第2話 海辺のクセ強な紅茶店

「え〜と、ドア壊れちゃったわね」


 てへっ。と片目を閉じ頭に片手を乗せ、舌をぺろりと出したイザベラは誤魔化すように振り返った。彼女の背後にはドアだったものが瓦礫の山になっている。


「……壊れちゃった、じゃねーよ怪力女」

「か、怪力」

「か、怪獣」

「ん? 怪獣って言ったの誰よ。怪獣は認めないわよ。わ、た、く、しは淑女しゅくじょよ」


 聞き逃さなかったイザベラは3人の男達が言ったセリフに、人差し指を立て横にピッピと注意するよう動かした。


「おーい、何の音だ。大丈夫か!」

「すっごい音したけど大丈夫?」

「──大丈夫だ! 騒がしくてすまねぇ」


 駆けつける近所の人々に、3人の男のうちイザベラに当たりが強い髭の男が返事をすると依頼から駆けつけていた土木店にも説明しその場を収めた。


「とにかく入ろう。開いて良かったよ」


 促され倉庫へ入ると作業場とつながっているようで室内は広く思わず目を細めた。温かみのあるロウソクの明かりと、白と紅茶色の上下に分かれた2色使いの壁はおしゃれだ。


「開いた? 破壊だろ……」

「なんですって、感謝しなさい」

「ほにゃにゃにゃ〜君は面白い人だなぁ〜」

「ほにゃ? なんですその擬音。興味深いわね」


 後ろから入って来たのは先程から失礼な物言いの髭男と、いつのまにか居た三つ編みをゆるーく結った黒髪が特徴の丸メガネの女性。特殊な口癖に興味を惹かれたイザベラ。


「君の方がよっぽど興味深いけどなあ〜噂の悪役令嬢さま」

「えっと……」

「んにゃ、あたしはノッテ・アルマトゥーラ。よろしくなあ~」

「私はイザベラ・ドゴール。そういえば事前に名簿だけ貰ったわ……改めてよろしくお願いします」


 ノッテの挨拶に返しながら頭の中で名簿と顔を一致させていく。彼女の艷やかな前髪から覗く丸メガネに映る緑色の瞳は優しかった。


「んにゃ、それじゃあ簡潔に紹介していこう! 君の先輩がこの声のでかいダン・スクード」

「なんだその紹介。まあいい、よろしくな」


 先程から失礼な髭男、ダンはガタイの良い腕を組みこちらを見下ろしている。前髪をオールバックに茶髪を上だけ縛って後ろは肩まで伸ばして硬派な雰囲気だ。


「で、反対にささやき声なのがヴェント・スパーダ。彼は2ヶ月前に入ったから君とほぼ同期だな」

「……よろしく……怪獣って言ってごめん」


 ノッテに指を差された、もう一人の茶髪は名簿に載っていなかったため小首を傾げつつ彼を観察した。彼の特徴は随時首元のスカーフを口元まで引き上げる仕草だろうか。端的な言葉を発する寡黙なタイプかもしれない。


「正直にどうも。良い声に免じて許しましょう。それにしても、とても分かりやすいです! ノッテさん天才ですか」

「んにゃ、君は将来有望だなぁ。さて次は空気になりがちな模範生、店長代理のマルコ・山田だ。店長は出張から帰ったら挨拶するのだよ~最後は火種ひだね職人ルカなんだが……」


 紹介を受けていると、ドアであった瓦礫がれきの山から突如として朝陽を背に現れたルカの姿はイザベラには神々しく見えた。


「みんな遅くなってごめん! あれ、ドアどこいったの」

「ルカ様おはようございます。一緒に働けるなんて……感激! 今日も素敵で好きです」

「あ、はい。ありがとうございます。みんな、残りの荷物がもうすぐ着くよ。あとちょっと話しが……」


 彼は話があるらしくダンとノッテの側に向かう。告白がスルーされることになったイザベラだがそんなところも「仕事熱心、素敵」だとうっとり頬に片手を当てる。


「あ、イザベラさんに説明しておくよ。この店では茶器職人と営業を担当する商人とセットで動く【バディ制度】を推奨してるんだ」


 ルカの側に行こうとするも足を止め、イザベラは聞き慣れない制度に猫のような瞳をパチクリと瞬きして聞き入る。


「なるほど良いですね。バディになりお互いを深く知ることで営業しやすく職人は作業が捗るということですね」

「おお、飲み込みが早いね。そこで店長から君にはルカくんの担当をお願いされてるから、担当商人よろしくね」

「まああああああああああ! ありがとうございます店長。ありがとう大いなる自然。ありがとう神よ」


 イザベラは目を輝かせ両手を天に伸ばしたかと思えば、次に胸元で両手を握りしめ祈りだした。そんなコロコロ表情が忙しい彼女に些か一歩引く。


「やばいっすよコイツ」

「まあ、元気で良いじゃないか。それに君はルカくんの面倒もみてるけど彼は火種職人だからねー、そろそろ代わりたいんだろう?」


 ルカと話し込んでいたダンはツッコミながらこちらに歩み寄り、店長代理は引きつつも答える。


「まあ……確かに」

火種ひだね? 皆様、なぜルカ様をそのように言うのです」

「ルカくんは良い人すぎて面倒事に巻き込まれるんだにゃ。それに堪えられなくてバディが辞めていく──実に面白いにゃ。ほにゃにゃにゃ」


 聞き慣れない言葉に質問するとノッテがルカを指差しながら答え大笑い。


「この店、クセ強じゃないですか。わたくしやっていけるかしら……」


 理由わけを聞いたイザベラは頬に片手を当て真剣な眼差しで小首を傾げた。


「いやお前もクセ強だからな」

「まあ! 高貴さが滲み出ているのね」

「出てねーよ」

「ほにゃにゃにゃ面白いにゃ。スクードをもっと困らせるのだ」

「やめろ、お前だけで十分だ」

「なんだとぅー」


 反射で言い合うダンとイザベラの姿に、お腹を抱えて笑い乗っかったノッテは反撃をくらい頬をぷくっと膨らませた。その後もダンに不満点を挙げられて身長差で届かない手でポカポカ殴りかかっている。


「あの2人って……もしや」

「そう、2人は10年バディで最長だよ」

「まあ! じゃあ私も先輩を見習い、ルカ様と頑張りますわ」


 仲の良い雰囲気を感じたイザベラは、そっと離れて店長代理に聞いては納得し微笑んだ。


「それでルカ、さっき言いかけてたことって……火種?」

「はい……実は──」

「さっそくですか!?」


 ルカは店長代理の山田に声をかけられ子犬のように眉が下がっている。その2人の様子に冗談では無いのだと気づき驚いた。


「さっき、船から荷下ろし中に喧嘩してる人達がいたから止めようとして──手に持ってた海藻を相手の顔に貼り付けちゃって……」

「──は?」

「港のおばさんに貰った海藻わかめのお皿ごとつまづいてぶちまけちゃったんだ。もちろん謝ったんだけど、……相手が隣国の貿易船長だったんだ」

「んにゃ、絶望的~」


 あまりの意味不明さと運の無さに、言葉を失いながら外交問題に発展しないことを願う。


「……最悪だあああ。ああ……もう勘弁して。とにかく謝罪しに行くしかない。紅茶店は僕とヴェント、ノッテで開けるからダンはルカを連れて行って」

「私も行きますわ。ルカ様の担当だもの」


 店長代理が頭を抱えつつも涙目で役割を指示する中、イザベラも手を挙げ3人で向かうことに…………。ついでに残りの荷物も下ろすため荷台を持ってくるダン。


 こうしてイザベラ達3人は紅茶店のメンバーに見送られ、活気ついた【ジノバ港】へ走りだしたのだった。


「「いってきます!」」



──つづく。

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