸せって何』

 今までそんなこと考えたこともなかった。貴族として当然の生き方、義務、1人の人間が叫んだところで世界は変わらない……知っているから利口に微笑んで暮らしていた。小さな『本当』を胸に秘め、数少ない親友との会話で気を紛らわせていた。


 それが変わったのはいつだろう──きっとあの日からだ。こんなこと考えている場合では無いのだけれど、走馬灯のように脳裏を駆け巡る記憶に唇を噛みしめた。


「──こんなところで終わらせないっ。もう……奪わせない!」


 赤く燃える王都を駆け抜け、瓦礫がれきにつまずいても必死に立ち上がり走り出す。たった1人の好きな人を助けるために。


 ボロボロの白いシャツに茶色のサスペンダーズボン、オレンジ髪の波打つ毛ポニーテールもすすだらけになりながら息を切らして足を動かし続ける。横目に映るのは、悲鳴が響く町で炎に逃げ惑う人々と、必死に避難させる騎士達と商人たち。


「うぅ……痛い……」

「貴方たち大丈夫!? 今助けるから──」


 イザベラは荷台車の下に足を挟んだ人を助けようと駆け寄り、荷台を持ち上げようとするが……その前に、後ろから来た屈強な商人たちがその荷台車を持ち上げた。


「イザベラ、こっちは俺達に任せろ。ルカのもとへ急げ」

「こっちは任せてイザベラさん。行って!」

「あ、ありがとう」


 かつて悪役令嬢だと言われた自分が、町の人々にこうして助けられているのは……優しい人達のおかげだ。色んな感情が交差して目にたまった涙を腕で拭った。どうしてこんなことに? いや、大丈夫。みんなを信じようと言い聞かせるイザベラ。


 息を切らしながら走り続け、レンガ造りと木造建築が交差する街角を曲がる。後ろから突風が吹き、波打つ髪のポニーテールが砂埃に揺れる。思わず瞬くと──髪の隙間から見える人影。大切な人『ルカ』の頭上に、レンガ造りの建物が無情にも崩れ落ちる瞬間だった。


「ルカぁぁぁぁーーーー!」


◇◇◇


 王都が戦火に包まれる数年前のあの日。太陽暦1427年3月14日、中等部卒業パーティで婚約破棄されてからわたくしの運命は大きく変わった。


 「公爵令嬢イザベラ・ドゴール、君との婚約を破棄する。君の父上は数々の悪行により投獄、親族は男爵へ降格の上、市民への1ヶ月の奉仕活動が決定した」


 王子の凛とした言葉だけが響いて──月夜の華やかな会場は静寂に包まれていた。それまで学生貴族たちがドレスや紳士正装を身にまとい、丸テーブルの側で飲み物を片手に談笑していたのが嘘みたいだ。


 普段、交流会館として使われるこの会場は、王都貴族学園らしく豪華絢爛な装飾で、国を表す色彩として全体を白と青、差し色に金を使用している。奥にある3段の階段を上がったフロアには王族用の椅子が2つ置かれ、その前に王子が立ち階下のイザベラを見つめていた。


 王子の服装も会場と同じく白を基調にした紳士正装、白銀の長髪は後ろに紐で1つに結んでいる。瞳は深い青に金色の星屑が散らばる様が特徴的だ。色彩は珍しく、その幻想的な雰囲気に大概の人は気圧されそうになるが──


「……謹んでお受けいたします」


 その圧に負けじと芯のある声で答え、彼の色彩である青色リボンの髪飾りは外して手に持った。


 公爵令嬢として挨拶を忘れず、豪華なオレンジ色ドレスを軽く持ち上げイザベラは静かに頭を下げた。後ろに流していた夕陽色の波打つ長髪も揺れ落ち、前髪から覗く猫のようなターコイズブルーの瞳は、少し伏せられる。その彼女の一連の動作は気品にあふれ、学園3大美女と噂されるほど美しい。


 同情の声も聞こえてくるが、国の希望であり厚い信頼を寄せられている王子を前にして勝ち目はなく、取り巻きのようにいた友人と名乗る人々は素知らぬフリで静観していた。


 イザベラが顔を上げると、王子は階段を降りながらすれ違いさまに呟き去っていくところだった。


「詳細は後ほど書類で知らせる。……君は面白味もなく退屈な人だね、残念だ」


 はあ!? 何よそれ。勝手に期待して幻滅したんでしょうが。この剣術バカ脳筋……最悪な父が勝手に用意した婚約、破棄してくれて感謝ー! ぐうぅ、ムカつくわ。────おっと口が悪かったわね。と、つい本当に口から出そうになったものの耐える。


 貴方に私の何が分かるのかと悔しくて、いつか後悔させてやるわよと心に誓う。


「はい……失礼いたします。アレース殿下」


 イザベラは荒ぶる内心など表に出さず、口元に笑みを浮かべて一礼。王子を見送った後は、顔色を変えることなく貴族の顔で卒業パーティー会場を後にした。


 帰宅しベッドに腰掛けると、側仕えのメイドが慰め紅茶を淹れてくれる。王子に言われた嫌味で沸騰した怒りを鎮めようと、就寝前にお気に入りの紅茶を飲み抑え込んでいた。


 次の日は怒りを堪えながら、約束していた友人である王女とのお茶会へ早足に向かう。


 お昼を過ぎた庭園は春の花々が咲き、生け垣に囲まれた池に浮かぶ東屋ガゼボは日除けになり心地よい涼しい風が通っていた。王女に人払いをしてもらうと2人きりになった途端、感情を爆発させた。


「ごきげんよう。…………ぐあぁぁ、あの王子!! 捨て台詞がムカつくの~婚約破棄してくれて、むしろ感謝!」


 にこやかに挨拶を済まして椅子に座ると、次の瞬間にはテーブルに両手をつき、拳を握りしめて頭を突っ伏した。テーブルに置いたチェス台の駒は揺れた。


「ぶっ。ふふ、イザベラ。弟がごめんね」

「貴方に似てるから余計嫌なのよ」

「あら」


 向かいに座る王女は、王子の双子の姉ミネルヴァ。顔上げてみると幻想的な容姿はとても似ている。白銀の長髪はアレース王子と違い、後ろに流して髪に花飾りとティアラを頭上にのせている。瞳は同じくラピスラズリの深い青、その中に星が散らばるような金色の粒が特徴だ。


 特に彼女は、瞳の動かし方から手の先まで仕草が上品でより人を魅了する。落ち着いた話し方、チェスの上手さ、王立図書館で一緒に読む本の話までイザベラは彼女と居て楽しかった。そんな彼女と王子は性格が違うため、いつも退屈そうに話を聞く彼のことを好きになれなかった。だからこそ、同じ顔というのも困ったもので気まずかった。


「イザベラとは性格が合わないんでしょうね……」

「ええ。というかわたくし、友と呼べる人はミネルヴァしか居ないもの。貴方以外は……やっぱり貴族としての振る舞いを求めてくるし……友達もできないわよ」


 荒ぶる心の内をポロッと出してしまった時、注意したりせず爆笑した人。素の自分を認めてくれたのはミネルヴァと側仕えのメイドくらい。


「そうかな。私は素のイザベラが面白いし、その方が他の人と仲良くなれると思うけど」

「うーん、そうかしら」

「それで? まさかバカにされたままというわけでは無いのでしょう?」

「当たり前よ。けど……」


 いつもであれば勝ち気に、売られた喧嘩は買うわと意気込むが……母も兄弟もいないイザベラにとって使用人達を置いて、1人家を出るのは寂しかった。父については当たり前の罰なのでどうでも良いものの、巻き込まれて突然の高等部入学を辞退、1ヶ月の市民活動は未知の世界で、15歳のイザベラにとって受け止めることが精一杯だった。


「弱気? 貴方らしくない。どこでも見返してやりなさいな。こんな面白い、優秀な人材に気づけない愚か者だと。私も協力するわ」


 二人が対局する盤上、クイーンの駒でビショップを蹴散らすミネルヴァは挑戦的な目でイザベラを見つめた。さすが悪友同志、焚きつけるのが上手。


「そうね……ありがとう。まあアレース王子のことは聞いてもらってスッキリしたし、もう良いの。そんなことより聞いて!」

「そんなことって、っふふ。」


 イザベラはミネルヴァに一番聞いてほしいことがあって、急いで来たのだと思い出した。


「今朝ね、運命の人に出会ったの!!」


 そう言って立ち上がったイザベラ。驚く王女をよそに、うっとりと両手で頬を挟んで笑みをこぼす。


「え、まさか貴方が恋?」

「そう!! 家に来る食器職人に新入りがいて、その人よ。まさかこんな素敵な天使に出会えるなんて……」

「て、天使?」

「名前はルカ・マリーノ様。今朝、母の形見の紅茶カップを割っちゃって……王子のこともあったから、もうショックで。修復も無理そうだから、みんな捨てようとするでしょ? 私もそう思うし表情に出していなかったはずだけど、彼は大切な食器だと気づいてくれたの────


『修復は無理でも、違う形で生まれ変わることは出来る。人生みたいに再出発ができる。僕に任せてくれませんか』


って言ってくれたの。些細なことよ? けど彼のチョコレート色の髪と瞳が優しくって、無骨な手が職人そのもので素敵〜。御光さしてたから任せたわ。天使っているんだって思ったわ」


 矢継ぎ早に話すイザベラは、その時の情景を再現するかのように身振り手振り。その見たこともない姿にミネルヴァは目を丸くした。


「じゃあ尚更、見返しましょ。貴方はこれから自由よ」

「そうよね! ルカ様に会うためにも私らしく、自由に生きてやるわ!」

「う、うん。恋ってすごいわね」


 さっきまでの弱気が嘘のように吹っ切れている。光指す池の先を眺めたイザベラに圧倒されながら、ミネルヴァも同じように池の先に顔を向けた。イザベラはこの日から新しい人生を歩むことになる。


 ────もう貴族として生きたりしなくていい。 『人生みたいに再出発ができる』と言ったルカの言葉を内心で呟いた。



◇◇◇


 しばらく経ち、王女とのお茶会から1週間後には王都から2つ離れた町に引っ越した。


 太陽暦1427年3月23日ここは海に面した港町【ジノバ】、借家の2階に引っ越して1日目の朝。イザベラは早起きして、今までしたことがなかった荷物の整理をはじめた。昨日の夕方、馬車で送ってもらい一緒に運び込まれた荷物を解いて整理したものの思ったより時間が足りなかったのだ。


 「終わったー。ふう、ついに始まりね! 貴族として生きなくて良い……」


 荷物整理が終わって、窓を開けると……朝日に照らされた町の様子が見渡せた。朝早くから賑やかで塩の香りが漂う美しい田舎町だった。


 イザベラは、今日から奉仕活動で働く紅茶店に向かおうと支度しアパートを出る。ドレスではない市民姿は案外楽で、着心地良かった。むしろドレスは好きじゃなかった。今は自分で選んだ、白いシャツに腰から裾へ広がるオレンジ色の膝下スカート、夕陽色の髪は後ろでポニーテールに結び、唯一のオシャレとして頭に瞳と同じターコイズブルーのターバンを巻いた姿だ。瞳と同じにしたのは自分を表したかったからだ。


 元気よく軽やかな足取りで町中を進むも、人々の好奇な目線は良いものではなかった。元々の貴族イメージに父による市民弾圧の影響と、元婚約者アレース王子のイメージは国の銀至宝と名高く、市民交流もしており熱い支持があったため、その王子から婚約破棄されたとイザベラの印象はまさしく悪役令嬢だったのだ。


 それでも口元に笑みを絶やさず、『みんな私を知らないもの……今が最悪ならこれから右肩上がりね!』と前向きに歩いていた。


 ふと紅茶店の手前で騒がしくなった路地裏に足を踏み入れると────そこには3人の大人が倉庫と思われるドアの前で困っていた。


「貴方たち、どうされたの?」

「……ああ、今日から働くお貴族様か。まあアンタには関係ないさ、店の中に入ってな」

「……いいえ。出勤時間までまだあるもの、大丈夫よ。さ、何で困ってるの」


 どうやら紅茶店の従業員のようだ。なにやら棘のある言い方だが今日から一緒に働く仲間である。イザベラはズカズカと踏み込んだ。


「倉庫のドアが壊されてて開かないんだ……隣町のライバル店の仕業だと思う……」

「はあ!? それ嫌がらせじゃないの。隣町に抗議よ」

「あ、ああ。まあ事情があって抗議なんか出来ないんだ……」

「諦めちゃダメよ」


 お貴族様の雰囲気と違ったのか、自分事のように怒りを顕にするイザベラに驚いている。


「体当たりしても開かないから今、土木店のハンマーで壊してもうよう依頼しに行ってる……ほら、ドア叩いてみな? びくともしないから」

「そうなの。あら、ほんと──」


 そう言って拳をドアに叩きつける姿を見せた男に習い、イザベラも力を入れて殴った瞬間──


バアーーーーーーーーーン。


 とてつもない音と衝撃がそこにいた全員に降り掛かった。イザベラの拳でドアが粉々に破壊されたのだ。


「なんだその怪力!」

「ええええええ。拳でいけちゃうの!?」


 殴った自身も驚きである。かすり傷程度の拳を誰もが凝視した。そしてコレを機に、自分の怪力に目覚めたイザベラは力を利用していくのであった。




つづく。

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