第12話(め、めんどくせぇえええええええ!!)
◇◇◇◇◇
――ミレクスの森
「……私は水浴びに行きますが?」
「……わかった。じゃあ、食事を用意しておくよ」
「猪鹿(いのしか)の肉は好きですか?」
「ああ、好きだが?」
無表情のまま小首を傾げるアイリスに俺は当たり障りのない返答をしてそそくさと準備に取り掛かると……、
「《小刀脱獄(プリズンブレイク)》」
パッパッ……ビュンッ!!!!
アイリスは2本のナイフをどこからともなく出現させ、予備動作もほとんどなく投げ飛ばすと、100メートルほど先からドスンッと言う音が聞こえる。
「……では、お願い致します」
「……はい」
引き攣りまくっている俺は、おそらく“食材”を用意したのだろうと察して、小さく返事をするが、
ズイッ……
無表情の上目遣いに顔を覗かれる。
この謎行動に「な、なんだ?」と狼狽えるような事はない。
「あ、あぁ、わかった」
俺がタメ口で返事をし直すだけ……。
“なぜ狼狽えないのか?”
それは単純な話。
……なんせ、このやりとりは5回目だからだ。
始めこそ圧倒的な美貌に睨まれて、“なにか失態をしたか?”と焦ったが、
――い、いきなりで少し慣れてないでしょうが、私も身分がバレるのは少し困ります。
要は敬語を使うなということだった。
「ナイフは差し上げます。モノ自体は悪くないと思いますので……」
「……ああ。ありがとう」
アイリスはコクンと頷いてからトコトコと湖へと向かった。
オルトロスとの戦闘中に一本は折れ、一本は毒で溶けていた。ナイフに関しては2本ともオシャカになっていたので、それへの配慮だろう。
公爵令嬢の言う“モノは悪くない”……。
一体どれほどの代物なのか……。
それは俺のような平民が貰っていいモノなのか。いや、貰えるものは貰えるときに。
「……ふぅ」
小さくため息を吐き、アイリスの後ろ姿が消えたところで、その場にドサッと座り込み頭を抱える。
(め、めんどくせぇえええええええ!!)
とりあえず、心の中でくらい叫ばせてくれ。
正直、全くと言っていいほど理解できない。
基本的に無口なくせに、喋ったかと思えば支離滅裂な事ばかり。トコトコと横に来たかと思ったら顔を赤くして、前に行ったり後ろに隠れたり……。
仮面でもつけているかのように表情は動かないし、全神経を集中させて一挙手一投足を気にかけている。
俺はわりと観察力には自信がある……いや、“あった”のだが、アイリスという女は本当に理解できない。
まぁ、幼馴染にずっと騙されていたから観察力がうんぬん言えた立場ではないが、「それにしても」だ!!
身分差は明らか。俺は助けられる立場。
相手は「破壊の公爵令嬢」。
なにがきっかけで逆鱗に触れるかわからない。
少しの失言でもあの腕力でぶん殴られる可能性があるんだ。あの正体不明のスキルで瞬殺されるんだ。
無論……、聞きたい事は山ほどある。
放浪の旅とは?
先程の化け物(オルトロス)は?
先程の“吸血鬼化”は?
あなたのスキルは?
吸血鬼? 体内に盾? ついでに回復?
剣も使えて、あの身体能力……?
ナイフはどこから?
これからは? 俺はなにをすれば?
いつまでお供を?
どうして俺を助けてくれたのか?
直接、王妃?
ディアルノ公爵家ではなく?
ってか、王都とは反対方向だが?
今、怒っているのか? 今、喜んでいるのか?
今、悲しんでいるのか? 今、楽しんでいるのか?
だが、何もわからないからこそ、何もできない。
“不用意に聞き返すのも無礼では?”と口を閉じる。“こちらから詮索されるのは不愉快か?”と言葉を呑み込む。
少しでもアイリスという人間を理解し、どんなことで怒るのかを知りたいのに、ずっと無表情なのだ。
俺のような平民が質問できるわけがない。
変化するのは、喋り方と赤くなるかどうかだけ……。
そんなもん……。
ただただかわいいだけだ、クソッ!!
こんなの、どうしろって言うんだ?
俺は女に騙され続けてた男だぞ……?
はぁー……。
だがまぁ、考えられるのは一つだけだな。
要は……。
「平民の俺が知らなくてもいい事ってわけですか、そうですか! ただ、雑用やってりゃいいって事ですか、なるほどなるほど!」
兎にも角にも、俺の立場が弱すぎる。
かと言って、逃げ出したら有罪確定。
そもそも、アイリスから逃げられるはずもない。
謎行動に気を取られたり、言葉の裏を考えたり……。
(ぁああああ!! めんどくせぇええええ!!)
俺はスクッと立ち上がり、鹿が仕留められているだろう場所に向かう。目についた香草や果実を採取しながら、レシピを組み上げる。
(胃袋をガッツリ掴んで、俺なしじゃ生きれないと言わせてやるからなぁ!!)※もう、そうなってます。
鹿肉の独特な臭みは香草で……。
キノコ……よし、スープもあった方がいいな。
果実はイチヂク、レモンか。……ジュースにするか? いや、ポーチに新作菓子“チョコレート”がある。
なかなか高かったが、初めてくらい奮発だ!! どうせ、あげる相手はもういない!!
もういっそのこと開き直り、目的地に到着するが……、
ドロォオ……
「急所かよ……」
目の前にはナイフに心臓部を貫かれている猪鹿(いのしか)が血溜まりを作っている。見えてないのに大したものだ……。
大木に突き刺さっているナイフは血まみれだが、形状もサイズも、俺がよく使うもの。
重さも……うん。悪くない……。
ポーチからボロ布を取り出し、血を拭き取ると、
ゴクリッ……
見事な黒刃に息を呑んだ。
……明らかに良品だ。いや、良品なんてモノじゃない。ドワーフの刻印に“魔法付与”の古代文字の列。
俺は古代文字に可能性を求めて研究してみた事がある。
まぁ、凡庸な俺に解読できるはずもなかったが、これが古代文字である事と、ドワーフ族が手がけたモノである事くらいはわかる。
「……ま、いっか。ありがたく頂戴しよう」
くれると言うならもらう。
貰えるモノは貰えるうちに。
これは長い孤児生活で学んだことの一つだ。
「さてさて、では、調理を……」
猪鹿の血抜きでもしようと、手を伸ばす。
なかなかの大物だな……などと気合いを入れて持ち上げようとするが……、
「んんっ!?」
クルンッ!! ドサッ……
俺は『あまりの軽さ』に驚き、手を離してしまい尻もちをついた。
クルクルクルクルクルッ……
「い、猪鹿が回っている……?」
ビチャビチャビチャッ!!
「ち、“血抜き”……できてる?」
ビチャビチャッ……!!
顔に猪鹿の血が降り注ぐ。
「……」
ビチャビチャッ……
「……」
ビチャビチャビチャッ……
「な、なんじゃあこりゃああ!!」
グロテスクな猪鹿の顔。
撒き散らす血を浴びながら、俺の大絶叫が森に反射する。返ってくる声が消えて行く最中、俺の頭には先程のぶっ飛んだステータスが浮かんでいた。
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