第9話◆「……行くぞ。レインを助けに」◆




  ◆◆◆



 ――冒険者ギルド前




 ガバッ!!


 フードを被った女性が少年に抱きつく。


「……ロウ君!! 助けて!! レイ君がっ!」


 抱きつかれたのは、冒険者ギルドで諸々の手続きを済ませ、いままさに旅立つ準備を終えたAランクパーティー白狼牙(ホワイトファング)のリーダー“ロウ・クリスウッド”である。


「エ、エルザさん……?」


 口を開いたのはロウの恋人でもある回復術師メイラ。


 腫れた頬はフードに隠れているが、そのブラウンの髪色と透き通る瞳には見覚えがあったのだ。


「メイラちゃん! レイ君が……、レイ君がっ!!」


「……レインさんがどうかされましたか?」


「ウチ、レイ君の事で頼れる人なんてみんなしかいなくて……!! もうどうすればいいのかわかんなくて!」


「落ち着いて下さい。しっかりと説明して頂かなくては私共にはわかりません」


「……ごめん、なさいっ。ごめん、ごめんね……。うぅうっ……」


 泣き始めたエルザに困惑するホワイトファングの面々。


「とりあえずギルドで話を聞こう。ゆっくりでいいからレインの身になにがあったのか教えてくれ」


「そうですね。まずはそれからです」

「うん、それがいいね」


 ロウの言葉に賛同するメイラとクーガ。


「……先生が……? なんで……。なにが……?」


 今にも泣き出してしまいそうなシャルル。


 そして……、


「はぁ〜……“レイン”ってお前たちが追放した足手纏いだろ? もう関係ねぇし、ほっとけよ……」


 大きくため息を吐き、ブツブツと不満を垂れる元王立魔法師団部隊長の奇才。レインの後釜となるスキル【補掛(オーグジリアリータイムズ)】の支援魔術師“カルロ”だ。


 しかし……、


「……カルロ。悪いが放っておくわけにはいかない。納得できないなら抜けてくれても構わない……」


 ロウの有無を言わせない圧力に「チィッ……。話を聞くだけだからな」とギルドへと入っていく。



「……ごめんなさいっ! 本当に……本当にごめんね」



 ロウたちはポロポロと涙を流しながら謝罪するエルザの演技に気がつかない。


 それはエルザの演技力が高いと言うのもあるが、“レインの身になにが起きたのか?”という焦燥が邪魔をしていたからだろう。





   ※※※※※



 ――3日前


「この“宝玉”を手に憲兵団に出頭しろ……」


 あの夜から2日経ち、エルザの前に再び現れたアベルの頬はこけ、瞳は血走っていた。


 差し出された「魅了の宝玉」をみつめるエルザはアベルの筋書きを理解し背筋を凍らせる。


(全てをウチのせいにするってわけね……? 散々好き勝手に身体を弄(もてあそ)び、欲のはけ口になってあげたのに……)


 そんな自業自得の事を考えながら、(所詮、【C】の価値しかない無能だったというわけね)などとエルザの顔は引き攣らせるばかりだった。


 どのような経路でこんな高価な物を手に入れたのか。

 誰が調達し、どのように対価を支払ったのか。

 そこに痕跡は残っていないのか。


 “処理”を徹底しているのか……?


(いや、そんなはずがないわ……)


 エルザはわざとらしくウルウルと涙を浮かべながら思案する。


「なにを泣いている!! 貴様のせいだ! 貴様さえ現れなければこんな事にはなっていないのだぞ!」


「……申し訳ありません! アベル様」


「平民のクズの使い道など、これしかない!」


「……申し訳ありません。どうかお許しを!」


「口を開くな!!」


「アベル様に忠誠を誓いますので、どうかお話を、」


「貴様の忠誠などいるか! この卑しい売女めがッ!!」



 ドカッ! ドスッ、ドスッ!!


 アベルは容赦なくエルザに暴力を振るい続けた。

 “とんでもない事をしてしまった”という、どうしても拭う事のできない焦燥をエルザにぶつけ続けた。



(なんでウチがこんな目に遭わなきゃいけないの……)



 ――臨時収入だ! 高級店に食いに行くぞ!

 ――いつも1人で寂しくないか?

 ――エ、エルザ……俺と婚約して欲しいッ!!



 エルザは頭に蘇る思い出に縋る……ようなことはしない。


 “そういやアイツ、ついに追放されたらしいな”

 “新しいヤツは元王立魔法師団の部隊長だってよ!”

 “ロウはついに見捨てたのか! あの勘違いやろうを”


 エルザは冒険者たちが話していた噂を聞いた直後。


 なんとも言えない苛立ちを胸に抱えたまま、このような仕打ちを受けているのだ。


(ウチがこんな目に遭うのはあのゴミに関わったから)

(あの無能が使えないから)

(ウチは神に騙されて、あんなクズのせいで)

(あのバカが生きてるからだわ……)



 ドカッ、ドスッドスッ!!


 エルザは亀のように丸まり必死に耐えた。

 幼き日のレインと同じように……。


 『ウチの人生を返しなさいよ』


 ギリギリとレインへの憎悪を募らせながら。



「ハァ、ハァ、ハァ……」



 やっと苦行から解放されたエルザは、殴り疲れたアベルの様子をうかがい、意識を失ったふりをやめ、痛む身体を抑えながら起き上がる。



 そして……、ボロボロの泣き顔のまま、



 ニコッ……



 アベルに笑顔を向けた。



「私は……アベル様を愛しています……。あなた様を救えるのなら、喜んで憲兵の門を叩きます……」


「……!!」


「……ですが、恐れながら……」


「…………」


「“これ”はアベル様の名誉を傷つける事になるかと……。私のような小娘に“魔道具”によって騙されたとなれば、アベル様の今後にも影響するかと……愚考したのです……」


「で、では、どうしろと言うのだ!! 貴様のような顔だけの女になにができる!? ディアルノ家は王族とも濃い繋がりを持つ筆頭公爵!!  これが露見すれば、俺の命は! それにアイリス嬢は化け物のような力を持つイカれた女、」



 フワッ……


 エルザは言葉を遮るようにアベルを抱きしめる。



「私にお任せ下さい……。アベル様を絶対にお守り致します……。必ず……どんな手を使っても……」


「……エルザ」


「大丈夫ですよ、アベル様。……私がいます。もうなにも心配なさらなくていいのです……」


「うっ……うぅ……」


「あなた様を救うためなら、私は……人だって……殺しますよ……」



 ガシッ……


 アベルは泣きながらエルザに腕を回した。


 微かに震えているエルザの腕の中。

 先程まで暴力を振るっていた女の腕の中。

 無茶苦茶な自分を許してくれる腕の中……。


「うぅわぁあっ……!!」


 アベルは泣き続けた。

 焦燥を吐き出すように。

 不安を掻き消すように。

 

(これでここから離れれる。……これで“顔だけ令息”は勝手な暴走はしない……)


「ぁああっ、うっ、うぅう!!」


 エルザは泣き続けるアベルの頭を優しく撫でる。


 アベルは腕の中からではエルザの顔が見えない。

 心の中でスッパリと切り捨てられた事に気づかない。


「アベル様……。万が一のために“そちら”は大切に保管しておいて下さい。我が身に変えてもあなた様をお守り致しますので……」


 宝玉をアベルに持たせておく事で不貞の免罪符を確保し、いざとなればアベルを売ればいいなどと考えながらエルザは優しく微笑んだ。



「うっ……うぅ、エルザッ……!!」



 そして、2人は寝具に。

 アベルに抱かれている最中、全身に痛みが走りながらもエルザは“次の手”を考えた。



「んっ、ぁあっ! アベル様!!」



 そんな中でも感じているフリを続けたのであった。



   ※※※※※



「エルザさん。辛いとは思うが、ちゃんと説明してくれ。レインになにがあったんだ?」



 冒険者ギルドのテーブルに座っているロウの問いかけにエルザはジワリと涙を浮かべる。


 メイラによって《治癒(ヒール)》を受け、元通りの容姿を取り戻したエルザの泣き顔に、新加入のカルロはポーッと頬を染める。


「……ロウ君たちと離れることになったって……聞いて……」


「「「「……」」」」


「“みんなには頑張って欲しい”って……レイ君が泣いてて……。それで……2人でお酒を飲んでて……」


「「「「……」」」」


「そしたら……急に“変な少女”が……。“アイリス……ディアノ”? よくわからないけど……急にウチを殴ってきて、レイ君も抵抗したけど、敵わなくて……」


「……それで?」


 ロウの低い声とホワイトファングの古参メンバーの鋭い眼差しにエルザは思わず笑ってしまいそうになる顔を隠す。


「……連れて行かれたの。ウチ……必死に止めようとしたんだけど、何もできなくて……それで……」


「気を失っていたと……言う事ですね?」


「うっ……、メイラちゃん」


「……それは5日前のことですね?」


「……うん。1人で探してみたんだけど、見つからなくて。ロウ君たちを頼るのはレイ君も嫌がると思ったけど……他の冒険者さんたちはレイ君のこと……その、」


 ダンッ!!


「なんで……なんで、あーしらに早く言ってくれなかったの!!」


 テーブルを叩いて立ち上がったのはレインに叶わぬ恋心を抱いていたシャルルだが、


「シャル、それは八つ当たりだよ。レインさんなら僕たちの門出に水を差すような事はしない。エルザさんはそれを理解した上で……でも、どうしようもなくて……」


「でも……でも……。先生ぇ……」


 クーガの言葉に何も言い返せないシャルルは顔を覆い涙を流し始める。



 ザワザワザワッ……


 冒険者ギルド内の喧騒の中。


「……行くぞ。レインを助けに」


 立ち上がったロウは、チラリとカルロに視線を移す。


「悪いな。……強制なんてできないし、完璧に俺たちの都合だ。お金で解決できるかわからないが、言い値を払うよ」


「……別にお前たちと組むのは金のためってわけじゃない。正直、レインってヤツはどうでもいいが、お前らがほっとけないってんなら付き合うしかねぇだろ」


「……ありがとう。礼を言う」


 頭を下げたロウに対し、カルロは「やめろよ」と呟きポリポリと頭を掻いた。



「うぅっ!! ロウ君……みんな……。本当にありがとう……ございます!!」



 ブワッと涙を溜めて、深々と頭を下げたエルザは気がついていた。カルロから向けられるイヤらしい視線に……。


 『カルロ・スティング[62/68]【A】』


 エルザが選んだ“新しい駒”はレインの後釜。

 

(みんなが“あの女”を殺してくれる。“あの無能”はこのカルロとか言う男が……)


 悪女(エルザ)はドス黒い腹で綺麗な涙を流し続けた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る