傷口に暴風を〜最弱ハズレとバカにされるスキル【隙間風】の冴えない雑用係の俺、『円満追放』とはいえ失意のまま帰ったら婚約者は伯爵令息とお楽しみ中でした〜
第15話◆「義兄様はもう接触している可能性があります」◆
第15話◆「義兄様はもう接触している可能性があります」◆
◆◆◆
――辺境都市「リペルゼン」 領主邸
「アベル。近々、“お前の婚約者”がこの地に訪れるとの事だ……。くれぐれも粗相のないようにな?」
朝食のパンを齧りながらリペルゼン伯爵家、現当主“カイン”はポツリと呟いた。
月に一度の家族での朝食。
長いテーブルには4人が腰掛けているが、その中の1人はもちろん顔を青くさせる。
「……は、はい。父様……」
“もうすでに会っている”とは口が裂けても言葉にできないアベルは、ぎこちない笑顔を浮かべ震える手でスープを口に運ぶ。
アベルの不自然な返答にピクッと眉を顰めるカインだが、
「あら!! それはいいですね! きっとアベルちゃんなら“あのご令嬢”も気に入りますわよ!」
アベルの母“ルイーゼ”はニンマリと笑いながら明るい声を上げた。
アベルはぎこちなく微笑みルイーゼに言葉を返そうとするが、カインはすぐにルイーゼの言葉に対し答える。
「……どうだかな。一度も正式な婚約を執り行っていないと聞く……。だが、この縁談を利用しない手はない」
だが、視線はアベルに向けられたままだ。
「……イ、『不可視(インビジブル)の暴風竜』ですね」
「……そうだ。このままでは冒険者が“冒険”できない。ダンジョンを管理下に置き、コントロールすることで資源を確保しなければこのままではジリ貧だ」
「北のミレクスの森、西のジング山脈……魔物たちが活性化していて手がつけられないというお話しは……?」
「事実だ。私たちもなんとか食い止めているが時間の問題だろう……」
「な、なにをおっしゃいますか! 父様は『鉄壁の炎帝』と呼ばれるこの防衛都市の領主! その武勇はリペルゼン家、歴代1と、」
「世辞はいい……。なんとしても“アイリス様”に助力して頂くのだ。苦労して頂いた縁談だ。くれぐれも頼むぞ、アベル」
「はぃ……。で、ですが、この縁談の成否はどちらでも構わない……のですよね?」
普段であれば「私にお任せください」と自信満々な表情を浮かべるアベル。カインは食事の手を止め、アベルをまっすぐに見つめた。
「……なにかあったのか?」
「えっ、いえ。いざ対面すると思うと少し……。ア、アイリス嬢の武勇は貴族間では有名ですし……」
「この機を逃せば、」
「もう!! なに言ってるのよ、アナタ! あまりアベルちゃんにプレッシャーをかけるようなことは言わないでくれます?」
「……プレッシャーもなにも、このままでは国境が変わる。リペルゼンの民が苦しむことになるのだぞ?」
「大丈夫です! アベルちゃんはこぉんなにも美しい顔を持っているし気に入らないはずがないじゃない!」
「……容姿だけならこれまでにいくらでも機会はあっただろう。それでもなお、身を固めないのなら独自の判断基準があるということ……。なんせ相手はディアルノ家の“生きる伝説”、下手を打てば、」
「心配しすぎです! そのご令嬢はとても美しいとお聞きしますし、きっと自分と並びたっても違和感のない男性を探しているのですわ!」
カインは小さくため息を吐くが、ルイーゼはそれに全く気づかず言葉を続けた。
「その点、アベルちゃんは完璧よ? 容姿はもちろん、スキルも性格も申し分ありませんわ!」
ルイーゼの言葉にカインは口を閉じた。
幼い頃から優秀で両親の前だけでは聞き分けがよかったアベルではあるが、カインはいまだに実の息子を信用しきれない「なにか」を感じていた。
溺愛するルイーゼとは対照的に、カインはアベルの前で一切笑顔を見せたことがなかった。
元より、カインはあまり表情が豊かな方ではないのも理由の一つであり、代々、リペルゼン伯爵家は外交よりも武勇で名を馳せる家系。アベルは元辺境伯令嬢であったルイーゼの血を色濃く受け継いでいる。
「アベルちゃん! きっと大丈夫よ? 何も心配しなくていいの! 父様の言うことなど話半分で聞いておきなさいね?」
「……は、はい、母様」
「ふふふっ、緊張してるのかしら? ご令嬢との接し方はたくさん勉強したでしょ? 初めてだから失敗するかもしれない。でも、いいの! アベルちゃんのような子の小さな失敗は可愛く見えるものよ!」
「……ぃえ。粗相がないよう努めます。父様、母様……。私はリペルゼンの更なる繁栄のため、私が出来ることをしっかりと果たして見せますよ」
アベルの笑顔にルイーゼは「まあ! なんていい子なのでしょう!」と満面の笑みを浮かべ、カインは黙々と食事を進めながら視界の端で観察した。
「あぁ、アベルちゃんがあの令嬢と……。ご尊顔は見たことはありませんが、アベルちゃんならきっと見初められます!」
「……そう、だと良いのですが」
「なにを言っているのよ! もっと自分に自信をもちなさい! アベルちゃんは他とは違う。生まれながら神に愛された特別な子なのよ?」
「……は、はい」
「でも、やはり寂しくなります。ついに私の手から離れてしまうことが寂しくて堪りません」
「ハハッ、私が母様の息子であることは一生変わりませんよ」
「まあ……!! ふふっ。本当に良い子に育ってくれました」
ガタッ……
何の根拠もないルイーゼの肯定が続く中、1人の少年が静かに席を立つ。
「ご馳走様でした。では、僕はこれで失礼いたします……」
朝食中、一言も口を開かなかったアベルの義弟“リゼル”である。
「ああ……」
カインが小さく返事をすると、リゼルはペコッと頭を下げて扉へと向かうが……、
「ねぇ、あなた! くれぐれもアベルちゃんの邪魔するんじゃないわよ?」
ルイーゼの低い声に呼び止められる。
「はい……」
「部屋にこもったまま出てくるんじゃありません! 絶対にディアルノ家のご令嬢と顔を合わせる事なんてないようにしなさいね?」
「はい、義母様……」
「ボソボソと喋るのは辞めなさい! 何度言えばわかるの!! その長くて汚い髪もどうにかしなさい!」
「……」
「またダンマリかしら? 本当にあなたは我が家の面汚しだわ! 少しはアベルちゃんを見習いなさい!! まったく、いつまで経っても気味が悪い寄生虫で、」
「ルイーゼ。少し黙れ……」
カインに言葉を遮られ、ルイーゼはフイッと顔を背けながら「なんでこんな汚い子を……」と悪態を吐くが、それ以上ルイーゼが嫌味を言うことはなかった。
「リゼル、もう行きなさい……。必要なものがあれば使用人に伝えれば良い。遠慮することはないのだからな……」
「はい、義父様……」
リゼルはポツリと呟き、頭を下げると部屋を後にした。
ガチャッ……
「さぁ! やっと家族だけになりました! アベルちゃん! たくさんお話しをしましょう!」
リゼルが去ると同時にルイーゼは明るい声をあげる。
アベルは「はい、母様」と笑顔を作ったが、今度は朝食を終えてしまったカインが席を立つ。
「アベル……。忘れるな。ディアルノ家とのパイプは今後、必ず必要になる……」
「……はい」
「アイリス様の気が乗らないと言うのなら仕方ないが、くれぐれもこちらからきっかけを作るような事がないようにな?」
「……は、はい。重々、承知しております……」
「大丈夫よ! 心配することなんてありません! アベルちゃんは完璧ですもの! きっと上手くいくわ!」
カインはルイーゼの言葉を無視して部屋を出た。
辺境都市「リペルゼン」は防衛都市の側面を持つ。
ダンジョンの魔物は街を襲撃するようなことはほとんどないが、北の「ミレクスの森」、西の「ジング山脈」の魔物たちはそうではない。
近年の魔物の活性化……。
資源が圧倒的に足りていない。
そのためにはダンジョン主を討伐し、管理下に置かなければならない。ダンジョンは都市の産業になる。
希少な鉱物、魔物の素材、ドロップ品が必要なのだ。
しかし、年々、活性化が続くリペルゼン周辺の魔物たち。いつまでも攻略されないダンジョンには『不可視の暴風竜』という化け物が巣食っていると聞く。
『厄災狩りの公爵令嬢』
カインは噂の真偽を確かめるためには絶対にアイリスの力が必要になると考えていた。領主として、真偽を確かめなければならないと……。
そのためには、数々の“厄災魔獣”の討伐という経験を持つアイリスにこの地に訪れて貰う必要がある。
だからこそ、少しでも関係を良好にし助力を願おうと、ディアルノ家と何度も交渉し、やっと縁談を取り付けた。
容姿が良く人当たりが良いアベルにあてがえば、数日間はリペルゼンに滞在してくれるだろうという計算もある。
もし婚約が正式に取り交わされずとも『不可視の暴風竜』をどうにかしなければリペルゼンに未来はない。カインは民を、領地を、守るためにアイリスに目をつけた。利用できるものは息子でも使う。
これが完璧の悪手になったと知るのは……、
「……リゼル。どうした?」
部屋の入り口で待っていた、もう1人の息子の言葉を聞いた時だ。
「義父様……。義兄様はもう接触している可能性があります」
「…………詳しく聞かせろ」
幼い頃からアベルの本性を目の当たりにしてきた義弟(リゼル)。遊び半分で背中に無数の“火傷痕”を刻まれてきた義弟(リゼル)は、ついに復讐を始める。
「“ミミ”……。報告書を義父様に」
「はい、“リゼル様”……」
カインは信じられないと言ったような様子でしばらく絶句し、そして、「ふっ」と小さく笑みをこぼした。自分の朝食のペースを確認して、リゼルが席を立ったことを悟ったからだ。
「……リゼル。“全て”を聞かせろ」
カインは微笑みながら言い直した。
この家でどこにも居場所を与えられなかったはずのリゼルに付き従う使用人の姿に、カインはリゼルが爪を隠し続けていた事に驚嘆し、素直に喜ばしく思ったのが半分。
やはりアベルには“なにか”あったのか……と見抜けなかった自分自身に対する嘲笑が半分。
アベルにすら笑顔を向けたことのないカインの笑顔にリゼルはじわりと瞳に涙を浮かべる。
「……も、もちろんそのつもりです、義父様……。申し訳ありません……、もう手遅れかもしれませんが、これまでのご恩を返すため、僕の力も……」
「……あぁ。私の書斎に」
「……はい」
リゼルの潤んでいく瞳をカインは見て見ぬフリをする。
いつも巨大な殻に閉じこもり、爪を隠し続けてきた『親友の息子』が、やっと『自分の息子』として生きてくれる事を決めてくれたように思っていた。
これをきっかけに、アベルの化けの皮が剥がれていく。
自らの虚言はもちろん、リゼルからの進言(真実)。
カインは慈悲をかけるような男ではない。
自らの責任を見て見ぬフリをするような男でもない。
これは、リペルゼン家没落のほんの序章。
アベルが下る奈落の入り口が開いた。
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