第8話 剣友との再会
祭りの朝。
この田舎の村では、祭りに大きな祝いがあるわけでもなく、ほとんどいつも通りと変わらなかった。
少し違っていることは、隣町へ続く道に数人の若者と、その家族たちがいるだけだ。
「頑張って」「無事に帰ってこい」などと声をかけられている者たちを見て、マサヒデは少し物悲しくなった。
やはり父と母は来ていない。
「母ちゃん、期待しててくれ。マサヒデがおれば俺も勇者になれるから」
トモヤは「どん」と右手に持った六角棒を突き立てるように叩きつけ、胸を張った。
「ばかなことを言ってるんじゃないよ。若様、どうかこのどら息子をよろしくお願いします」
トモヤの母がマサヒデへ向き直り、が頭を下げた。
「いえ、私のような世間知らずでは、トモヤがいなければとても旅は出来ますまい。彼のおかげで私は旅立てるのです」
「またそんなことを。お世辞でも嬉しゅうございます」
「本当のことですよ。幼い頃からの友人としても、とても頼もしいのです」
その後、トモヤがたまらなくなって「頼むからもうやめてくれ」と言うまで、トモヤの母はマサヒデに何度も「よろしくお願いします」と頭を下げた。
その目には涙が見え、目の色には不安と寂しさがありありと見えていた。
「それでは、行ってまいります。父上と母上によろしくお伝え下さい」
「ははは! 母ちゃん、期待して待っておれよ!」
二人は菅笠をかぶり、マサヒデはヤマボウシの綱を握り、トモヤは棒を持って歩き出した。
トモヤは振り返ってぶんぶんと頭の上で六角棒を振り回して、いつものように笑い声をあげていた。マサヒデは振り返らなかった。
村の入口から離れた小高い丘にあるトミヤス道場の門の前。
彼らが旅立つその姿を、マサヒデの父と母が見送っていた。
そこからは小さな点のようにしか見えなかったが、父母には、菅笠を被って馬を引く背中が息子だとはっきりと分かった。
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「まったく母ちゃんめ。恥ずかしいったらねえ」
道を歩きながら、トモヤは照れた顔をして、ふん、と横を向いた。
「俺の父上も母上も来なかったのだ。お前は恵まれておるわ」
「挨拶くらいは良かったんじゃねえか?」
「いや、良い。俺は放逐者だからな。それに父上も母上も、そんな身でぬけぬけと挨拶に行ったらがっかりしてしまうだろうよ」
「あー、なんというか、うむ。面倒じゃな?」
「ま、そういうものだ」
割り切ったようにそう言ったマサヒデの表情は変わらなかったが、やはり少し寂しさを感じていた。
それでも滅多に村を出ないマサヒデには、やはり何か高揚する気分があった。
この首都へと続く街道はにぎやかで、前にも後ろにもマサヒデ達と同じように歩く者が見える。
商人達も歩いていたり屋台のようなものを立てている者もおり、普段の街道とはまるで違っていて、いつしかマサヒデの寂しさも消えていた。
人も馬も紋章をつけたきらびやかな鎧を着た、ひと目で貴族と分かる組がいくつも通り過ぎて行く。中には紋章を着けた旗まで上げている組もある。
「お?」
と、そのような貴族の組のひとつがマサヒデ達の隣へ並んだ時、先頭の1人がぐっと馬の上から菅笠を覗き込むようにして、声を掛けてきた。後ろにはこれもまた派手な金属の鎧で固め、槍を立てて持った馬が4人続いている。
「人違いでしたら申し訳ありませんが、もしかして、そちらはトミヤス様では?」
笠を上げて見上げるが、派手な兜で顔は分からない。が、長年の剣友を忘れられる訳もない。マサヒデはにこっと笑って答えた。
「いかにも、マサヒデ=トミヤスです」
「マサヒデ・・・? あれ、シロウザエモン殿ではありませんか? あ、私はトミヤス道場の」
そう言って、馬上の男はがちゃっと音を立てて兜を脱いだ。
「お忘れですか。ハワードです」
風がそよいでマサヒデ達には良い心地だが、彼らは全身鎧のせいで暑さはすごいだろう。顔は汗が滴っているが、男は全然気にしておらず、平気そうだ。
「声で分かりましたよ。アルマダさん。お久しぶりですね」
アルマダ=ハワードはトミヤス道場からは遠い地で貴族として領地を治めるハワード家の三男。
10歳になるかならないかの頃にトミヤス道場に預けられ、マサヒデとずっと厳しい稽古をしてきた仲だ。残念ながらマサヒデほどの才はなかったが、彼は必死に稽古を続けた。
すぐ近くにマサヒデという彼から見れば手の届かない、まさに『天才』という存在がありながら、嫉妬をしたり、稽古を投げ出すようなこともせず、アルマダは地道に研鑽を積んできた。
マサヒデもそんな彼を近くで見ていて、何度も自分を見直したものだ。むしろ、マサヒデの方がそんな彼の稽古の姿勢に嫉妬を抱いたことさえあった。
そのうち、彼らはいつか親友、剣友と言える仲になった。
そして勇者祭の2ヶ月ほど前、家から祭に参加せよとの手紙が届き、準備の為に一度領地へ帰ったというわけだ。
「やはりシロウさんでしたか。マサヒデとは、お父上に名前を頂いたのですね?」
マサヒデも笠を脱ぎ「いやあ」と頭をぽりぽりとかいて、
「いやあ、実はトミヤス家を追い出されまして。その際にシロウザエモンと名乗るな、というわけで頂いたもので。放逐者に名を頂けるなど、ありがたいことです」
アルマダは驚いた顔をして、
「どういうことです? あなたがトミヤス家を追い出されるとは思えませんよ。一体どうして?」
「さあ、実を言うと私にも良く分からないのです。3日ほど前の夕食の際、勇者祭に出たいか? と問われましてね」
貴族を前にして、いつの間にか少し離れていたトモヤがそれを聞いて「ぷっ」と吹き出した。
「ほう」
「私は勇者祭など全く興味がなかったので、そのように答えたら父も母も大笑いしまして、酒を飲まされた挙げ句に今日から放逐だ、というわけで、今に至ったというわけです」
アルマダは少し考え、首をかしげた。
「ふうむ」
「父上も母上も怒っている様子ではありませんでしたし、何故でしょうかね」
「私にも良く分かりませんが、カゲミツ様も奥方様も、理由もなくシロウさんを、おっとマサヒデさんを放逐するとは思えませんね。まあ剣術修行には絶好の機会でしょうし・・・そういうことでしょうか? さて、このまま街道沿いにオリネオの町へ行くのでしたら、一緒にどうですか?」
「ええ、構いませんとも。しかし、こちらは歩きですが、良いのですか?」
「構いませんとも。ははは」
そう言って、アルマダは兜を馬の横へ括り付け、マサヒデ達と歩みを進め出した。
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2ヶ月も会わなかった友人との話は尽きない。アルマダは領地に帰るまでの旅の話や、帰ってからの話。マサヒデは急に祭りの直前になって放逐となり、トモヤと急いで準備をした話。そんな話をしながら歩いていた。
少し後ろに離れて、トモヤがヤマボウシを引いて騎士達の横を歩いているが、これも騎士達と何か話しながら、大声で笑っていた。身分は違えども、トモヤの明るさで互いに打ち解けたようだ。
「ははは、それにしてもお前の馬は酷いの!」
「急いで準備したもんじゃからな、馬屋に馬がなくてな! マサヒデが捕まえたんじゃが・・・」
と、大声で話しているのが聞こえてくる。
また馬を捕まえた時の話だ。馬屋でも随分と話を大きくして話していたものだ。
それが聞こえたのか、アルマダが興味深そうに、
「ほお、あの馬はマサヒデさんが捕まえたんですか?」
立派なアルマダ達の馬を見て、さすがのマサヒデも恥ずかしくなり、少し顔を赤らめた。
「いや、まあ、そうです。聞こえたでしょうが、馬屋にもう馬がおりませんで、ほら、山の近くの平地に1頭だけ残っていたものを捕まえてきました」
「よく捕まえられましたね? 私には野生の馬を捕まえることなど出来ませんよ。」
「アルマダさんにも出来ますよ。何と言いましょうか、口では上手く説明出来ないんですが、こう、立ち会った時に力というか、気を抜くような感じで近付いて、縄を掛けるだけですよ」
アルマダは首をかしげ、何やら良く分からない様子だ。
「・・・ふうむ? いや、さすがですね。馬を捕まえるにも、剣の・・・ううむ?」
騎士達もまたトモヤの話を聞いて「本当か?」などと言って笑っていたが「本当じゃ!わははは!」とトモヤの声が聞こえてくる。
「はは、後ろは賑やかですね。私達も混ざりましょうか」
と、アルマダが少し歩を遅くし、マサヒデもゆっくり歩く。
トモヤと騎士達もすぐそれに気付き、マサヒデ達に早足で追いついてきた。
「おう、マサヒデ。今、このお方達にこの七尺棒を作った時の話をしておったんじゃ」
マサヒデはトモヤの腰を抜かした時の顔を思い出し、思わずぷーっと吹き出してしまった。
「ははは! いや、これは失礼。剛力のトモヤ様が腰を抜かして小便を垂らしてしまった時のことか」
「こら! 小便など垂らしておらんわ!」
ははは、とアルマダも騎士達も笑った。
「いや、この騎士様たちがのう、お主が鉈で木をこう、斬った時の話を信じてくれんのじゃ」
と、トモヤが真っ赤な顔をして七尺棒の横をすっすっと手を縦にして振り下ろしている。
「ふふふ、やっぱりお前が腰を抜かした時の話じゃないか」
と、マサヒデは笑い、騎士達も笑っている。
そのマサヒデの隣でアルマダは当然だ、という顔をして、ふふん、と騎士達の方へ話しかけた。
「マサヒデさんは、
さすがに主君から、それも長年を共に修行を積んできた者から言われると、彼らも驚いたようだ。がちゃりと鎧の音がして、全員がマサヒデの方を向いた。
マサヒデは照れくさくなってしまって、思わず顔をそらしてどもってしまった。
「い、いや、さすがに生木は無理ですよ。トモヤのほら話です」
「なんじゃ、話がつまらなくなるのう。それでも半分ほどは鉈で斬っておったじゃろうに」
「まあ、それはそうだが」
その会話が余計に真実味を増してしまったようで、騎士達から「おお」と声が聞こえた。
自分よりも背の高い生木を縦に斬ることが出来るなど、半分までとはいえ、なまなかの腕では出来るものではない。それも大ぶりな両手剣のようなものではなく、ただの鉈でとは。
騎士達から「おお」とか「素晴らしい」とか「さすがはトミヤスの」などという声が聞こえて、マサヒデはますます恥ずかしくなってしまった。
「さ、さあ、町まで急ぎましょう」
そう言って、マサヒデはくるりと背を向けて早足に歩き出し、アルマダとトモヤはにこにこしながらその背を追いかけた。
いつかマサヒデから村を発つ時の寂しさは消えていた。
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