第12話 将棋の兄さん


 もう夜は更けてきているが、町はまだ賑やかだ。

 トモヤは町の中に入ると、きょろきょろして落ち着きがない。


「私はこの町を全く知りませんが、お二人はどこが良いか分かりますか」


 と、マサヒデが振り向いて騎士に尋ねると、


「私はこの先の中央広場を通って右側の、宿の隣にある『三浦酒天』という店が良いかと」


「ですな。あそこは酒も飯もうまいし、安いですよ」


「三浦酒天」


「ええ、一見こぢんまりしていますが、いつも店は盛況です。私も何度か足を運びましたが、この町では最高ですね。町人の店ですが、たまに貴族の方もお忍びでお見えになるほどです」


「ほう! それは良さげではないか! マサヒデ、三浦酒天じゃ! さあ急げ!」


「決まりですね。では三浦酒天へ行きましょう」


 人混みの中を歩いていると、遅い時間だけあって先程よりも酔っ払いが目立つ。どこかで喧嘩をしているのか、怒鳴り声も聞こえる。

 面倒に巻き込まれると厄介だ。さっさと弁当を用意し、町を出た方が良さそうだ。


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 中央広場に近付くと、夜も遅いのに大量の人が集まっていた。群衆と言って良いだろう。

 何かあったか、と思ったが、すぐに宿を探して町を回っていた時にはなかった物に気付いた。


 広場の中央の噴水の上。

 そこに、大きなガラスのような物が浮いている。一見して魔術のものだと言うことが分かる。

 そのガラスには、数人の剣や槍を持った者達が写っている。


「あれは・・・」


「ああ、お二方は初めて見るのですね。勇者祭の試合が始まると、あのように魔術で遠くから試合が見られる仕組みになっているのです。すごい世の中になりましたな」


「・・・これは・・・」


「おお・・・」


 マサヒデもトモヤも言葉を失って、ガラスのような物を見つめている。


「我々の目付け帯が、どこにいてもあのように試合を映すらしいですよ。どういう仕組みかは全く分かりませんが」


「ほう・・・どこにいても」


 試合を見ながら、ふとマサヒデは疑問に思った。


「あ、試合は色々な場所で行われていると思うのですが」


「最初のうちは、多くの試合から魔術師会の面々が適当に選んで映すそうです。時が経つと、組が少なくなりますな。残った組は、当然ながら強い組となりますね。それらの試合は大盛況というわけで」


「なるほど」


 今でも群衆が出来ているのに、これ以上の盛況となるのか。


「賭けなども行っている所までありますな。命を賭けた試合が賭けになるというのも、試合をする我々からしては、あまり良い気分ではありませんがね」


 自分たちの立ち会いが賭けの対象になるのは、さすがに気分の良いものではないが・・・


「ほう! ならば勝ち進めば、我らの顔も国中に売れると! マサヒデ、これはすごいぞ!」


「トモヤ・・・」


 マサヒデは呆れてものも言えない。そうなれば、目立って仕方がない。そこら中から狙われるのは明白だ。


「マサヒデ、そう心配するな。先に進めば進むほど、相手の組は少なくなるのじゃぞ。狙ってくる数も少なくなるってもんじゃ」


「それはそうだがな・・・その少ない組も勝ち残った組だということを忘れるなよ」


「そうですぞ、トモヤ殿。売れれば売れるほど、強い組に狙われます。当然ながら、闇討ちされる恐れも大きくなるのです」


「む、それは恐ろしいのう。ちびりそうじゃ。ははは!」


 などと話しているうちに、試合が終わった。

 片方の組の1人が腕を上げ、勝ち名乗りを上げている。後ろで魔術師であろう者が、倒れた者達に魔術をかけている。怪我を治しているのだろう。


 と、酔っ払いがトモヤに声をかけてきた。


「おい、お前・・・お前、将棋のやつだな」


 厄介な、とマサヒデと騎士は身構えたが・・・


「む? ワシか?」


「おうおう、お前だ。わはは! まさか将棋で勝負とはな! あれは笑っちまったぞ!」


「まさか、ワシの将棋が見られておったのか?」


「おうよ! 俺は将棋の良し悪しは知らんがな、皆、大笑いしておったぞ! わははは!」


「いやあ、あれを見られておったか! 未熟な腕で恥ずかしい!」


「なーにが未熟だ、言ってくれるぜ。最後の一言は痺れたぞ! 武だけで勝負っちゃあまだまだってな! 笑ってた奴らも、あれには感心してたぜ!」


「そんなに褒められると照れるわい。やめてくれい」


 トモヤは顔を赤くして、頬をかいている。


「ははは! 兄ちゃん、応援してるぜ! 頑張れよ!」


「おう!」


 酔っ払いは去って行ったが、トモヤはまだ顔を赤くしている。


「ふふ、願い通り顔が売れて良かったじゃないか」


「いや、まさか、あの真剣が見られておったとはな。こりゃまた・・・」


 騎士達もにやにやしている。


「さ、さあ、三浦酒天へ行くぞ! 急がんとメシも酒も売り切れちまう」


 トモヤはずんずんと人をかき分けて行った。


----------


 三浦酒天は確かに小ぢんまりした店であったが、中からはたくさんの笑い声が聞こえる。今夜も盛況なようだ。


「さ、入りましょう」


 がらりと騎士が戸を開け、中に入った。


「いらっしゃい!」


 店主の大きな声が聞こえる。最初にむわっとした酒の匂いがして、その後、美味しそうな食い物の匂いがした。

 中は席が一杯で、立って飲んでいる者までいる。


「すみません、今夜はもう一杯で」


「いえ、大丈夫です。弁当を作ってもらえますか」


「へい。いくつ必要で」


「7人分、お願いします。中身はそちらで適当に見繕って、量は多めにお願いします。あと、酒もつけて下さい」


「酒は一升徳利でよろしゅうございますか?」


「お願いします」


「へい、ではここでお待ち下さい」


 店主は奥に入っていき、


「弁当大盛り7つ!」


 と、大声を出した。そして徳利を持ってきて、


「さ、まずこちらどうぞ」


 と酒の徳利を差し出した。


「ありがとうございます。表の馬に積んできますので。財布はが持ってます」


 と、マサヒデは徳利を受け取って、トモヤの背中を軽く叩き、外に出た。


「おいおい、とはなんだ、とは」


「へい。お勘定は兄さん、で・・・?」


「そうじゃ」


「んん? あれ、兄さん・・・?」


 隣の騎士がにやりと笑った。


「ふふふ、トモヤ殿。こちらもご存知なようですね」


「う、やめて下されや。もう勘弁じゃ」


 がらり、と戸を開けてマサヒデが戻った所で、


「あ! 兄さん、あんたあの将棋の!」


 店主が大声を上げた。

 騎士はにやにやしている。


「何!」「あ、あんたあの将棋の!」「おお、将棋の兄さんじゃ!」


 店中の目がトモヤに集まった。


「おお、皆の衆! この三浦酒天に将棋の兄さんが来てくれたぞ!」


 また店主が大声をあげ、店中の客が集まってきた。大騒ぎだ。

 「将棋は笑ったぞ」だの、「あの手は甘かった」だの、「最後は痺れた」だの、先程の酔っ払いみたいな者達がわんさと集まってトモヤを囲んだ。


「や、やめて下され! もう恥ずかしゅうて!」


 トモヤは顔を真っ赤にして、後ろを向いてしまったが・・・


「将棋の兄さんじゃ!」


 なんと店の外にも人が集まってしまっていた。店主の大声が外に漏れてしまったようだ。

 これにはマサヒデも思わず笑ってしまった。騎士2人も声を出して笑っている。


「参った。マサヒデ、ワシはどうしたらええんじゃ」


「知らぬ。お主の将棋はよほどらしいの」


「くうーっ、頼りにならん幼馴染じゃ! 騎士殿! お助け下され!」


 その言葉に、騎士2人は大声でげらげら笑い出してしまった。

 取り囲んだ客たちも「将棋の兄さんはデカい図体して照れ屋じゃのう」などと言って大笑いしている。


「ささ、将棋の兄さん、ご注文の弁当です! あたしゃあんたの最後の言葉に痺れたんだ、さ、この酒も持って行ってくれ! これはウチの奢りだ! お代はいりませんよ!」


 トモヤは弁当をひったくるように店主から取って、集まった人をかき分けて店から出て行ってしまった。

 マサヒデは酒の徳利を受け取り、


「ありがとうございます。失礼な態度をお許し下さい。あいつは照れ屋なんです。本当は喜んでるんですよ」


 そう言って軽く頭を下げ、店を出た。


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 帰り道、トモヤはぶすっとした顔でそっぽを向いていた。

 逃げるように店から飛び出し、あばら家へ向かって走って行ってしまったのだ。

 マサヒデが馬を引いてくると、町から少し離れた暗がりでトモヤは弁当を抱えて座り込んでいた。


「はは、トモヤ。望み通り顔が売れたんだ。良かったじゃないか」


「そうですぞ、トモヤ殿。おかげで弁当も酒もタダでもらえたではありませんか」


「・・・もうワシは町には入らんぞ。あと3日、ずっと寺に引きこもっておるわ」


「何がそんなに不満なんだ?」


「ワシはな、もっとこう、ぶんぶんと戦ってそれで有名になりたかったのじゃ。それが将棋でとは・・・」


「トモヤ、自分で言っておったではないか。武だけではない、と」


「ふん」


「さあ、馬に乗れ」


 トモヤは馬に乗り、そのまま黙り込んでしまった。

 会話が無くなって、自然とマサヒデは騎士2人と馬を並べた。

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