第16話「……レイは意地悪です」




  ◇◇◇◇◇



 ――ミレクスの森「危険区域」



「つまり、アイリスの中にその“エリザベート?”という吸血鬼が生きていると言うことだな?」


「はい。投獄しております」


「特性を引き継ぐというメリットともデメリットとも言えるスキルの反動で俺の血を吸ったと……」


「はい……。レイが初めてです」


「“他の人間には吸血衝動はなく、俺と出会って初めて吸血衝動を知り、初めて人間の血を啜ったんだ”。はい、復唱!」


「……ほ、他の人間には吸血衝動がなく、レイのいい匂いで我慢が出来なくて、じ、自分が“半吸血鬼”なのだと知りました……」


「……ア、アイリス? 全然、違う事言ってるぞ……」


「も、申し訳ありません……」



 真っ赤になっていくアイリスに俺は「ふっ」と小さく笑いながら頭をポンッと撫でた。



「でも伝えようと努力してるのはわかる。これは大きな進歩だぞ?」


「……は、はははは、はぃ」



 耳まで赤く染めるアイリスの無表情も見慣れてきた。


 ここまで来るのになかなか苦労した。


 支離滅裂な言葉をパズルのように組み合わせながら先読みし、アイリスの言葉を理解する作業。


 実のところはあまり苦ではない。

 

 基本的にこれまでの言葉に嘘がないと仮定すれば、簡単なパズルだ。


 余裕で女性不審に陥った俺には丁度いい。


 ずっと無表情だからこそ、生理現象が表に出るのだが、それは演技だとは思えない。


 800年も生きてればそれくらいできるのかもしれないが、何度もどもりながら必死に伝えようとするアイリスに嘘はないと信じたい。



「それで? 今、どこに向かっているんだ? ここはミレクスの森の危険区域だろ? 王都とは反対方向だが?」


「こちらの方が早いので……」


「アイリス?」


「えっ、あっ……えっと、マルルディアの森に飛んで、そこから南下すればすぐに……」


「ふっ……、要は魔法かなにかを使い王都の北東にあるマルルディアの森に転移する。その転移に必要なものの場所に向かっているって事だろ?」


「……そ、そそ、そうです」


「その“必要なもの”はなにか? それがある場所は? 到着する期間は? 準備しなければならないものは?」


「え、あっと……エ、“エリュフ”です。エ……エルフです……」


「ぷっ、あははは!!」


「レ、レイ……笑わないで下さい」


「ハハッ……悪い、悪い」


「……レイはわかっているのでしょう?」


「まぁ……。800年も生きてれば、秘境とされているエルフの里を知っていてもおかしくはない。世界的にみても希少種であるエルフが、もし多数の里を持っているのなら……その長命を生かし、独自の魔法や装置を開発しているのなら……」


「……」


「失われた古代魔術である《転移》を使い、少人数で複数の里を守護している可能性は高い。要は今、『エルフの里』を目指しているわけだ……」


「そ、その通りです……」


「あとどのくらいだ?」


「あと半日程度で結界に……」


「“800年生きている私にはエルフとの交流があるから、まずはエルフの里に出向き助力を願う。そして、《転移》にてマルルディアの森に飛び、そこから王都に向かえばかなりの近道になるはずだ”……。はい、復唱!」


「え、あっ、えっと……、エルフの里、転移で王都。は、800年……近道になります……」


「クククッ……」


「笑わないで下さい……」


「あっ。ごめん、ごめん。無表情で淡々と喋るのやめて」


「……レイは意地悪です」


 アイリスはフイッと無表情を背けながら顔を赤くする。


 気兼ねなく話し初めて2日。

 初めこそ800才のぶっ飛び発言に戸惑ったが、見た目はもちろん、中身も照れ屋で不器用な14才の少女。


 もうあまりそこには気にせず、アイリスの欠点を指摘し、修正している。


 要点をまとめて、“こう伝えればいいよ?”という言葉を復唱してもらう事で少しでも会話上手にしてやりたいと思っているんだが、これがなかなか楽しい。


 単純に顔を真っ赤にして恥ずかしがっているアイリスは可愛いし、根は素直でいい子のように見える。



 ――レ、レイだけがわかってくれていればいいのです……。



 自分の心の中を順序立てて説明することができず、そんな可愛いことも言ってくれたが、正直、それは勘違いだ。


 俺も余裕でわからないこともある。

 いくつも質問し、そのチグハグな答えをつなぎ合わせてやっと理解できる程度。


 アイリスのスキルもかなり時間がかかったが、要約すると無機物は大量に入れられて、生物は3つまで……。だが、アイリスの“魔力量”ではエリザベートとかいう吸血鬼1人で限界なんだとか……。


 馴染みのない“魔力量”という単語。


 アイリスは普通に使っているが、おそらくは魔法やスキルを発動させるためのエネルギーのようなものだろう。……が、単語をいちいち聞き返してたら冗談抜きで会話ができない。



 重要な事は……、


 自分の“レベル”がわからない。

 自分の“ステータス”も知らない。


 これは現代の人間ではあり得ない事だ。

 “アイリスの時代”では『魔力量』が一つの指標かもしれない……などと考察したが、それの真偽は不明だ。

 

 その他にもっと知るべき事がたくさんあるし、聞きたい事は山ほどある。


 とりあえずはまぁ……、


「……“エルフ”か。本で読んだ事しかないな」


 俺が目先の疑問をポツリと独り言を吐く。


「……レイなら大丈夫です」


 アイリスは無表情で歩みを進めながら言葉を返してくれる。こちらの言葉の意図を理解するのは上手なくせに、伝えるのは壊滅的に下手という……。


 なんとも厄介な性質をしてる。


「……って事は、エルフの“人間嫌い”は本当なんだな?」


 アイリスはチラリと俺に視線を配り、「聞き返すまでもないですが?」とでもいいだけだ。


 俺はエルフなんて希少種にお目にかかった事もなければ、その生態を研究しているわけでもない。なにやらアイリスは俺について勘違いしているところが多いようだが……。


 はぁ〜……ここいらで一つ、ちゃんと明言しておいた方がいいか。



「アイリス。俺は800年も生きてない。現代に生まれ、現代で育った24歳。アイリスの常識が俺に通用すると過信されても少し困るぞ……?」


「……」


「ほとんどの人間はそうだぞ? アイリスの知識は800年の経験と実績があるんだろうが、単純な話、吸血された俺でもなければ信じられない話も多いんだ」


「……でも、レイは吸血する前から、私の言葉を理解してくれていましたよ?」


「……そう、だったか? 初めて会った時は状況も状況だったし、あまり覚えてないが」


「そうですね。ですが、私はものすごく衝撃的でしたので……」


「ま、まあ、それは置いといて、自分が800年生きてるって事をもう少し自覚してみようってことだ! アイリスの常識が現代に生まれ育った俺たちの常識と同じだとは考えにくいってこと」


「…………」


「いや、“それ”はびっくりしてるのか?」


「はい。とても腑に落ちました」


「……そりゃよかっ、」


「どうりでレイ以外とは会話ができないはずです」


「いや、それはアイリスの内面!! 800年前も普通に会話できてなかっただろ!」


「……」


「それは? なんの顔?」


「レ、レイは私以上に私を知っているようですね」


「ハハッ、ポーッとするなよ。真っ赤になって可愛くしてもダメだぞ? まずは自分が口下手だと認める事から始めないとな!」


 俺は笑いながら普通に言葉を返したのだが……、


 ボンッ!


 アイリスは更に顔を赤くさせると、サササッと足早に先を歩いたかと思えば急にクルッと振り返り、その真っ赤な無表情を銀髪で隠すと、


「……か、かかかかか、かわいい……ですか?」


 これでもかと、どもり倒した。



 ゴクリッ……



「え、あ、まあ……か、かわいいのはかわいいだろ。そりゃ……」



 俺は言葉を返してアイリスを追い抜いて歩く。



 そりゃもう、めちゃくちゃ可愛い……が、もう果てしなくポンコツだ。い、いつもいつも照れすぎだ。ど、どど、どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ。

 

 いつも会話はこの「可愛い」で終了する。


 聞き流すような軽い言葉に過剰反応して……どんだけ耐性がないんだ? 


 この容姿だ。腐るほど言われて来てるだろうに……ってか、そんな口説くつもりで言ってるわけでもないのに……!!


 んでもって、俺までなに照れてんだよ。

 あぁー……顔アツい! クソ……。



 うすうす気づきはじめてはいたが、アイリス・フォン・ディアルノ……。この美少女は“天然タラシ”だ。


 無表情のくせに。む、むむ、無表情のくせに。

 なんかいちいち、かわいい。


 ま、まあ、もう愛だの恋だのはうんざりだ。

 当分は自分にできる事を把握していければ、



 ガシ、ニュイんッ!!



 唐突に腕を取られ、その腕に押し当てられる弾力に色々な部分がハウッとしたかと思えば……、


「レ、レイはカッコイイです。その眉の上の古傷も、口元の傷跡も、百戦錬磨の雰囲気がとても好ましく思います」

 

 顔は伏せていて見えずとも真っ赤なお耳がこんにちは。

 


 ドドドドドドッ……!!



「ハ、ハハハッ、はいはい、ありがとうな」



 騙されない!! 俺はもう騙されないぞ!!

 心臓がバクバクドンドンだが、か、軽く流してやるぜ!



「ほ、ほら、さすがに危険区域での野営はリスクがあるだろ? 急ぐぞ」


「……はい。こ、こここ、このまま歩いても?」


「べ、別に? 構わんが……?」


「……ありがとう」



 俺は浮かれていた。


 歩くたびに左腕を包み込んでくれる弾力に神経を研ぎ澄ませていた。好奇心のままに流れに逆らってみたりもしていた。


 だからバチが当たったのだろうか……、



「そこの人間共!! 動くな……。動けば射る」



 森の中から声が響いた。


 俺たちは言葉通りにその場に足を止めた。

 姿も見えない、気配も感じない。


「……ア、アイリス。どうやら出てきたみたいだが?」


「レ、レイ……。が、我慢できない。少しだけ……少しだけ入れていい……?」



 顔を上げたアイリスの両目は真紅の瞳。

 口元は牙が出ている。なにやら恍惚とした表情はトロンと色香を撒き散らしていて……。


(あっ。なるほど……。吸血鬼に近づくと、無表情じゃなくなるのか……。って、このポンコツめ!! いつもいつも大事な時にぃい!!)


 俺は初めてのエルフとの邂逅を前に心の中で絶叫した。







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