第14話「最高だな……!」
◇◇◇◇◇
「……とても美味しいです」
俺からの視線が面倒だったのか、アイリスはパクパクと料理を食べながらポツリと呟く。
“吸血鬼でも、普通の飯食うの?”
そんななんでもない事が気になったんだ。
鹿肉のフィレ……香草焼き。
キノコと山菜のスープ。
身分的にかなり躊躇したが、乾パン。
デザートはチョコレート。
イチジクとレモンのソース添え。
ポーチ内の調味料をふんだんに使い、丁寧に味付け。下処理にも抜かりはない……と思う。
料理は数少ない俺の得意分野ではあるが、貴族の飯などわからない。チラチラと様子を観察されるのは気分が良くないとは思ったが、気になるものは仕方がない。
「口に合ってよかったよ」
やっと出た食事の感想にホッと胸を撫で下ろす。
先程、裸を凝視した件はあまり気にしていない……のかは正直、無表情すぎてわからないが、「次は何を食べようかな?」と視線を動かしているし、まあ大丈夫だろう。
これは、ある種の指針だ。
多少の質問も問題ないと判断していいんだよな……?
「……アイリス。スキルについて聞いても?」
「……?」
「…………?」
「あっ、そうですね。ご説明がまだでしたか……。私もレイのスキルについて改めて説明して頂ければと思っていましたし」
「……うん、当たり前の権利だな。俺のスキルは……【隙間風(ドラフト)】。微風(そよかぜ)を生み出すだけの最弱ハズレと馬鹿にされ続けているスキルだ……」
「なるほど……。“そういう事”にしていたのですか」
「えっ……えっと、アイリス?」
「となると……、“アレ”は傷口に……。圧倒的な魔力量で圧縮され、解放される“隙間風”は冷気を纏い、荒れ狂う暴風が体内を食い破ったと言う事ですね」
「あっ、あぁ……」
意図せず、第三者に事実を伝えられる。(とりあえず、答えてくれそうでよかった)なんて、次の質問を考えていたというのに、まさかの情報だ。
“圧倒的な魔力量で圧縮”……?
“荒れ狂う暴風が体内を”……?
仮説として「傷口=隙間」とは考えたが、俺の【隙間風】が“暴風”? “魔力量”? “圧縮”? 俺はそよかぜしか生み出せない……、って……いや、待て。……おいおい、マジかよ。
俺の頭の中で、点と点が繋がり1人戦慄する。
『暴風竜“不可視(インビジブル)”』
リペルゼンのダンジョンに出現する「未知の魔物」。誰も姿を確認した事のない神出鬼没の「化け物」。
“フワリと微風(そよかぜ)を感じたら迷わず岩陰に”。
5年前、Bランクパーティー“死神鎌(デス・シックル)”の全滅をきっかけに、リペルゼンの冒険者たちの共通認識となった一言であり、ルーキーには必ずギルドから教えられる一言……。
あの時は天罰が降ったんだと思った。
死神鎌(デス・シックル)は俺が所属していたことがあるパーティーの一つ。
12歳で冒険者となった俺が、初めて所属したパーティーだ。こき使われ、殴られ、脅され、搾取された。
同業の冒険者たちにも憎まれ、嫌われて、どうしようもないクズのくせに『力』だけはあった。俺は生きるために必死に歯を食い縛ったが……、結局はゴミのように捨てられた。
順調に高みに登っていくアイツらが大嫌いだった。いつか天罰が降れと神に祈っていた……。
だが……、アイツらを殺した……いや、殺してくれた『暴風竜(インビジブル)』は『俺』……だったのか?
違和感が繋がっていく。
神出鬼没。
生息階層不明。
“俺”は遭遇した事がない。
誰も姿を見たことがない。
俺が「壁を壊した」階層、または上下の階層が多いのは事実。「危なかったな」と笑う俺に、「一度くらいは挑戦してみたいがな」なんてロウは笑っていたっけ……。
ほ、本当に……?
俺は……、人を殺したのか……?
不思議と罪悪感がないのは、アイツらがクズだと知っているし、自覚が一切ないから……、
そして、アイツら以外に死者はいないという事に深く安堵していから。さらには、「暴風竜(インビジブル)に救われた!」と言っていたものたちも確かに存在していたから……。
それから……、
「……レイ?」
声をかけられ、ハッと顔をあげると少し頬を赤く染めたアイリスが無表情で首を傾げている。
ガシッ!!
俺はアイリスの肩を掴んだ。
「レ、レレレ、レイ、レ、レイ?」
「ありがとう……」
絞り出した声が震える。
全く狼狽えていない無表情でも、顔を真っ赤にして身体をもじもじさせているアイリスの頭の上には「!?」の文字が見えるが、それは滲んでいく。
「……レ、レイ?」
「ありがとう……。俺は……俺は、」
フワッ……
抱きしめられたと理解すると同時に、自分が泣いている事を理解する。全く24にもなって恥ずかしい限りだ……。
「わ、私がそばにいます!!」
アイリスの叫び声は相変わらず意味がわからない。
だが……。
「ふっ……。ありがとう、アイリス」
俺は幼い頃から……【隙間風】を授かってから、ずっと「最弱」「ハズレ」といじめられ続けた。
自分でも「無価値だ」と思っていたからこそ、必死に努力を重ねてきたが、本音を言えば、「いくら努力しても無駄なのに」なんて諦めてもいた。
可能性を捨ててたのは俺自身。
植え付けられ続けて、それを認めた情けないクソやろうが俺。
でも……、違う。
俺はちゃんと恩恵(スキル)を授かっていた。
それが、その事実が、こんなにも救いとは……。
もちろん全ては空論。俺の妄想かもしれない。
でも、希望があるだけで充分だ。
「……アイリス。“放浪の旅”とはなんなんだ?」
「……『夢を叶える旅』です」
「ふっ……」
相変わらず具体的な事はわからない。
顔はどうせ無表情なんだろう。
トクンッ、トクンッ、トクンッ……
でもまぁ……、アイリスの心音は嘘を言っているわけじゃない。それに……、その放浪の旅は、
「最高だな……!」
「……は、はは、はい」
「ふっ……叶えるまでお供しますよ、アイリス様」
「……レ、レイ!」
俺を離したアイリスの真っ赤な無表情。
「じゃあ……、アイリスの“不器用”は俺が埋めよう」
そう、これが恩返しになるんじゃないか?
俺も夢を見る資格があると教えてくれたアイリスへの。
カァアーッ……
アイリスは更に顔を赤くして無表情のまま固まると……、
「うっ!!」
胸を抑えて悶絶した。
耳まで真っ赤なアイリスを見つめながら、俺は(かなり恥ずかしがり屋なんだな)なんて微笑んだ。※通訳失格!
「よし! まずは話す練習からだ! アイリスはかなり口下手なようだからな!」
「……え、あっ、はぃ……」
色々と聞けるし、一石二鳥だなんて笑いながらポンッと頭を撫でる。
「立場が弱いから」と遠慮するのはもうやめだ。他人が噂する「破壊の公爵令嬢」なんてのは無視だ、むし!
まずは「アイリス・フォン・ディアルノ」に真正面からぶつかろう。俺のことが気に入らないなら気に入らないで、その時はその時に考えよう。
俺には先輩風を吹かせたがる悪癖がある。
「改めて自己紹介だ! 趣味や好き嫌いも教えてくれるとありがたい」
いつか、ロウたちと再会したその時、少しは胸を張れるように。いつか……、アイリスが夢を叶える時、俺の夢も……、
「……アイリス・フォン・ディアルノ。814才」
「…………」
「趣味は……、なんでしょう……? 好きなモノは……な、なな、内緒……、あっ。こ、この初めて食べた焼き菓子が好きですね。……嫌いなモノは、日光……と“ほとんどの人間”……でしょうか?」
「…………な、なるほど。悪い、まずは冷める前に食事だな! そ、それから話す練習をしよう!」
「……? はい、そうですね」
せ、「先輩」とかそういうんじゃなかった。
もうレベルが段違いだ。
マ、マジで814なのか?
嫌いなもの……。
“日光”? ほ、“ほとんどの人間”?
(……ひ、一筋縄じゃないな。そ、そう言えば、俺、吸血されてたわ……)
無表情ながら紺碧の瞳をキラキラと輝かせながら料理を口に運ぶアイリスに、俺はバレないように顔を引き攣らせながら料理に手をつけた。
※※※【あとがき】※※※
次話はクソガキ間男!
こいつにも地獄を見てもらわないとww
兎にも角にも、ようやく2人旅のスタートを切れました! 展開遅くて申し訳ない!
ここから、かわいいポンコツがいろいろとやらかしてくれますんで、よろしくですw
フォロー&☆で応援してくださってる皆様、
わざわざコメントで応援してくれてる方々、
本当に感謝です。
今後も楽しみ!と思って頂けましたら、フォロー&⭐︎で応援してくれれば幸いです!
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