第18話(この人間共は何者なのだ……)




  ◇◇◇



(この人間共は何者なのだ……)



 エルフ族の精鋭で結成されている新樹守護騎士隊、副団長“ユグフォラン”は目の前で野営の準備を始めたレインと眠ったままのアイリスに眉を顰めた。



(この男から漏れ出る魔力量は竜種にも匹敵するか……? すぐそばの女も、人間らしからぬ物々しい雰囲気を醸し出しているが……)



 森の木々に燃え広がらないよう丁寧に掃除をしてから、折れた枝木を組み上げ焚き火をし始めたレインの一挙手一投足にユグフォランは神経を尖らせている。


 近年、エルフの子供を攫う人間が多発しており、警備網を広げていたとは言え、これほどの圧倒的な魔力量を撒き散らす『化け物』の来訪。


 警戒するなと言う方が難しい話であったが……、



「……ふふん、ふんっ、ふふんっ……」



 鼻歌を口ずさみながら野鳥を捌いているレインにユグフォランは警戒するのが馬鹿馬鹿しくも感じている。



(……援軍を呼んであるが……杞憂だったのか?)



 他の仲間を里に走らせ、“竜種級の来訪”に備えるよう伝言を託し、1番の力量を持つ自分がこの場に残ることで、敵わずとも時間稼ぎをするつもりだったのに、なにやらおかしな事になっている。



(とりあえず、戦闘にならずよかったと安堵すべきか……。それとも今のうちに奇襲をかけ、少しでも優位をとるべきか……)



 ジリッ……


 ユグフォランの迷いが足に現れ一足分の間合いを詰めてしまうと……、


 ゾクゾクッ……


 チラリと視線を向けたレインと目が合い背筋が凍る。

 反射的に死を予感したユグフォランは弓を構えようと手を伸ばすが、それは叶わない。


 ユグフォランが弓に手を伸ばす前に食材の前に座ったままのレインがナイフを抜き、投擲(とうてき)の構えを見せたからだ。



 ツゥー……



 コメカミから顎先へと冷や汗が滴る。

 地面に足がついていないような浮遊感は恐怖心から来るものだと自覚してしまう。


 圧倒的な強者との対峙。


 300年という長い年月を生きてきたユグフォランだが、身動きすら取れない状況に陥ったのは初めての事だった。



 バクンッ、バクンッ、バクンッ……



 生きた心地がしないのに、心臓はこれでもかと音を立てる不思議。急激な喉の渇き、荒くなる呼吸、震える手足。



 モァアッ!!!!



 ユグフォランには視界が魔素に覆われ、レインの姿が巨人のように見えていた。振りかぶっている一本のナイフは自分の首に、心臓に、頭蓋に、複数の刃が突きつけられている錯覚すら感じている。


(……“シルフやシルフ。風の乙女。我が呼びかけに応え、風の化身たる力を貸し与えよ”。《疾風迅雷》……)


 身動きの取れない状況でユグフォランは、心の中で詠唱を……。エルフ族の中でも稀有である無詠唱にて風の精霊に助力を願うのだが……、



 ポワァアッ……



『ダメダメ〜。やめときなよ〜! 下手に動かない方が賢明よ〜? あちらさんも敵意はないしさぁ〜』



 姿を現した小さな精霊に拒絶される。


「…………」


 ユグフォランは無意識に息を呑む。


 エルフの中でも選ばれた者の前にしか姿を現さない自我を持つ精霊。普段よりも濃い精霊の気配に一縷の望みをかけたユグフォランであったが、開いた口が塞がらない。



「……敵意はないですよ? ですが、自衛はします」


「……」


「正直、俺は初めて会ったエルフ族を前に警戒しすぎていますが、文献では人間を毛嫌いしているとありますし、面識のあるアイリス様にも同様の話をお聞きしています」


「……あぁ」


「お話をしませんか? 恐るのは無知が故……。見知らぬ人間の来訪にあなた方が警戒するように、俺だって敵陣のど真ん中で生きた心地はしていないのです……」



 レインの苦笑にユグフォランは激しく動揺する。


(何を言っているんだ、この人間は……。我らを蹂躙するなど朝飯前だろうに……)


 種族柄、耳がいいエルフ。この距離では心音すら聞こえてくるが、この“馬鹿げた冗談”が嘘には聞こえなかったのだ。



『悪意のある人間ではないよ〜? それにしてもすんごい魔力だねぇ〜! “女王様”とどっちが多いかな〜?』



 補足するように口を開いた小さき精霊。

 どこか楽しげにニコニコと笑顔を浮かべる精霊。



 ユグフォランはやっと弓に伸ばしていた手を下ろし、深く呼吸をした。



「……目的は? なぜこの地に来た……?」

 


 そして、対話を始めようと口を開いたのだが……、


「……あ、ありがとうございます!! どうせなら、一緒に食事しませんか? って、流石に無理ですよね。ハハッ、ごめんなさい、調子に乗りました!」


 あからさまにホッとしたようにナイフをしまい、笑顔を浮かべた「圧倒的強者」にユグフォランはまたも息を呑む。



『あっ。“シャリーン”が食べるぅ〜!!』



 フワリと飛び立つ「自我を持つ精霊」。



『精霊に愛される者に悪い者はいない』



 エルフ族に伝わる古い伝承。

 300年間生きて、初めて姿を見た精霊の姿。

 

 ユグフォランは自分の元に現れたとは思っていなかった。



「改めて、レイン・ラグドリアです。えっと……、早速ですが……、こ、これは精霊ですかね……?」


『……ぇえっ!! 見えるんだぁ〜?』


「……? 声は聞こえませんが……?」


『アハッ! へぇ〜! 面白いね! “ユグファラン”だっけ? 呼び出してくれてありがとう!! この人間、とっても面白いね!』


「……えっ? あの、えっと……?」


『アハアハッ! ねぇねぇ、一緒にご飯食べよーよ〜!』


 

 屈託なく笑う精霊と苦笑を浮かべる人間に見つめられ、ユグフォランは「は、ははっ……」と顔を引き攣らせた。


 ユグフォランは改めて、自分の元に現れたわけではないと理解した。この『精霊を視認している人間』が原因で姿を見せたのは疑いようがなかった。

 







※※※【あとがき】※※※


精霊が出ました!

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傷口に暴風を〜最弱ハズレとバカにされるスキル【隙間風】の冴えない雑用係の俺、『円満追放』とはいえ失意のまま帰ったら婚約者は伯爵令息とお楽しみ中でした〜 @raysilve

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