第6話 春を告げるケーキ フレジエ
フランスでケーキというと何を思い浮かべるでしょう。
「オペラ」「サントノレ」「ミルフォイユ」「パリブレスト」「ババオラム」といった、グランド・クラシックと呼ばれるケーキでしょうか。
一番好きなケーキや、幼い頃におやつで食べた思い出のケーキかもしれません。
人の好みは十人十色。一つには絞れないのです。
日本でケーキというと真っ先に頭に浮かぶのは、真っ白なクリームと赤のイチゴが鮮やかな、ふわふわのショートケーキではないでしょうか。
ケーキと打つと、絵文字でこれが出てくるぐらいですからね。
フランスには所謂「苺ショート」というケーキがないんです(日系の店以外)。スポンジケーキをくるりと巻いた「ロールケーキ」も見かけません(日系の店以外)。
フランスではスポンジ生地のことをビスキュイと呼びますが、日本のショートケーキのようにスポンジに厚みがあってフワフワのケーキは少ないように思います。
グルマン(Gourmand/おいしくて)でクロカン(Croquant/カリカリ)というのがトレンドでしょうか。一つのケーキの中でサクサク、パリパリ、カリカリ、ふわふわしっとり、といった色々な食感のあるケーキが好まれるように思います。スポンジが使われていても薄く、クリームやムース、プラリネなどの層と重ねてある感じです。
「苺ショート」はないのですが、フランスにも苺の定番ケーキはあります。
それがフレジエ(Le Frasier)です。
フレジエは丸型ケーキで、側面に苺を縦半分に切った断面が一列に並んだ、見た目も美しくかわいいケーキです。使われるクリームはクレーム・パティシエール(カスタードクリーム)とバターを合わせたクレーム・ムスリーヌで、「苺ショート」より濃厚で、小さくても食べ応えがあります。
日本で「苺ショート」は一年を通して欠かせない定番ですが、フランスでフレジエは苺の季節にしかありません。
3月になるとスペイン産などの苺がマルシェやスーパーに並び始めるのですが、同時に「フレジエはある?」「フレジエはいつから始めるの」と、問い合わせも入り始めます。
私が勤めていたパティスリーでは、シェフの方針で「原材料はできうる限りフランス産のものを使う」ことになっておりました。フランス産の苺が出回るのは、4月の末から5月。国産の苺が安定供給されるまで、お客様はじっと待つのみです。
「クリスマスのケーキはいつから予約受け付けるの?」「母の日の予約は?」といったイベントに合わせた問い合わせを除いて、これほど出番を待ち望まれるケーキは、フレジエ以外にないように思います。
フレジエは春を告げるケーキです。
フレジエの出番と共に、パティスリーではチョコレートやキャラメルなどの多い秋・冬カタログから、苺やラズベリーなどのフルーツたっぷりで軽やかなケーキが並ぶ春・夏カタログに差し替えとなるのでした。
フランス パティスリー販売員の思い出 巴里の黒猫 @KuronekoParis
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