ホワイト・トランスフォーメーション
つき
短編
ある日、私は通り掛かりのアンティークショップで見つけた、白いイタリアンドレッサーを一目で気に入る。
エレガントな細目の猫脚で、古ぼけなく、
まるで内側から白く輝いて見えるそのドレッサーに、何故か強く心を奪われた。
私は出来心でそれを手に入れることを決意した。元々、ドレッサーは場所を取るからと、持っていなかったので丁度良い。
このように、この白いドレッサーが我が家に加わることとなった。
ドレッサーは寝室に運んでもらった。
その時は、まさかこんなにも私の意識に変革をもたらす事になるとは思っても見なかった…。
又は、ずっと以前からもう私の心は決まっていたのだろうか。
「母さん、また白ぉ?」
最初に異変に気付いたのは息子達だったかも知れない。
何が駄目なのか、サッパリ解りかねるのだが、私が毎日同じシャツばかり好んで着ているのに、二人揃って、口々に苦情を訴えるのだ。
今日のソフトデニムのワイドパンツも、優しい生成色だ。
そう言えば最近、ネイルも薄いパールホワイトが多い。それが落ち着くのだ。
私は部屋の片隅に飾られた白いドレッサーを見遣って、何故か安心した。
鏡を覗き込むと、いつもと違い、自然な笑みの自分が映っていた。
私は徐々に、他の家具のバラバラな色使いが気に触るようになり、手始めに寝室の家具から、新しくあつらえてみる事にした。
するとどうだろう。澱んでいた空気が一掃され、部屋中が清潔で穏やかな雰囲気に包まれていった。
私は感動し、その魔法にすっかり夢中になり、次々と家中のインテリアを取り替えた。
その白さは、リビング、キッチン、庭の玉砂利とガーデンチェアセットと広がり、家中が新たな輝きに包まれるようだった。
同時に、壁紙も華やかにあつらえたダマスク柄のものから、白の細いストライプ模様に統一した。
最後に、家の外壁とポストを、業者に頼んで真っ白なペンキで塗り替えて貰った。
私の暮らしは様変わりし、空間だけでなく心の中まで清らかに浄化されるようだった。
思春期の息子達はもう、私にあまり話し掛けて来なくなった。
夫はずっと模様替えには興味が無く、口出しして来なかったが、
何が気に入らないのか、言い争いは増えていった。
そのうちに、ふいと家から出ていってしまった。
私は、夫が去り際に発した薄汚い言葉たちを頭の中で繰り返した。
どれも、夫に似合いの言葉の数々だ。
そんな事より、長らく抱えていた心のモヤが解き放たれ、真っさらに生まれ変わるのを全身で感じる喜びが大きかった。
または、出たのは安堵の溜息だったかもしれない。
そして、私の日常は幸福と穏やかさが戻ってきた。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
ある日、行政を名乗る人達が現れ、説明をしてくれた。
どうも私は病を患っているらしい。いや、そんな事は無い、と突っぱねても、向こうもガンとして引き下がらない。
同席した息子達に助けを求めた所、二人とも心配そうにこちらを伺っていたが、じきに
「かあさん。大丈夫だよ。
もっともっと綺麗な、白い所に行こうね。」と長男に優しく諭された。
私はしっかり者の長男を信頼している。
この子が言うのなら、間違いが無いだろう。
そして出発の日、身なりを清潔に整えてから、私の大切な白いドレッサーの前に腰掛ける。
鏡に映るのは、随分白髪の増えた自身の姿だった。私はそのロマンスグレーの柔らかな髪色を見て、とても幸せだった。
自然な笑みが溢れ、自分でも美しい、と思った。
息子はその様子を、いつまでも辛抱強く待っていてくれた。
fin
ホワイト・トランスフォーメーション つき @tsuki1207
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます