第9話 『真剣』勝負
オリネオの町へはもうすぐ。日は傾いてきている。
街道脇で5人のパーティーが焚き火を囲んでいるのが見える。
宿へは泊まらず、野宿で済ませるのだろう。
「おっ」「おや」
トモヤとアルマダが声を上げた。
焚き火を囲んでいるのは、魔族のパーティーだ。
アルマダ達が足を止め、マサヒデも足を止めた。
「マサヒデさん、どうします」
「さて・・・」
マサヒデの見立てでは1対1で1人ずつ戦うなら5人にも勝てる。
だが、集団戦となるとどうか。彼らの連携のほどは不明だ。
アルマダのパーティーもいるので、今回は向こうが相手を選ぶ。
となると、まずマサヒデ達が相手をすることになるだろう。
5対2。となると、トモヤはどうか・・・
「私の見た所、問題ないと思いますが。
このような魔族の国から離れた所に来るのは、あの・・・こう言ってはなんですが、あまり大した者ではなかったり、経験不足の者と決まっているそうですし」
「というと?」
「まず経験不足な者が、新人や弱い相手を探し、実戦経験を積ませるという、魔王様の方針ですね」
「ほう? どういうことでしょう」
「何度も祭りに参加して実戦経験を積ませ、熟達した者ほど魔族の国の近くに多く、さらに精鋭が城の中で魔王様を守っているという感じ、ですかね。本物の戦争ならまず全力で勇者を潰すでしょうから、逆なんですけどね。それでは面白みに欠けますし」
「魔王様も祭を楽しんでいる、というわけですね」
「それに、今は平和な時代です。武が廃れないように、という考えもあるのでしょう」
「なるほど」
「さて、どうします? 私達は5人、おそらく声をかければ、マサヒデさん達ですが」
「ふうむ」
と、そこにトモヤが顔を突っ込んできた。
「おう、マサヒデ。ここはワシに任せてもらえんかな」
「何?」
「どうせワシらが勝負することになるじゃろう。それならワシに良い考えがある」
「無理だな」
「おいおい。年来の友を少しは信用してくれんのか」
「信用云々より前に、お前の命の心配をしている。勝負を始めるのは、町で何人か組に入れてからで良かろうが」
「本当に大丈夫じゃ。さて、アルマダ殿。そちらの組は、勝負を希望致しまするかな」
「いえ、我らは」
トモヤは真剣な顔になり、アルマダに顔をぐっと近付けた。
「ふむ。では、アルマダ殿。ちとお願いがあるのですが、よろしいですかな。立会人をお願いしたい」
「立会人を? 目付けの帯がありますが、必要なのですか?」
「うむ、今回は必要です」
一体何を考えているのか。マサヒデは不安でならない。このまま行かせてしまって良いものか。
しかし、先に進むほど強い相手が多くなる。
であれば、ここはまだ村から近い。
勝てないようなら、ここでトモヤを帰しても良い。
「・・・よし、トモヤ。俺も行く。ここらで一度、実戦をしてみよう」
「ふふふ。いいぞマサヒデ。真剣勝負でいく」
「真剣・・・良いのか、お主は」
真剣となると、死なないまでも大怪我の可能性がある。
町に近いから、即死でなければ治療で間に合うかもしれないが・・・
「任せろと言うたろう。アルマダ殿、よろしく頼みますぞ」
アルマダはマサヒデの方を向いた。
マサヒデは少し黙って下を向いた。そして、アルマダの方を向き、こくり、と頷いた。
「・・・わかりました。行きましょう」
マサヒデ、トモヤ、アルマダの3人は、魔族のパーティへ向かった。
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「おうい、そこな方々」
トモヤが大きな声で魔族のパーティへ声をかけた。
「ん? 俺達か?」
「おう、どうじゃ、一勝負せぬか」
「勝負? まあそれは願ってもないことだが、そちらは・・・」
と、魔族のパーティの面々はアルマダと、街道で待っている騎士4人を見ている。
トモヤはマサヒデの肩に手を乗せて、
「うむ、こちらはワシとこの2人で。こちらの方は立会人ということで、着いてきてもらったのじゃ」
「立会人? 目付けの帯があるのに、立会人がいるのか?」
「うむ。こちらの方、このワシの相棒の旧友での。我らが立ち会いを希望したのだが、よいかの」
この魔族は人族と顔つきが全く違い、マサヒデには彼らの表情はよく分からなかったが、その声から困惑しているのが分かる。
「どうかの。ワシら2人の組でお主らと勝負じゃ。このお方達の組は、お主らとの勝負はせぬが、どうじゃ。ワシら2人はまだまだ若造。経験も足りぬ。『真剣』で勝負をしてみたい」
「うーむ、ちょっと待ってもらえるか」
魔族のパーティは顔を近付け、何やらひそひそ話し始めた。
なぜ立会人が。
そして、刀をさしている方の若者の実力はともかく、声を掛けてきた方はいかにも素人。
いかにも強そうな、がっつり鎧を着込んだ騎士達は相手をしないという。
つまり、今声をかけてきた者を倒してしまえば、刀を指した若者1人に対し、こちらは5人。
そこまで自信満々で来るということは、刀の若者の方はよほどの腕前で、それに自信があるのか・・・
「よし、やろう。そちらは少数だから、何か条件はあるか聞いてやろう」
魔族の1人が立ち上がり、近付いてきた。
「うむ。まずひとつ。こちらは少数、1対1の勝ち抜きで願えるかの」
「何? 1対1か?」
1対1なら数の少なさをカバーは出来るが、次の言葉に皆が驚いた。
「そして、もうひとつ。我らは2人組じゃが、今回勝負をするのはワシ1人じゃ」
「え?」
その場にいた全員が驚いた。魔族の者達も、マサヒデもアルマダも驚いた。
「お前1人でか!?」
「お、おい、トモヤ。馬鹿を言うんじゃない」
「そうですよ、いくらあなたが腕に自信があるとは言っても」
マサヒデとアルマダの言葉を無視して、トモヤは大声で続けた。
「真剣で願う! いかがか!」
「おいトモ」「乗った!」
すかさず、魔族の者が了承してしまった。
これにはマサヒデもアルマダも慌てて、
「トモヤ! 何を言っている! 1人で5人と、それも真剣だと! 死ぬ気か!?」
「そ、そうですよ! あなた1人でなんて、無茶ですよ!」
が、トモヤはそんな2人の言葉を流して、にんまりしている。
「なあに、任せろ。では、ワシは街道に止めた馬に得物があるでな、持ってくるゆえ、そちらは順を決めておいてもらおう。しばし待たれよ」
「おう! 逃げるなよ!」
トモヤはにやにやしながら、街道の方に戻ろうと歩き出した。
マサヒデとアルマダもその横に並び、
「何を馬鹿なことを! 勝てる訳があるまい!」
「そうですよ! あなたには無理です! それも真剣だなんて!」
大声でトモヤへ話しかける2人に対し、トモヤは落ち着いて答えた。
「ふふふ。お二人とも、そう心配するな。ワシに必勝の策がある。ずっと練っておった策がな」
「何だ! まず俺達にその策を聞かせろ!」
「すぐに分かりますぞ。ふふふ。命の危険も、怪我の危険もないのじゃ」
「どういうことだ」
「ふっ、ふふふ」
トモヤは笑いをこらえきられないようだが、マサヒデもアルマダも、顔を赤くしたり青くしたりしている。
そして、街道へ着いた。
「さあてお二人共。まずはワシの得物を見てもらおう」
トモヤは街道に置いておいたヤマボウシの鞍袋から、持ってきた将棋盤を取り出した。
「何?」
「それは・・・将棋盤?」
「ふふふ。どうやらお二人共ご存知ないようですな」
「まさか・・・それで殴り合うのか?」
「はーっはっは! 違う違う!」
「どういうことです?」
「賭け将棋よ」
マサヒデもアルマダも、街道で待っていた騎士達も、ぽかん、とした顔をしている。
「どうやら皆様方、知らんようですなあ。賭け将棋のことを『真剣』というのですぞ」
「つまり、つまり、お主は将棋で勝負を挑んだということか?」
「そういうことよ。将棋じゃからな、立会人が必要なのじゃ。ということでアルマダ殿に頼んだのよ」
皆、開いた口が塞がらなかった。トモヤの言った『真剣』とは、賭け将棋であったのだ。
「そ、そんな勝負が認められるのか!?」
「ほれ、祭りの決め事にあったであろう。『なんでもあり』じゃと。ほれ、この手を見てみい。目付けの帯は何もないじゃろうが」
「・・・」
「さあ、参ろう! いざ真剣勝負じゃ! わーっはっは!」
そう言ってトモヤは笑いながら、鞍袋から金の入った袋をじゃらりと出した。
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「さあて、最初はどちらかな」
どかり、と魔族のパーティの所であぐらをかいて座り、将棋盤を置いたトモヤに、魔族達も「何だ?」という顔をしている。
殺気立った魔族達が、うろんな目でトモヤを見ている。
「おい、どういうつもり」
「おおっとお、真剣であったな。ほれ、金じゃ。中を改めてもらおう」
トモヤは一番近くにいた魔族の顔の前に金の入った袋をぐい、と突き出した。
「さあ、改めてもらったら『真剣勝負』と参ろうぞ」
「い、一体どういうことだ!? これは、将棋!? お前は一体何を言っているんだ!」
金を突き出された魔族が大声で喚く。当然だ。
「なんじゃ、お主らも知らんのか。賭け将棋のことを『真剣』というのじゃ」
「ば、馬鹿な! そんな勝負が認められるものか!」
「この祭りでは『どんな手を使っても』と認められておるのは、ご存知であろうが。ほれ、ここにワシの目付けの帯がある。見てみよ。何もないぞ。お主らの目付けの帯はどうかの? つまり、この勝負は認められておるということよ。ふっふっふ」
「馬鹿な・・・馬鹿な! こんな勝負があってたまるか! こんな・・・」
マサヒデもアルマダも、苦り切った顔で、トモヤと喚く魔族達とを見ていた。
「さ、どうした。お主達は勝負を請けた。やらんなら負けを認めたということで、金を置いてさっさと国に帰ってもらおう」
「負け!? 金を置いていけだと!?」
「この賭け将棋の勝負は認められておる! さあ、やるか! やらんのか!」
「うっ、うっ、くそ、こんな馬鹿な・・・こんな・・・」
「さあ、お主達も賭け金を出せ。これは『真剣』じゃ」
魔族達は一様に震えながら、金の入った袋を取り出し、最初の一人がトモヤの前に座った。
トモヤはにやりと笑い、苦い顔をして横を向いているアルマダの方を向いた。
「さあて、勝負開始じゃ。ささ、アルマダ殿、立ち会いを頼みまするぞ」
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