第2話 距離感近すぎないか。

「ただいまー。買ってきたよ、焼き肉弁当と、ハーゲンダッチ。だからこれ食べたら出て行っ……」


「おかえりなさあああああい!! よかった、ご主人様帰ってきたああああああ♡」


 帰って来て、買い物袋を下ろすより先に満面の笑顔のミユにすごい勢いで抱き着かれた。

 

 なんか柔らかい感触が俺の胸に当たるのだけど。そして顔が近いのだけど。と、思っている間に俺の頬にすりすりと頬ずりされているのだけど。


 むにむにで、ぷにぷにで、気持ちがいい。けど、距離感近すぎないか。……こんなに喜ばれたら、出て行ってなんて言えなくなってしまうじゃないか。と、とりあえず、ご飯にしよう。そしてその後考えよう。


「えっと、とりあえず、食べよっか」


「うん!! あれ? なんでハーゲンダッチ1個しかないの? ご主人様の分は?」


 ミユに抱き着かれたまま声を掛けた俺に、ミユは抱き着いたまま俺の顔を覗き込むように聞いて来た。


「いや、だって高かったから……俺の分はいいかなって思って」


 ちょっと顔近すぎてミユの目を見れないのだが!!


「えー。……じゃあ、半分こ、しよ? ミユ、賢いから半分で我慢できるから。半分あげる。ほら、あーん♡」


 そしていつの間にかアイスを手にしたミユにアイスを口元に運ばれた。


 ……いろいろ突っ込みどころありすぎなんだが?? そう思いつつ、ミユにアイスをあーんされながら一口食べた。


「おいしい?」


「え、うん」


「へへー。じゃあ、ミユもー! いただきまーす♡」


 そして俺が食べたスプーンのまま、ミユも満面の笑みでアイスを食べ始めた。


(……間接キスなんだけど。猫耳族ってこーゆーの、気にしないのかな)


 結局。ミユと半分こしてアイス食べた後に焼き肉弁当を食べた。食べたら出て行ってと言おうと思ったのに、今度は俺の部屋の中にあるゲーム機に興味を持ち始めて、一緒にやりたいと言い出して。


 ああ、まあ、これやってからでもいいか、こんなにやりたそうにしているのだし。


 そう思いつつ一緒にゲームしたら楽しかった。ミユはへったくそだったけど、なんだかずっと、真剣だったり笑ったり、表情をくるくると変化させていて、可愛いと思った。


 もし――俺に彼女が出来たら、こんな感じなのかなと思うと、今日振られた事を思い出して、胸がチクッと痛くなったりした。


 すると何かを察したようなミユが、俺のあぐらをかいている膝の上にすっぽり収まるように座って、抱き着いてきた。


「ご主人様、元気ない? どうしたの? ミユが元気出してあげる」


 心配そうな顔を浮かべるミユにそんなことを言われて、抱き着かれたまま頭を撫でられた。


 ……こんな、女の子に。しかもこんなかわいい子に、抱き着かれるのも、頭を撫でられるのも、初めてでどうしたらいいのか分からなくなる。ただ、正直少し嬉しいなと思う自分がいる。


「いや、なんでもないよ。ちょっとだけ、悲しい事を思い出しただけ」


 けれど失恋したとも言えなくて、そんな風に答えると。


「そっか、ミユもね、今日、前のご主人様に捨てられて、悲しかったんだ。でもね、ミユはご主人様に拾ってもらって今すごく幸せだからね、ミユもご主人様を幸せにしてあげる」


 そう言うミユに、優しく包み込まれるようにぎゅーっと抱き締められた。


(え、なに。女の子に抱き締められるってこんな感じなの?)


 ミユは可愛くて柔らかくてぷにぷにしてて、そして――胸が大きい。


 こんな子に抱き締められて嬉しくないわけがない。


 けれど、そうして俺を慰めるミユは、今日、仮にも『ご主人様』だった人に捨てられたばかりなのだと思うと、その悲しみは俺の失恋の非じゃないなと思う。


 そんなミユが、今、『ご主人様』と呼んでいる俺にまで捨てられたら??

 その悲しみは計り知れないんじゃないだろうか。


 そう思うと、――さっき言えなかった言葉、『出て行って』が、さらに言えなくなってしまった。


 そんな俺の気持ちを読んだのか、今度はミユが寂しそうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。


「ねえ、ご主人様? ……ご主人様も、ミユのこと捨てようと思ってる?」


「え、いや、なんで?」


 まいった。このタイミングで……『うん、そうだ』なんて絶対言えない。


「また捨てられたら、悲しいなーって、寂しくなっちゃった。ミユ、そんなにダメな子なのかな」


 なのにミユがさらにそんな悲しそうな顔をするから――。


「大丈夫だよ、俺はミユを捨てたりしないから」


 つい。そう言ってしまった。


 するとミユはパーッと表情を明るくして。


「よかったあああ!!」


 満面の笑みでさらに俺に強く抱き着いた。


 そして。


「ねえ、ちゅーしよ?」


 上目遣いでそんな事を言ってきた。




「え!? ちゅ、ちゅー? な、なんでっ!!」


 突然のミユの言葉に驚いてしまう。


「だって。不安になっちゃったんだもん。人間のちゅーは、大好きだよって意味でしょ? 約束するって意味でしょ? ミユ、ご主人様に大好きだよって思われたいし、捨てないって約束して欲しいもん。だから、ねえ、ちゅーして」


 ねだるようにそう言われて、目を閉じてキスを迫られている。


「え、いや、でも、えっと!! キ、キスとか、俺、した事ないし。そ、そーゆーのは、その……ミユの歳では早いんじゃ……」


 ミユを傷つけないように配慮しつつ、必死に拒否する俺。


「えー? ミユもはじめてだからいいじゃん!! ミユ、もう1歳だもん。猫耳族にとっては大人だよ? ねえ、ミユの事嫌い? ちゅーしてくれなきゃ、ミユのおでこに空き缶ぶつけたこと許さないもん!!」


 ミユの無茶苦茶な言い分に、どんな言い分だよと思いつつ、少し涙目になってねだるミユが正直可愛いと思えてしまって。


「ねえ、ちゅーして。……お願い、ご主人様」


 涙目で懇願してくるミユの顔に、俺の頭からは断るなんて選択肢はなくなってしまって。


 ――ミユの両肩を持つと、俺はそのままミユの唇にキスをした。


 瞬間、ミユはへへーっと効果音が出そうなほどの嬉しそうな顔をして。


「ご主人様、だーいすき♡ 誓いのちゅーしちゃったから、もう一生ご主人様の傍にいるね♡」


 そんな事を言うミユに抱き着かれたまま、押し倒された。ぷにぷにとした柔らかな肉厚と重みを感じながら、天井を見上げる。



 ――俺は今日、好きな子に振られたはずなのに。なぜか今、可愛い女の子に大好きと言われて抱き着かれている。


 その女の子の頭には、猫の耳が付いていて。不思議なこともあるもんだと思いつつ。


 こんなの……もう、出て行ってだなんて言えないじゃないか。


 俺は心の中で、この、行き場のない猫耳少女と一緒に住むことを覚悟すると、今度は俺の方からもぎゅっと、ミユの身体を抱き締めた――。




(完)



 最後まで読んでくださりありがとうございます!!

 今回の作品は、1年ほど前に出した短編の改稿版です。


 全然違う内容ではありますが、猫耳少女を拾って一緒に暮らし始める『』もありますので、ぜひそちらもよろしくお願いいたします。


【1章完結】SS級美少女が毎日ベッドで甘えてくるようになったけど…無垢過ぎて手が出せないのだが

https://kakuyomu.jp/works/16817330654422714055


 そしてそして!! 今回の話が少しでもおもしろかったと思っていただけましたら、★やフォローを頂けたら飛んで跳ねて喜びますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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空き缶蹴ったら、わがままで可愛い女の子にキスをねだられるようになった話。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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