第10話「いや、誰だよ!!!!」


   ◇◇◇◇◇


 ――ミレクスの森



『所得スキルを選択して下さい』


【初級火魔法】【初級水魔法】

【初級風魔法】【初級土魔法】

【初級闇魔法】【初級光魔法】

【空中散歩(スカイウォーク)】


『ステータスポイント+3を振り分けて下さい』


筋力(STR) [A]

防御(VIT)  [A]

敏捷(AGI)  [A]

器用(DEX) [S]

精神(MND) [S]

幸運(LUK) [C]




「なんだ、これ……」



 目を覚ましたはずなのに、目の前は真っ暗。

 俺は淡白く発光している文字に顔を引き攣らせる。


 確か、化け物と戦ってて……。

 し、死んだのか? いや、でも思考してるぞ?


 “魔法”……。それも初級……。

 なんだ? 闇と光って……。


 このステータス誰だよ。化け物か……?

 ……にしても、“ステータスの振り分け”?


 そんなこと聞いたこともないぞ。

 ……別世界にでも飛んだか?


 はぁ〜……なんだか頭がふわふわしてて気持ちいい。

 柔らかくて心地よくて、また眠ってしまいそう……、

 

「――様? レ――……」



 “様”? “レ”?

 なんか聞こえる?


「アイリス様……?」


「は―……。ちょ――いいで――? もう限界――」


「……えっ?」


 俺はスッと目を閉じ、聴覚に意識を向けた。


「さ、先っちょだけ……。できる限り優しくしますから、大丈夫です。怖くない、です……。もう、限界でッ……」


「……??」


「わ、私も初めてで上手くできるか……。でも、気持ちよくなるって……。痛いのは最初だけ……だと……」


「エロオヤジ……ですか?」


「ち、ちがっ……も、もうおかしくなっちゃう。このままじゃ私……」


「……なんですか、それ」


「レ、レイ様……い、意地悪はおやめ下さい……。早く……“アツい”の下さい」


「……」



 声は聞こえるが、視界はそのまま。

 十中八九、生きているし、俺は“レイン・ラグドリア”で間違いない。


(おい。“それ”、どんな顔で言ってるんだ……?)


 目の前のスキルやステータスより、こっちの方が断然気になっているからだ。24にもなって童貞クソ野郎な俺らしい思考だ。


 恍惚とした少女らしからぬ色気を醸し出して……、モノ欲しそうにヨダレを……。む、無意味に衣服も肌けてやがる……。


 ふぅ……。


 お、俺は美少女でどんな想像してやがる……!!

 無表情とは程遠いな、おい!!


「レイ……さまぁ……」


 半泣きのような声にゴクリと息を呑む。


 こ、こうしちゃおれん。

 一刻も早く視界を回復させなければ……!

 意味はわからないが今後をよく考えて、


「わ、私……、もう、だめ……です」


 え、ええい!! 儘(まま)よ!!


 俺はもう勢いに任せて発光文字に手を伸ばした。



『【初級火魔法】を取得しました。

《火玉(ファイアボール)》

《火壁(ファイアウォール)》を習得しました。


筋力(STR) [A]

防御(VIT)  [A]

敏捷(AGI)  [A]

器用(DEX) [S]

精神(MND) [S]

幸運(LUK) [C]+3


『ステータスの振り分けが完了しました。こちらでお間違えありませんか? 【YES】/【NO】』



(【YES】!!)



 ポワァア……



 目の前が真っ白に包まれ、あまりの眩しさに目をギュッと瞑る。そして再度、目を開くと……、



「レイさまぁ……」



 恍惚とした美少女が……



「いや、誰だよ!!!!」



 俺の大絶叫が森に響く。

 誰だよ……誰だよ……と返ってくる声が鳴り止むと、



 シィーン……



 なんとも言えない沈黙が顔を出した。


 い、いや、そりゃそうだろ。

 俺の顔を覗き込むようにヨダレを垂らしていたのは、痩せこけて苦しそうな……牙の生えた老婆。


 わずかにアイリス嬢の面影はあるし、まあ……美形ではあるが銀髪というより白髪。“あと数分で絶命するのでは?”と疑いたくなる容姿。


 美少女が悶々としている表情を想像していた俺には余裕で衝撃映像だ。


「ア、アイリス・フォン・ディアルノですが……?」


 アイリス嬢は顔を引き攣らせながら小首を傾げるが、そのまま首がポキッと行ってしまいそうで慌てて顔を支える。



「「…………」」


 き、牙、すごっ!!

 八重歯とかそんな可愛いものじゃなく……。


「レ、レイさま……。い、いいですか……?」


 老婆が恥ずかしそうにポーッと赤面したところで、俺は自分が膝枕をされていることを理解する。


 ろ、老婆なのにふわふわ?

 って、待て待て!! 顔を寄せるな!!


 ゾクゾクッ……


 さ、流石に違う! いや、ちょ、キツイ!

 キ、キスは初めてじゃないが……、


 チクッ……


 ――えへへっ。初めてのキスだね?


 思い出したくもない過去が脳裏に蘇り、本当かどうかもわからない笑顔に脳がショートする。


 やっぱり、俺はレイン・ラグドリア。

 間違いなく、俺は死んでない。

 惨めでバカで情けないクソ野郎らしい。

 

 どうせならこれまでの記憶を手放してしまいたかったが……などと思いながらキスされないようにそっぽを向いた俺に待っていたのは……



 ピキッ……ピキッ……



 再度、目を疑うような衝撃映像だ。

 アイリス嬢の背面に巨大な魔獣の“片足だけ”が凍っている。


 はっ…………?

 なに、これ…………?



「……あ、ありがとうございます!!」



 意味のわからない感謝の言葉が降り注ぐが、それについては考えられない。


 だ、誰が……? 

 って、アイリス嬢しかいないか。


 オッ……オルトロスの片足……? た、確か、アイリス嬢がどこからか剣を出して斬りつけてた……? 


 そういえば身体に痛みがない……。

 完全に回復してるぞ? 

 左半身が粉々だったのに……?


 これ……、ど、どんな攻撃だよ。

 氷の魔法? 斬撃? 


 あんな化け物を粉々にしたのか? 

 俺が気を失ってる間に? 1人で……?


 オルトロスにぶっ飛ばされてからの記憶が曖昧な俺は、この老婆……「破壊の公爵令嬢」の戦闘力と現状にこれでもかと苦笑していたが、


 カプッ……


 首にチクリと痛みが走る。



「くっ……!!」



 ゾクゾクゾクッ……ブワァアッ!!


 身体に血が巡っているのを自覚し体内が熱くなる。


 えっ? いや、な、何してる?

 な、なんだよ、これ……!!


 身体に力が全く入らず、ゾクゾクゾクッと身震いするような快感が押し寄せる。声が漏れ出ないように歯を食いしばれば、ふわりと香る甘い香りに頭がクラクラする。


「んっ……はぁあっん」


「アイ、リスッ様……!!」


「んん、っあ!! はぁ、んんっ……」


 甘美な声は耳のすぐそば。

 ポニュンッと腕や腹に至福の弾力。


「レッ……イ様ッ……んっ、んんっぁあっ」


「……っ!!」


「はぁ、はぁんっ、んっ、んっ、ぁあっ!!」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「んっん! ぁああっ!」


 小刻みに震えているアイリス嬢と呼吸が荒くなっていく俺。もう何も考えられない快感の中、ゴクゴクッという不可解な音に身の危険を察知する。


「ぁっ、あっあっ、んんっ、んんんっ!!」


 突き放そうにも抗えない。


 って……、やばっ、やばいぞ、おい!! 

 な、何してんだ、コイツッ……!!


 満足に動かない身体に鞭を打ち、アイリス嬢を押しのけるように肩を押せば……、


 ヌプッ……


「んっ、ぁああああっっ……!!」


 牙を抜いたアイリス嬢は俺の首元で小刻みに痙攣する。

 まだポーッとする頭の中、俺は口元に垂れる血を卑猥に舐めとる絶世の美少女をぼんやりと見つめていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



 息を切らしながら、妖艶に微笑むアイリス嬢……。

 そのうるうるとした『紺碧』と『真紅』の瞳と目が合う。



「も、もう一度だけ……よろしいですかぁ?」


 トロンとしたオッドアイ。

 恍惚とした色気満載な笑み。


 老婆が一瞬で女神級の容姿を取り戻し、表情に変化があるアイリス嬢の破壊力はとんでもないものだ。


 だが、その鋭い牙はそのまま……。

 比喩でもなんでもなく……吸血鬼(ヴァンパイア)。


 ブルッ……


 身体が先程の快感を求めている。

 乱れた呼吸のまま俺は首を差し出しそうになるが、深みにハマると抜け出せない危機感が俺に理性を取り戻させる。


 それに、我慢は得意な方だ。


「ふぅーー……」


 一度、すべての息を長くゆっくりと吐き出すことで呼吸を整え、スッと目を閉じる。


「あ、ありがとうございます!」


 アイリス嬢の感謝の言葉は貰えない。



 ガシッ……



「……アイリス様? まずは1からご説明してくれますか?」



 俺がアイリス嬢の頭を押さえ、ニッコリと作り笑いで小首を傾げると、彼女はハッとしたようにカァーッと赤くする。


 ズズッ……


 両方の瞳が透んだ空色に変化したかと思えば、


「…………レイさま……」


 ポツリと呟き、“表情”が死んでいく。


 「破壊の公爵令嬢」。

 咄嗟にその異名が頭に浮かんだが……、



「も、申し訳……ありませんでした……」



 その金属のように冷たい碧眼から流れる涙が俺の顔に降って来る。


 それはこの世のどんなものよりも美しいと思った。




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