第34話

 草原の境にたんこぶみたいな塊が現れて、それは徐々に膨らんでいった。それは、大荷物を背負ったニカだった。ニカはまるで小さな丘を背負っているみたいだ。

 草原の土は美人のキスのように甘く、ニカの一歩一歩を遅らせる。陽が傾いて、空が虹に鞭うたれたみたいなカラフルな傷が黒ずんでいく。天音がした。天音はニカの呼気から脳まで届いて古い記憶をまさぐりだした。過去からの呼び声みたいな懐かしい音で、ニカの目じりに涙が浮かんだ。ニカは涙を人差し指の付け根で拭いながら歩き出す。草原を抜けると、足の裏が失恋みたいに疼いた。


 門に羊人の灯(火性の年少者)が背を預けてしゃがみ込んでいる。その羊人は鼻をつまんで目を鼻梁に集める遊びをしている。そんな羊人の釦みたいな鼻先にシャボン玉が弾けた。水の声みたいな潤いがボタンみたいな鼻に聞こえてくる。

 「やあ、チマキ。お勤めご苦労さんだね」

 チマキは鼻をつまむのをやめて大きく口を開けた。シャボン玉の代わりに口の中に入って来るのは一番星の苦い光だった。チマキが星光の苦さに顔を歪めた時、彼火のシャボン玉が割れる。

 「ニカ!おかえりなさい!」

 その元気な声を踏みつぶすみたいに大きな影が降ってきてチマキは思わず頭を抱えて目を閉じる。

 ドシィン 巨人の足音みたいな大きな音がして地面がチマキのお尻を突いた。ニカが手を叩く音がした後、静かになったからチマキは恐る恐る目を開ける。

 シャボン玉越しに、小さな丘みたいな袋が見える。その袋にニカがよじ登り縛りを解いているところだった。シャボン玉がチマキの二の腕で割れた。水の声みたいな潤いがチマキの二の腕に聞こえてくる。

 「みんなにお土産げを買ってきたんだ。待っててね。チマキのは底の方にあるから。」

 ニカはそう声を残して、大きな口から袋の中へと入っていった。ニカはいつも星水の丘の全員にお見上げを買ってくる。だから、山のような荷物を抱えて帰って来る。

 ニカが袋の中で物をまさぐっている音を聞きながらチマキは門を背に座りなおした。すると、門の柱に小さなシャボン玉が当たってそれが破れた。

 「チマキお炎ちゃん。ニカが帰ってきたの?」

 その声の主が柱の影から姿を現した。それは、小さな天使の雫(水性の年少者)だった。

 「おい。キノエ!家から出るなって言っただろ?怪獣に襲われたらどうするんだ?」

 チマキはそうシャボン玉を吐きながら慌てて立ち上がってキノエの肩を掴んで後ろを向かせた。しかし、キノエの翼が羽ばたきを起こしてチマキの手を払い除けてしまった。

 「おいおい。キノエ!家から出るなって言っただろ?怪獣に襲われたらどうするんだ?」

 さっきのチマキのシャボン玉が割れた。それに被さるようにキノエのシャボン玉が割れる。

 「ずるいよ。チマキ。チマキだけでお土産をひとりじめするつもりなんでしょ?」

 そうやって、チマキとキノエが喧嘩をしていると袋の口からシャボン玉が出てきてその後を追うように手が二本生えてきた。

 「あったよ。チマキ、キノエ」

 袋から生えた手が二つの包みをそれぞれ振っている。キノエはチマキを押しのけて大きな袋のふもとにしがみついた。すると、大きな袋がバランスを崩してキノエの方に倒れてきた。

 「危ない!」

 チマキはそう大きなシャボン玉を吐きながらキノエを庇った。大きな袋はその影でチマキたちを覆うほどこちらに傾いたけどぎりぎりところで止まった。チマキの白い羊毛にわずかに触れた袋が徐々に萎んでいく。

 シャボン玉がチマキのつむじの上で渦巻いて割れた。

 「大丈夫?怪我はない?」小雨のように声が降ってきてチマキのつむじを潤す。

 ニカがとっさのところで袋を掴んで後ろに倒してくれたのだ。

 ほっと一安心したところにさっきのチマキのシャボン玉が割れた。

 「危ないよ!」

 タイミングが遅れたチマキの声がおかしくてニカもキノエも大きく笑った。チマキが恥ずかしさで羊毛を固くし始めたころ、ニカがチマキに包みを差し出す。チマキがそれを受け取るとニカはニカッと微笑んだ。夜の暗さを跳ね返すぐらいチマキは心が温かくなる。

 「はいどうぞ」ニカのシャボン玉が夜を放ちながら割れる。キノエが包みを受け取るのを待ってからチマキはお土産を開封した。

 チマキが手に取ったのは小剣に化象した陽光だった。ニカのシャボン玉が固形化した陽光の切っ先に当たって破れる。

 「日中、雲間に砥がれ鋭くなった陽光をぼくが小剣に仕立てたんだ。門番の仕事に役立つと思ってね」

 一方、キノエが受け取ったのは小さな瓶だった。

 「ねえねえ、ニカ。これはどう使うの?」

 キノエは困惑しながら瓶の底を覗いたり振ったりした。ニカのシャボン玉が小さく割れる。

 「それはね、霊化した鐘虫だよ。きれいな音がするでしょう?それに、とっても賢くて君の遊び相手になるよ。」

 キノエは瓶を耳にくっつけてみた。何も聞こえない。

 「挨拶してみて」とニカの声に従ってキノエはシャボン玉を吹いた。そのシャボン玉は夜の暗闇をしばらく泳いだ後割れた。

 「わたしはキノエ。よろしくね。」

 すると、小瓶が小さな灯みたいに温かくなって微細な鐘のような音がキノエの耳を楽しませた。


 二人の笑顔に満足してニカは荷物を背負いなおして門をくぐった。ニカの背後でチマキが陽光剣で闇を斬りながら手を振ってくれた。

 「ニカ!ありがとう。大事にするよ」

 というシャボン玉がニカの背を追いかけた。

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メキキラピカ @sainotsuno

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