空き缶蹴ったら、わがままで可愛い女の子にキスをねだられるようになった話。

空豆 空(そらまめくう)

第1話 出会いは突然だった。

「ごめんね、優人ゆうと君は優しいと思うけど、友達としか見れない」


 その日、俺は人生ではじめての失恋を味わった。


(なんだよ。優しいと思うけど友達としか見れないって。名前がだから、友人ゆうじんにしか見えないってか)


 優しいって褒め言葉じゃないのかよ。優しいならいいじゃん、試しに付き合ってみてくれたって。


 俺――立岩たていわ優人ゆうとはやさぐれながら、道に転がっていた空き缶を蹴っ飛ばした。


 ――カンッ


 すると、何かにぶつかった音がして。


「ん! にゃあ!」


「え?」


 音と共に猫のような声が聞えた。


(まさか、蹴とばした空き缶が猫にぶつかった!? それは悪い事をした)


 そう思って音がした方を見て見ると……。おでこを擦りながら伸びをする女の子の姿があった。


「いったああああい。ねえ、痛いんだけど。せっかくお昼寝してたのに……」


 あくびしながらそう言ってくる女の子。歳は中学生くらいだろうか? その割には身体は発育しすぎで少しぷにぷにしているけれど。こんな道端で昼寝してただなんて、変わった子だなと思う。しかし、非があるのは俺の方。 


「ご、ごめん!! まさか人に当たるとは思ってなくて!! 本当ごめんなさい!!」


 だから必死に謝った。すると――。


「んー。私を拾ってくれるなら許してあげる」


 女の子は大きな瞳で俺を見つめながらそう言った。何、この子、やたら可愛い顔をしている。けれど。


「へ?」


 意味の分からない言葉を言われて俺の頭の中にハテナが浮ぶ。いやいや、空き缶ぶつけたのは申し訳ないけれど! 捨て猫でもあるまいし、『拾って』とはどういうこと。そう思って見てみれば、女の子の頭には猫の耳が生えている。


「ねー。私を拾って? ご主人様のアイス食べたら怒ってこっちの世界に飛ばされちゃったの。私、捨てられちゃったみたい。ひどいと思わない? アイス食べただけなのに、だよ??」


「……」


 再び意味の分からないことを言われて、頭がハテナに埋め尽くされていく。


「ねーねー、聞いてる? 空き缶ぶつけたのは許すから、私を拾って? そして飼って? 三食昼寝付き、おやつにアイスをくれたらそれでいいから!! あ、後、ふかふかベッドと、お風呂の後のジュースもお願い。それでいいから!!」


「……えっと。要求、多すぎない? ってか、何の冗談? その耳、何? ファッション?」


 とりあえず、理解が追い付かないので思ったまんまの質問をぶつけてみた。


「え? この耳? 猫の耳だけど。ねえ、猫耳族ってこっちの世界にはいないの?」


「ネコミミゾク? なんだそれ。ちょっと何言ってるのか分からない」


 ……分かった。やばい子だ。きっとこの子はやばい子なんだ。関わってはいけない種類の人間なんだ。ここは穏便に通り過ぎよう。そう思ったのに。



「そっか、こっちの世界にはいないんだ。え、じゃあ私、どうやって生きていけばいいの? “ご主人様仲介所” は? ねえ、君が私を拾ってくれなかったら、私、ここで野宿なんだけど!! 食べるものもないんだけど!! 今日、まだアイス1個しか食べてないんだけどおおおおおお!!」


 女の子は立ち去ろうとする俺の身体を両手で掴んで抱き着いてきた。そして。


「ねえ!! 空き缶ぶつけたのは許すから!! 私を飼って!! 飼ってくれなきゃ空き缶ぶつけたの許さないから!! ねえ!! ねえええええ!!」


 鼻水でも出しそうな勢いで、俺の身体にすがるように泣き付いてきた。


(ええええ!? 俺、どうしたらいいの――!?)



◇◆



 どうしよう。どうしたらいいんだろう。連れてきてしまった。女の子を、俺の一人暮らしのアパートに。


 聞けば名前をミユというらしいのだが。そんなことよりも。


「はあああああ。快適いいいい。ご主人様、いいベッドで寝てるんですねええええ。まあ、前のご主人様のベッドよりは狭いけど、日当たりもいいし、寝心地もいいし、最高最高♡」


 ミユは俺のベッドの中でくつろいでいる。しかも、掛布団にくるまって。顔だけを出して幸せそうな顔をして。


「なあ、……つまり君は異世界から飛ばされて来た猫耳族ってことでいい?」


「え? うん、そうだよ?」


「で? まさか、本当に俺の部屋に住むつもり?」


「ん? うん。ご主人様に飼ってもらうつもり♡ ねーご飯まだ? お腹すいちゃったああ」


 ……気のせいかな。もうすっかり俺が飼う事が決定してご飯をねだられている気がするんだけど。俺、まだ飼ってやるなんて言ってないはずなんだけど。とはいえ、もう昼も回った時間。俺も腹が減った。


「……飼うかどうかの話は後でするとして。君、何が食べれるの? 猫耳族とかいうくらいだから、魚とか?」


「え? フツーに食べれるよ。高級ステーキとか、高級ステーキとか、高級ステーキとか♡」


 ……気のせいかな、なんかやたら要求が図々しい気がするのは。


「えっと、良く聞こえなかった。肉とか食べるってことでいいのかな」


「え? うん、肉とかでいいよ。あとね、アイス♡」


 ……気のせい……じゃない気がするのは気のせいかな。さらにアイスまでねだられた気がするんだけど。


「とりあえず、じゃあ、焼き肉弁当でも買ってくるから、留守番してて」


 なのに、言い返せない俺。


「はーい!! ねえ、アイス!! アイスもね!! 忘れたら拗ねるからね!!」


 ミユはバサッと掛布団から出ると、いつの間にか俺の傍に寄って来てそんな事をねだって来た。


 ……やはりこいつ……図々しい。そう思うのに。


「……えっと。アイスはどんなの?」


 俺はなんで素直にどんなのがいいか聞いてるんだろう。


「えっとねー。バニラアイスがいい!! カップに入ってるやつ!!」


「ああ、ハイパーカップね」


「違うよ? ハーゲンダッチ♡」


 ミユは、大きな瞳で俺に上目遣いをしながら、可愛くウインクして答えた。――激カワなんだけど。


 ……じゃなくて!! やっぱりこいつ、図々しい!! 異世界から来たくせにこの世界の食べ物の名前を把握してるのも不思議だけど、そんなことより、こんなんだから前の主人に捨てられたんじゃないのか!? 心の中では確かにそう思うのに。


「……分かった。買ってくるから留守番してて」


 なんで俺はこう……言われるがままなんだろう。この俺の性格が、にくい。こんなんだから、いいように使われて、“優しい人” 止まりで振られたりするのだろうか。


「はーい!! ねえ、……寂しいから早く帰って来てね、ご主人様」


 ミユはさっきのキラキラした表情から一遍して、今度は眉尻を下げて寂しそうにそう言うと、俺の身体にぎゅっと抱き着いた。ぷにぷにっとした柔らかな感触が、俺の身体に伝わる。


 何、こいつ。図々しいクセに、――可愛い。


 俺、後でちゃんとこの子を追い出せるのかな。

 ……ちょっと、自信なくなってきた。

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