刹那
ビュン、ビュン。
髪は風と踊ってて、静かな中に私の音だけが響いてる。
楽しい。
楽しくて笑っていると、夕暮れの空が藍色に食べられていって、少しずつ月が登ってきた。私は思いっ切り月に足を伸ばす。
届かない。
分かってる。だってこれはブランコだもん。前に進んだら後ろに戻っちゃう。そう分かってるのに足を伸ばす私が面白くて、私はまた笑った。
「どうしてそんなにブランコが好きなの?」
小さな声がした。隣では黒髪の女の子が俯きながら小さくブランコを揺らしている。
私は更に漕ぐスピードを速める。
前に進んで、また戻って、進んで、戻って。それの繰り返しは、まるで私みたい。
「だって、このまま漕いで漕いで漕ぎ続けたら月にまで行けそうでしょ?」
そう言ってみたけど、真ん丸な月が私に終わりを告げる。やっぱり、私は月には届かない。私という時間は、いつも一瞬で過ぎていく。それでも時間はまたやってくるから、時間に形があったらこの月みたいに丸いのかな。
「私は少し怖いな。月まで行って、この暗闇に呑まれて帰ってこれなくなりそうで」
また隣から聞こえた声に、私は少しだけ息を吐く。可愛くて、でも冬の夜みたいに凛とした声に吸い込まれるようだった。
「……そんな風にこのままどこかに消えちゃえたら良かったってこぼしたら、君は許してくれる?」
進んで、戻って、進んで、戻って、その繰り返し。もし、私だけのこの世界が君に溶けるのならそれも良いのかもしれない。
目が合った。私は笑った。
「ふふっ、冗談。や〜い引っかかった〜!」
地面に足をつけて、この時間を終わらせる。私の刹那は過ぎ去った。
「じゃ、また遊んでね。カナデちゃん」
奏ちゃん。
冬の夜空のような声を奏でた君を、私はそう呼びたかった。
それから私は、何度か奏ちゃんとの時間を過ごした。
奏ちゃんは嬉しい色も悲しい色も全部混ざって分からなくなっちゃった、でも優しい色をした子だった。最後まで一度も笑わなかったその子は、ある日もう遊んでくれなくなった。
あの子の刹那が過ぎ去ったんだ。
それでも私は此処に居る。私だけの世界は、ブランコと同じように何処にもいかないから。
呼ばれたような気がして隣を見ると、少しも揺らさずにブランコに座り込んでいる人が居る。ぐちゃぐちゃな色の彼女だった。
「……もう、会えないかと思った」
縋るような目で私を見る彼女の声は、あの日の澄んだ夜とは違う澱んだ音がした。
でも、あの時とは違う響きもある。澱んだ中に沈んだ宝物。
私の知ってる奏ちゃんとは、違う音だった。
「だって君、もう大人でしょ?」
ブランコと私には、ひとつ違うところがある。ブランコと違って、私は戻らない。丸い月のような形の時間はもう一度巡るけど、過ぎ去った刹那が戻ることはない。
ああ、でも。
もし、また奏ちゃんが私を望んでくれるなら。
もし、過ぎ去った刹那の時間を愛おしんでくれるなら。
その時は……。
「また、遊ぼうね」
ブランコ 秋風紫暮 @shigure219
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