始まり~午後15時15分①~



 耳に残る美声。

 それに気を引かれた まな を含む店内にいた全員が、声のしたほうへ視線を向ける。

 見えたのは、綺麗なプラチナブロンド。

 胸元まであるストレートヘアが印象的なその人は、陶器のように白い肌を持ち、宝石のような青い瞳をこちらに見せている。

 目を引くスタイルの良さ、スッと背筋を伸ばした立ち姿、白のサックワンピースに淡いブルーのストールをまとった様子など。

 西洋のプリンセスを彷彿させるその姿は、ここにいる全員が見入ってしまう程。

 誰もが見惚れるほどの美人。

 そのような人物が、店内入ってすぐ、半円形の玄関マット上に立っている。


「入っても大丈夫ですか?」

  

 透き通る声で発言した女性は、まな のほうへ美しい微笑みを向けた。


「どうぞ!どうぞ!」


 返答したのは、問われた まな ではなく。

 つい先程まで まな に掴みかかっていた青年だった。

 意気揚々としている青年は、いつの間にか まな の両肩から手を離し、女性のほうを向きながら「どうぞ、こちらへ」と自分の隣の席を指刺している。


「失礼します」


 軽く会釈した女性は、ヒールをコツコツと鳴らしながら、颯爽とカウンター席までやってきた。

 そうして静かに椅子を引き、まな の左前に位置する席にスッと座る。


「お姉さん、マジ綺麗ですね」


 皆が女性に目を奪われ沈黙していた中、我先に口を開いたのは青年で。


「お姉さん級の美女、見たことなくて。心臓がマジヤバい、っていうか……。なんていうか、その、お姉さんと仲良くなりたいっていうか。マジの運命感じてるっていうか」


 女性への褒め言葉を口にしながら、女性の隣席にサッと座わった。

 先程までの傲慢ごうまんな態度は何処へやら。

 青年の表情は締まりがなく、横にいる美女を見つめながら、頬を赤らめ前髪を触り続けている。

 女性しか視界にない。

 そんな青年を、女性は一瞥いちべつする。


「メニューを頂いても、よろしいですか?」


「は、はい」


 青年に反応を返すことなく、女性は まな に 微笑みかけた。

 状況の移り変わりに脳が追いつかない まな は、慌てて、カウンター越しにメニューを渡す。

「ありがとう」と会釈した女性の、美しい所作。

 それに見惚れながらも、女性がメニューを捲り始めた所で、自分が大事にしている接客を行えなかった事に気づいた。


 「あ…」と言えば、女性が こちらを見る。

 ――射貫かれる。

 青い瞳と目が合った まな は瞠目した。

 ドキリと鳴った心臓。

 居た堪れなくなった まな は、「た、ただ今、お水をご用意しますので」と言いながら視線を下げた。

 

 ソワソワと落ち着かない。

 今までにない不思議な感覚に、まな は包まれる。

 何故だろう。

 そう理由を探そうとしても、頭の中には先程見た青色しか思い浮かばなかった。


 (綺麗な、青色……)

 

 惹かれた青色。

 それをもう一度見ようと視線を上げた所で、作業台に置いてある小さな鉢植えが目に入った。

 まな の両親が大切にしていた、ピンクのミニ薔薇だ。


 誰にでも温かな接客ができる、両親のような店員であれるように。

 自戒の意味を込め、作業の際に見やすい場所に置いておいた薔薇。

 それを見た まな は、ハッと我に返った。

(接客 をしないと……っ!)

 自分の立場を思い出した まな は、女性をおもてなしするべく、慌てて手を動かし始めた。


 来店した相手にまず行う本来の接客は、メニューを渡し、お店についての簡単な説明をする事。

 メニューを渡す際、自家製のミネラルウォーターと香り付きのお絞りを提供するのが、カフェ“ohana”流。

 

 “誰もが安らげる場所でありたい”

 そのような想いで様々な事に気を配っていた両親は、提供するグラスやお絞りを、お客1人1人に合わせた形にする事も行っていた。

 

 『最初が肝心』

 『様々なお客様が来るから』

 

 そう言っていた両親の影響を受け、まな も相手に合わせた提供の仕方を大切にしていたし、今回もその接客をするつもりだったが、女性に見惚れてしまいできなかった。

 メニューは通常通り渡せなかったが、今以降は普段どおりのおもてなしをしたい。

 何を選べば女性が喜ぶだろうか。

 そう考え始めた まな の中に思い起こされたのは、薔薇が彫刻された銀製の風変わりなグラス。

 それから、百合の香り付きお絞り。


 選んだものはどちらも珍しく、普段のお客には出さない物ら。

 銀製のグラスは棚の上段にしまってあるし、百合の香り付きお絞りは、ジャスミンが好きな母を思い出すという、カフェをする中での自分の癒し的な理由で作っているものだった。

 提供するために用意していたものではない。

 けれど。

 何故かふと、それが美女に出すにはいいと まな は思った。

 自分でもよくわからない、今までに無い特別な選択。

 それをする事に疑問を抱きながら、まな は、作業台の下にある私用のタオルウォーマーを開く。

 すると、


「……じ、自分、帰りますっ」


 青年の慌てた声が耳に入ってきた。

 (え?)

 青年の、急な態度の変化に驚いた まな がパッと振り返る。

 目に入ったのは、席から立ち上がっている青年。

 状況を把握しようと青年を注視してみるが、俯きながらバタバタと帰り支度をする彼からは何も読み取れず。

 震えている?

 そう思った時には、背を向け一目散に店内から去ってしまった。

 次いで、テーブル席に着いていた女性客が立ち上がった。

「すみません!すみません!!」

「動画は消すんで、許してください!!」

 2人は青褪めた表情で叫びながら、慌てて店から出ていく。


「……え?」


 ガラリとした店内。

 事態が呑み込めない まな が呆然としていると、

 カランコロン。

 ドアベルが鳴り、つい先程閉じたばかりの扉が開いた。



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愛の行く末 〜 ーーは時を越えて 〜 優愛 @aika_999

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