第13話 「な、なんじゃあこりゃあああ!!!!」




  ◇◇◇◇◇




 クルクルクルクルクルッ……ドサッ……



 宙を舞っていた猪鹿(いのしか)が地面に落ちる。血抜きは完璧……ってなわけにはいかない。

 


「クルクルって……。い、いやいや、クルクルって……。ク、クク、クルクルクルってえ!」



 な、なにが起きた?

 持ち上げようとして……、めちゃくちゃ軽くて驚いて、ク、クルクルって……? 


 ………………はっ?


 俺の頭には先程のぶっ飛んだステータス。

 アイリスの一挙手一投足に細心の注意を払っていたから忘れていたが、“アレ”がなんだったのかは確かめていない。


 ただただ化け物じみたステータスだった記憶しかなく、細かなところまで把握していないんだ。



「……ス、ステータス……の確認」



 俺はうわ言のように呟き、ポーチから冒険者カードを取り出した。


 いや、別に“アレ”が俺のものだと思ってるわけじゃない。俺なんかチンカスだ。この一年間、レベルが上がってないザコ。



 ゴクッ……


「で、でも……、万が一……」



 やばい。ニヤニヤしてる。

 ダメだ。抑えられない……。


 ふっ……、貰ったばかりのナイフを初めて使うのが自分の指になるとは……。



 ツゥーッ……ポタッ……


 俺は冒険者カードに自分の血を垂らし、


「《ステータスオープン》……」


 ポツリと呟いた。



 ポワァア……!!



 ▽▽▽▽▽


レイン・ラグドリア[24]


種族[人間(ヒューマン)]


Lev.[103]


筋力(STR) [A]

防御(VIT)  [A]

敏捷(AGI)  [A]

器用(DEX) [S]

精神(MND) [S]

幸運(LUK) [B]+3



スキル 【隙間風(ドラフト)】

    【初級火魔法】



 △△△△△




「な、なんじゃあこりゃあああ!!!!」




 2度目の大絶叫も無理はないんだ……。


 レベルが100を超えるなんて聞いたこともない。ステータスの横に[+]がつくなんて見たこともない。スキルが2つなんてありえるはずがない。


 Sが2つ? Aが3つ? Bが1つ?


 ふ、ふざけてる。馬鹿げてる。


 Sが1つでもあれば、他はBから下位だろ?

 Aが2つあれば、Sランク冒険者を目指せるぞ……。



「ロウのステータスでも敏捷が[A]……。他は……? 筋力が[B]、精神は[A]と……、防御[D]……。幸運は[B]だったか?」



 この王国で英雄と呼ばれている最強の冒険者、『竜殺(ドラゴンスレイヤー)』の“トウヤ・ミカゲ”でも、レベル99、ステータスオール[A]……。



「…………ど、どゆこと?」



 Lev[103]……。

 この馬鹿げたステータス。


 俺が……オルトロスを討ったのか?


 答えはこれしか考えられない。

 それならば、先程のアイリスの支離滅裂さが軽減される。曖昧な記憶を必死に手繰り寄せながら、俺はスッと果物ナイフを手に取る。


 ポーチから使い古された料理器具を取り出し、採取していた食材を並べると……、


 う、うぉおおおおおおお!!!!


 タンタンタンッ!!


 おりゃああああああああ!!!!


 タンタンタンッ!!


 ぬぉりゃあああああああ!!!!


 タンタンタンタンッ!!


 パッとナイフに持ち替え、猪鹿に向かう。


 ふぅぬううううううううう!!!!

 

 ザシュグサ、シュッ、ササッ……


 ポーチから火つけ用魔道具をカチッと押し、拾っておいた枝に投入。パチッと火種ができたのを確認し、


「《隙間風(ドラフト)》……」


 “そよかぜ”を送り、火を広げた。


 パチパチパチッ……


 ぼんやりとゆらめく火を見つめながら思考する。


(……き、傷口に触れて、スキルを発動させた? それで片足は凍りつき、他は……?)


 確かに、隙間風(ドラフト)は冷気を纏う。


 だ、だが……、現実離れしすぎだろ。

 隙間に使っても凍ることなんてなかったしな。


 “死にかけてたから”か……?

 人はギリギリの状態で信じられない力を発揮するとも聞くが……。いやいや、俺だぞ?


 他になにか……、アイリスのスキルの派生? なにかしらの力を俺に……? いや、そんな無駄な事は意味がない。


 それなら自分で始末した方が……。

 

 ただ、ステータスという証拠がある。


「……アイリスに聞くしかないか」


 ポツリと呟き、スープ用の鍋を手に水を入手しようと立ち上がると……、




「…………」

「…………」




 真っ裸を修道服一枚で隠しながら、ポタポタと水を滴らせるアイリスと目が合う。


 タユタユの豊満な胸。

 緩やかな曲線を描くくびれ。

 細くしなやかな四肢……。


 濡れた銀髪。真紅と紺碧のオッドアイ。

 陶器のような白い肌。


 そして……、安定の無表情はほのかに赤い。



「「…………」」




 俺はあまりの美しさに目を奪われ言葉を失う。少女らしからぬ、圧倒的スタイルに身動きが取れず固まる。

 


「レイ……叫び声が聞こえましたが? それにこの香り……どこか傷を負ったのですか……?」



 無表情で小首を傾げられるが、俺の頭の中はもう「おっふおっふ」言っている。



「き、綺麗だ……」


 思わず感想を述べると……、


 ブワァアッ!!


「……ッッ!!」



 アイリスは一瞬で顔を赤く染め、修道服を抱きしめるようにしゃがみ込んだ。


「……あ、安心して下さい。素肌を見せたのはレイだけです……。う、産まれたばかりの頃は見られているかもしれませんが……」


「…………」


 ま、また意味のわからないことを……。

 

「……こ、ここ、こ、好みの身体でしたか?」


「…………“はい”」



 俺はわざと敬語を使った。

 いまのアイリスに詰め寄られたいという気持ちなんて、もちろんないが……なッ!!



 パッ!!



 アイリスは真っ赤な無表情で顔を上げて俺を見つめるが、そのウルウルのオッドアイにハッと我に返り、背筋にヒンヤリしたものを感じる。



「……ス、スープ用の水を取ってくる。ついでに俺も少し水浴びを……。なるべく急ぐが、火の番を頼む」


「……はい」


「お腹が空いているのに悪いな」


「いえ……」



 俺は湖へと歩き始める。



 ……や、やりすぎだろ、俺!!

 なに凝視してんだ! 相手は少女だぞ!


 ちょ、調子に乗って煽るし!!

 ブ、ブチギレたらどうすんだよ!!



「……はぁー。と、とりあえず、頭冷やすか」



 頭の中に焼きついた裸にゴクリと息を呑みながら湖へと足早に歩を進め、

 

 パシャんっ……!


 冷たい水で猪鹿の血を洗い流す。


「ふ、ふぅ〜……。ヤバいな、あれは……」


 何度も何度も冷水で頭を冷やし、ふと気づく。


「ああ。そう言うことか……」


 ――そこの女性とは違い、“清やかなる身体”であると神に誓いましょう。


 俺は先程のアイリスからの「素肌を見せたのはレイだけです……」という言葉の意味を理解した。


 ――お恥ずかしながら先日で814歳となります……。


 同時に“814歳”というぶっ飛び発言も思い出し、その信憑性について考え始め、出会ってからの数々の言動を反芻する。

 

「ひょ、表情より、目線や身体を注視してみるか」


 やっぱり最後には裸だけが残った俺は、めんどくさがらずに今できる事をやろうとまたパシャんと冷水で顔を洗う。


 少しだけスッキリした頭の中……ふと、足元の小石に手を伸ばし……、


 グッ……


「とりあえず検証は大切だよ……なっ!!」


 大きく振りかぶり、力いっぱいに投げた。


 ヒューーーッ……


 向こう岸まで届くかな?と投げた小石は予測よりも飛んでいき、数100m先でカンッと音を立てた。



「……な、なるほどねぇ〜」



 ステータスに誤字なし……。


 またパシャんっと冷水で顔を洗ったが、手はプルプルと小刻みに震えていた。


 自ずと【初級火魔法】が気になりすぎたが、もう余裕でキャパを超えていた俺は鍋を手に取った。







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