第17話「……“お前”は少し黙ってろ」
◇◇◇【side:アイリス】
――エルフの里 結界周辺
「お、おい。アイリス? お客さんみたいだが?」
レイは少し顔を赤くして顔を引き攣らせていますが……、
「ハァ、ハァ、ハァ……」
私はもうダメです。
……………………しゅき。
しゅき、しゅき、しゅき、しゅき!!
あぁーもぉーーーー!! 大しゅき!!
吸血衝動に駆られて身動きが取れないんじゃない。
もう気持ちが抑えられず、少しでもこの気持ちを伝えたくて、でも伝えられなくて、わけがわからなくなって……、もう……しゅきぃいいいい!!
「ア、アイリス?」
「……少しだけです」
「い、いやいや。俺はエルフとの初対面なんだが?」
「気持ちよくなりましょう?」
私は掴んだままのレイの腕をギュッと引き寄せ直し、レイの困った顔を見上げる。
あ、あぁ!! カカ、カ、カッコイイぃ……!!
知れば知るほど、見れば見るほど、惹かれていく。
今までこうして何も恐れず、私を1人の人間として接してくれた人がいたでしょうか? 私のためを思い、優しく、時にイタズラに欠点を指摘してくれた人がいたでしょうか……?
――アイリス。もう遠慮しないが、いいか?
全てを見透かしたようなそのガラス玉のように透き通った紫色の瞳で……。
ハゥウゥウウッ!!!!
お、思い出すだけでウズウズしてしまいます!! わ、わわわ、私ったらはしたない。
レ、レイから『魔力の風』が出ています!!
ああ、なんといい香りでしょう! 身体の奥がキュンキュンとレイを求めてしまいます!
こ、これが『欲』……。
そうですか……。これが……『欲』……。
レイの全てが欲しい。
レイの全てを私に注いで欲しい。
レイに私の全てを差しあげたい。
レイに全てを……。私の全てを受け入れて欲しい。
「レイ……す、すす、すぐ終わります」
「ちょ、ちょっと、まっ……!!」
フワッ……
唐突にレイに抱えられる。
きゃ、ぁ、きゃああああああああ!!!!
な、な、ななな、なっ、
クル、スッ、バキッ!!
レイは私を抱えたまま三本の《矢疾風》を躱し、一本の矢を蹴り折った。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……
ふ、ふふふっ……。まったく……。
“不可視の矢”と呼ばれるエルフの弓もレイの前では子供のお遊びに成り下がるのですね。
「話を聞いてくれ! 争うつもりはない! ここにいるのは、ディアルノ公爵家のアイリス様だ!」
レイは私を抱えたままエルフ共に声をかけるが、あちらがノコノコと出てくるはずもない。
弓に絶対の自信を持つエルフたち。
斥候や巡回しているこの者たちなど、まさにその典型的な者たちのはず。
急襲したのに呆気なく対処されては顔も出せない。
きっとレイの魔力量に恐れ慄き、カタカタ震えている。
ですが、問答無用で……いえ、まあ十中八九私のせいでしょうが、あちらはもう矢を放ってしまったのです。
「レイ? これは正当防衛では?」
「……“お前”は少し黙ってろ」
「ひぁいっ……」
トゥンク、トゥンクッ、トゥンククン!!
な、なんでしょう……、この感じ。
存外に扱われたのに……あぁ。なんでしょう。
素敵です、レイ。しゅき……。
黙りますよ、レイ。しゅき……。
あぁーーもう時間が止まればいいのです!!
私はコテンとレイの胸に頭を預けた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!!
心臓はもうすでに壊れているようです。
もうレイに抱き上げられ、レイの匂いに包まれ……。
(はぁああぁぁ〜……幸せです。しゅき……)
何物にも変えられない幸福。
その上限を幾度となく突破しては心を掴まれる。
「……キス……してみたいかもしれません……」
……ん? きゃあああああ!!!!
く、くくくく、口に出てましたか!?
黙れと言われていたのに、なんてことでしょう!!
も、もももも、もうダメですぅう……!!
◇◇◇
な、なななな、なに言ってんの?
え、……はっ? いやいや、なに?
抱えているアイリスの発言に“エルフをどうするべきか?”の思考をぶっ飛ばされ、俺はすぐそばにあるアイリスの表情をうかがったのだが……、
「えっ、お、おい、アイリス?」
真っ赤な顔で目をグルグルとまわして意識を失っているのだからたまったものじゃない。
な、なんなんだよ、マジで!!
恥ずかしがり屋で、口下手で、何考えてるのかわからないくせに、好奇心旺盛ってか!!
大人をからかうのも大概にしろよ。ったく……。い、いや、余裕でアイリスの方が年長者ではあるんだが……。
「き、貴様は何者だ!! 人間! 即刻、立ち去るがいい!! つ、次は確実に貴様の脳天に矢を打ち込むぞ!」
やっと口を開いてくれたエルフにハッと我に帰る。
「俺はレイン・ラグドリアと言う!! 突然の訪問、大変申し訳ない! この少女はアイリス・フォン・ディアルノ様だ。彼女の名前に聞き覚えはないだろうか? 彼女はエルフと親交があり、」
スタッ……
フワリと風が頬を撫でると、目の前にものすごいイケメンが現れた。
「……こ、これが、エルフ……」
少し長めの金髪にエメラルドグリーンの瞳。
尖った耳には3つのリングピアス。年は18前後に見えるが、エルフなんだからそんなものはアテにならないだろう。
民族衣装なのか、独特の服……。
装備は弓、腰には短剣。
身長は俺よりも低いが、男性にしては細い四肢がなにやらスタイルをよく見せている。
本で美形とは知っていたが、まさかここまでとは。
「……人の顔をジロジロと見るんじゃない」
「えっ、ああ、すみません。改めてはじめまし、」
「これより先への侵入は認められない」
「……え?」
「貴様やその女が誰だろうが関係ない。人間は誰1人として通すことはできない」
「待って下さい。彼女はエルフと親交があると聞いているんですが、聞き覚えはありませんか? “アイリス”と言う名の人間を……」
「……問答は必要ない。去れ……」
「では、なぜ姿を見せたのですか?」
「……貴様がいくら強かろうと関係はない。エルフ族の戦士として、新樹守護騎士隊、副団長として……差し違えてでも貴様の侵入を許すことはできない……」
イケメンエルフは敵意剥き出しで俺を睨んでくるが、俺としては勘弁して欲しいところだ。
確かにレベルやステータスは上がった。
スキルにも可能性を持てた。
だが、不思議な事にアイリスといると魔物に遭遇しない。実践未経験のまま、明らかな強者との戦闘などあり得ない。そもそも、エルフと争う必要がない。
それなのに……。
なんでこんなことになっているのか……。
てっきり顔パスくらいに思っていたんだが……。
(……はぁ〜。まあ、アイリスだしな……)
当の本人は真っ赤な顔で頭をプスプス言わせてる始末……。
アイリスがポンコツであることを理解しているだけに強気にも出られないし、姿を見せたのは、他の者が里に帰る時間を作っているのかもしれない……。
「俺が説明しても話がややこしくなってしまいそうですね」
「……」
「申し訳ありませんが、アイリス様が目を覚ますまで、この場に居ても……?」
「……監視はさせてもらう」
「構いませんよ。別に何もしませんし。どうせなら、話し相手になってくれたり?」
「……」
「ハハッ、冗談ですよ」
言葉を返しながら《感知隙間風(サーチ・ドラフト)》を展開し、警戒をしたが、俺たちには何もやましいことなんてないのだ。
時間稼ぎしたいならすればいい。
「……勘弁してくれ、こんな時に」
俺は抱えているアイリスにボヤいた。
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