第11話「レイ様の意向に従いましょう」




   ◇◇◇【side:アイリス】



「えっと……とりあえず、……ありがとうございました?」


 

 レイ様は膝枕から起き上がると、キョロキョロと周囲を観察しながら小首を傾げた。眉にある古傷をぽりぽりと掻く仕草に、私は心の中で絶叫する。


 あぁああああ!!!!

 や、やや、や、や、やばいです!! 

 嫌われました! 嫌われましたよね!?


 それで……、えっと……。

 ……な、なにが“ありがとうございました?”なのです?

 

 あぁああああ!! わ、わかりません!!


 ただでさえ、オルトロス討伐を丸投げしてしまいましたし、“私のため”に戦い方を制限させ、果てには大怪我をさせてしまい……、や、優しさにつけ込み、血まで頂いてしまって……。


 って、そもそも拉致して何もお話できていない……?

 わ、私、無茶苦茶じゃないですか!!


 正直なところ、私は頭が回っていません!

 口に残るレイ様の残滓を堪能していて、もぉ……。

 身体が熱くて、モゾモゾしちゃってます!


 もう美味しすぎて意味がわからなくて、死ねます!!

 もう身体がウズウズしてたまらなくて、もう何がなんだかわからなくて、もう涙が止まんない……Death(です)!


 でも……。これは……。


 なんという満足感。

 なんという幸福感。


 初めての『血』。


 レイ様と出会わなければ、おそらく一生、この感動を知ることのなかった。極東でお聞きした「飛んで火に入る夏の虫」とは私そのもの……。


 あ、あぁあありがとうございます!

 ありがとうございます! レイ様、女神様!!


 私はもういつ死んでも構わないと思えるような経験をさせていただきましたよ!!



 ツゥー……



 もう涙が止まりません!!


 不思議と身体には力が満ち溢れ、先程の飢餓状態が嘘のよう。吸血衝動は……、まあいつまでも飲んでいたいとは思いますが、少し落ち着いていて押し倒してしまいそうというわけでもありません。


 今は……この“疼き”の方が……深刻です……。


「ハァ、ハァ……うぅ……」


 いつまた吸血衝動に襲われるかわからない。

 今のうちに早くお話をしなければいけません。



「……な、なにから説明……すればよいの、でしょう」



 思わず声に出してしまった涙が止まらない私に、


「……ゆっくりで構いませんよ」


 レイ様はオルトロスの片足や宙に浮いて結界を生み出している聖盾(ホーリーシールド)に視線を移す。


「ありがとうございます……」


「いえ、お気になさらず」


 泣いている事に気を遣って頂いたんだとすぐにわかる。とにかく呼吸を落ち着けようと深呼吸をすると……、


 ……う、嘘でしょ!?


 頭をガツンッと殴られたような気づきがある。



「お、お話の前に……こちらこそ、心から感謝申し上げます。大変なご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした……」


「……いえ、助けて頂いたのは俺なんで」


「……はい?」


「えっ、ハハッ……。……説明してほしいことはたくさんありますが、俺は“偽証”してもらう立場であり平民です。アイリス様が謝罪する事など何もありません」


「……」


「……改めまして、助けて頂きありがとうございました」


 

 頭を下げるレイ様に戸惑う。

 明らかに助けられたのは私……。

 オルトロスからも飢餓状態からも……。


 吸血衝動に駆られるのは初めての経験で、あれほど身動きが取れなくなるものとは知らなかった。


 なんの話し合いもないまま別れることができず、『厄災魔獣』の前に連れ出したくせに、何もできないポンコツとなった。


 私は罵倒されて然るべき……。

 それなのに……、なんとお優しい……。


 トゥンクトゥンクと心臓がうるさいです。


 あっ……もしかしたら……。


 一つの結論に辿り着いてしまった私は、心の声が口から漏れる。


「……な、なんてことでしょう」


「……?」


「まさか……“ここまで”計算されて……?」


 信じられない事に気がついてしまった私の顔に熱が込み上げてくる。


「えっと……、ハハッ……なんの事でしょう?」



 バクンッ!!



 レイ様の困った笑顔に心臓がぶん殴られました。


 ま、間違いないです。

 私としたことが、確かめるような質問を投げかけてしまい、申し訳ないです!!


 おそらく、オルトロスは“わざと爆散”させた。

 あえて毒を撒き散らし、私が血肉から守ることで返すべき恩を軽減されたのですね……?


 ……し、信用されています!!

 わ、私、レイ様に信用されています!!


 一歩間違えれば、危うい一手。

 もしかしたら、出会ったばかりの私を試したりした可能性もあります。


 ……実のところはご自分で対処できたのかもしれません。



 ズワァア……



 なにせ、これだけの“魔力量”なのです。


 スキルやレベルの優劣で全て決めつけてかかる“現在の世界”ではありますが、この質量はあまりに異端……。


 私の……いえ、“吸血王”の本能と私の直感が共鳴し、吸血衝動に駆られたのも頷けます……。


 ……なるほど。


 レイ様が無名なのは、爪を隠し、ひっそりとした生活を送りたいからですね……。「能ある鷹は爪を隠す」と言いますし、まさにレイ様に相応しい言葉……!!


 それを私が奪って……、いえ、“あのクソ女”と“あのカス令息”と私が奪ったと……。しかし、自らの力は隠したまま、ディアルノ家の権力で制裁を加え、穏便に済ませたいと……?


 あくまで一線を超えないと……。

 それだけの力を持ちながら、あくまで法は守ると……。



「……承知致しました。レイ様の意向に従いましょう」


「……?」


「『災厄』の情報は、今のところ双頭蛇尾(オルトロス)だけでしたし、現王妃に私が“混乱した状態で”見たことをお伝えしに行きましょう……」


「……? ……ありがとうございます」


 レイ様は全てを悟ったような力のない笑みでポツリと感謝の言葉を呟いた。


 やはり……、とても聡明なお方……。

 ふふっ、無駄な会話が少ないことがこれほどストレスがないとは、思ってもみなかったですよ。



 私はスクッと立ち上がり、宙に浮いたままの聖盾(ホーリーシールド)に魔力を伸ばす。



「《投獄(インプリズン)》……」



 ポワァア……!!



 聖盾は強烈な光を放ち、私の体内に収容される。

 


「では、行きましょうか?」


「…………っ!!」


「……? レイ様?」


「……け、敬称は不要ですよ、アイリス様」


 レイ様のひどく引き攣った笑顔。


 あぁ。私ったら、なんて察しの悪いこと……。

 レイ様は平民に徹しているのですから、当然でしょうに……。ですが、私の前だけでは“本当の姿”でいてくださってよいのですよ?


「……では、“レイ”。正式な場でない時には私のことは“アイリス”と……」


「……あ……“あぁ。わかったよ、アイリス”」


「よ、よよ、よ、よろしい」



 私はそそくさと歩き始めた。


 バクンッバクンッ……


 うるさい心臓。

 晴れ渡る空。

 心地よい風。


 

 アイリス・フォン・ディアルノ。814歳……。

 ついに初恋を知りました!!

 

 きゃああっ!! わ、私、どうしましょう!?

 レイ……様。……レ、レイ……様!! 

 ……レ、レ、“レイ”。……様!!

 レレ、レ、レイ……。きゃああああ!!


 何度も何度も心の中で名前を呼ぶ練習をしながら、真っ赤な顔が見られないよう先を歩いた。




   ※※※※※



(ま、マジでなんなんだよ、この女!! 無表情で泣いたり赤くなったり……マジで意味がわからないんだが!! 結局なんの説明もしてないぞ……!!)



 オルトロス討伐をしたのはアイリスだと勘違いし、どもりながらも無表情で泣いたり赤くなったりを繰り返す公爵令嬢。


 とにかく機嫌を損ねるわけにはいかないと、四苦八苦しているだけだったレイン。


 実のところ、必死に表情を探ってはみても、ピクリとも表情を動かさないのだからお手上げ状態だった。



 スキル【監獄(タルタロス)】。

 体内に収容した対象の特性を引き継ぐ、神の名を冠する最上位スキル。


 800年前にあった王国滅亡の危機を救った1人の少女。魔剣と聖盾を身に宿し、その特性を得る対価として表情を失い、「神兵器」と呼ばれた最古の神代者(ギフテッド)。


 吸血女王“エリザベート”をその身に封印することで、“半吸血鬼”となった1人の少女。




 レインがそれを知るのはまだまだ先のこととなる。


 全ては、人とのコミュニケーションが大の苦手で、口下手で、恥ずかしがり屋で、思い込みが激しいくせに表情を失ってしまった美しすぎるポンコツのせいだ。



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