第3話 勇者祭の始まり


 トモヤが語る―――


 数世紀前、魔の国と人の国は大きな隔たりがあった。

 現在は魔の国と人の国は交流があり、人の国にも大きな都市には普通に魔族も住んでいる。それぞれの各国に外交官もいれば貿易も盛んだし、優秀な人材を送りあって学術・技術交流などもある。互いに平和だ。


 昔は見た目の違いだけで大きな争いが起こり、そこに勇者達が生まれたという。

 彼ら勇者達は単身であったり、数人であったりしたが、魔族の兵をなぎ倒しながら魔王の元まで辿り着き、魔王を殺そうとした。国の頭を殺せば良いという、単純な考えだ。

 確かに一時は混乱も生じるであろうが、何しろ魔の国は大国だ。多少の混乱が生じたところで、人の国が勝てる見込みはない。引き継ぎの魔王が立てられるであろうなど考えもしなかった。単純な時代であった。


 人の国は単純であったが、魔王は賢かった。ある勇者が辿り着いた時に、魔王は尋ねた。


『この魔王も魔族も人の国に戦を求めておらんし、我が兵も戦の前は人間を襲ったりはしなかったであろう。なぜ人は我らと争うのだ?』


 と、尋ねた。勇者は


『魔獣どもは我らを襲うであろうが! 魔王めが、貴様の手引であることなど、とうに知れておるわ!』


『勇者どの、お主は野の獣を兵として操るのか?』


 その一言を聞いて、む? と勇者は首をかしげた。

 今までの勇者達よりも、少しだけこの勇者は賢かった。


 確かに魔獣は人を襲うが、魔の国に来てからほとんど魔獣には会わなかった。

 今まで魔王の手引とされていた魔獣は、人の国の野の獣と同じ。

 魔の国の魔獣は、魔王が厳しく排除していたのだ。

 そう、魔王が魔獣を人の国へ送っているなど、ただの風聞であったのだ。


 考えてみれば、いくら腕が立つとはいえ勇者は一人。しかも堂々と城へ向かう。危険視されるわけもない。

 敵視されていたなら、自分はとっくに囲まれて串刺しにされるか、矢衾となっていたろう。

 なのに、すんなり城へも通され、王にも謁見できた。

 この大国は、厳しく、平和に統治されていて、魔王は人の国と争いたいとは思わず、少しでも関係をこじらせたくなかったので、戦の最中であっても勇者に手を出すことを厳禁としていたのだ。

 

 そういえば戦を振り返ってみれば、今まで大きな争いがあったのに、魔の国は人の国の領土を取ろうともせず、防戦だけであった。これだけ大きな国であれば、人の国など簡単に踏み潰すことも出来たであろうに。


 あっ、と思い、勇者は恐る恐る魔王に尋ねた。


『では、魔王よ。人の国と争う気などないと。人の国の領土などいらぬのか』


 魔王は大きなため息をつき、


『この国は十分広い。今でも治めるだけで手一杯よ。その上、戦などしておったら、いくら魔王でも身が持たんわ。お主の国の王へ、よろしく伝えてくれるか』


『ああ、我ら人の勘違いであったのか』


 勇者は肩を落として国に帰った。

 魔王は勇者へ豪華な馬車を用意し、護衛の兵までつけてくれた。

 姿の違いというだけで、人族は偏見で勝手に勘違いをし、喧嘩をふっかけたのだ。勇者は人の身であることを恥じた。


 そして勇者は国へ帰り、一部始終を王へ報告した。

 人の国はいくつもあるので、その話を信じない国も多く「勇者は謀られた。そうでなければ彼の者は勇者ではなく、魔王に寝返ったのだ」と、死罪を求めた国も多かった。


 だが、その勇者の国の王も少しだけ賢かった。

 即死罪とはせず沙汰は追って、として、しばらく勇者を牢に押し込めることだけにした。


『即刻、魔の国へ使いを送れ』


 そして、戦争が終わった。

 不満を持つ国も多かったが、何しろこちらから仕掛けて相手は防戦一方。一時侵略された領土もあるが、思い出してみればその領土もすぐに取り返せている。勝ち戦は全てそんなものばかり。記録を見れば明白で、全てが平和を望む魔王の計らいであった。

 相手の戦力を考えれば至極当然のことで、魔の国の軍としては良い実戦演習程度であったろう。それほど、当時の魔の国と人の国は戦力差があったのだ。


 後に分かったことだが、魔王から何度も和平の使者が送られていたが、全て問答無用で斬られたり、戦争を望む者達に和平の書は握りつぶされていた。


 この勇者が初めて和平の使者として成功したのだ。


 勇者も牢から出され、人の国の王達と魔王との宴に招かれた。

 不満を持つ人の国の王には参加を拒否する国もあったし、当然『罠だ』ととなえる大臣達も多かった。

 だが、


『皆が行かずとも、我は行く』


 と、それら反対意見を突っぱね、勇者の国の王は言った。

 剛毅な王であった。


 魔の国では、人の国の王達は歓迎された。道々の魔族の民は大手を振り彼らを歓迎し、通って行くどの街も大騒ぎであった。滞在する街では先日まで戦争をしていた国とは思えないほど、毎回歓迎された。

 長年の戦である。魔族の兵にもそれなりに被害はあり、随分と恨まれているであろうと警戒していた王達であったが、恨みなど微塵も感じられなかったという。

 人の国の王たちは驚いた。魔の国は何より平和を望む国なのだ。このような国に、我らは見た目の違いで勘違いをし、一方的に争いをふっかけたのだと、勇者と同じように自分たちを恥じた。


 そして、王達と魔王の宴が始まった。その席で『勇者祭』が生まれた。

 魔王はその酒の席で、戯れに人の国の王達に話し出した。


『今までの勇者を称え、何年かに一度、勇者になりたい者を募って人の国から勇者を生ませてはどうか。こちらからも勇者への挑戦者を出してな、これは邪魔者という具合よ。それらを打ち倒し、我の元へ辿り着けたら勇者とし、また、辿り着けた者には我に挑戦する機会を与え、我に勝つことが出来れば、望めばその者に魔の国を丸ごと譲っても良い』


 と言った。

 要は国同士の大きな武術大会のようなものの提案だ。

 平和に膿んでは武は衰退するという考えもあったし、魔族は人族よりも屈強な戦士、優れた魔術師が多い。

 また魔王自身も自分の強さに自信があった。今までの勇者達との一方的な言いがかりで戦うのは嫌気がさしたが、腕試しとなれば違う。当時から、既に数千年とも数万年とも言われるほど長く生きている。自身も、もう年齢など忘れた、というくらいだ。長い人生には楽しみが必要だ。


 王達はその話しに飛びついた。なにせ、望めば褒美は大国の魔の国丸ごと全部なのだ。自分の国から、もし魔王に勝てる者が生まれれば・・・


 しかも、戦争ではなく「祭り」なのだ。今までのように魔族と人族が険呑になることはない。

 確かに参加者の命は互いに失われる事もあるだろうが、それも参加者が覚悟の上での参加だ。いわゆる自己責任。田舎の町規模の武術大会でも死者は出る。

 優秀な武術家が失われる事もあるだろうが、褒美が一国丸ごとでも良しとなれば、天秤にかけるまでもない。

 町中で戦うのなら、闘技場を用意して戦わせることも出来る。有名人の戦いともなれば大騒ぎ、町を挙げての祭りとなり、経済にも良い。悪いことは何一つない。


 さすがに無制限のパーティでは戦争と変わらないので、人数は5人以下とし、また複数のパーティが集まって襲いかかるようなことはせぬよう目付けをつけること。と、簡単に話が決まり、勇者祭は始まった。



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「と、いうわけよ」


「ふーん」


「なんだ、マサヒデ。興味なさげだな。魔王と戦うこともできるのじゃぞ」


 いち武術家として、マサヒデは強者と戦う、といったことに血が湧くのは否めない が、魔王と言われてもピンとこない。田舎村で育ったマサヒデにはおとぎ話の世界だ。


 そういえば村の周りに魔獣が出て、道場の者と狩りに行ったことがある。獣と大して変わらない、と思った。

 だが、魔族の者と手合わせした事はない。魔族の武術家といえば皆が強者揃いだという。どれほど強いのだろうか。

 魔術師とは一体どんな者だろうか。火の玉を飛ばしたり雷を落としたりと聞いたことはあるが、どれほど強いのだろうか。そのような者と剣術でどう戦えば良いのか。

 そう考えていると、自分の修行にはもってこいの祭りだ、父が自分を無理矢理にも参加させたのも納得できる、そう思えてきた。


「そういえば、目付けがいると言っておったな。いつ来る?」


「さあの。村の役人あたりではないのか? 長旅になろうし、今頃くじ引きでもしておるのじゃろ。当たりを引いたらハズレじゃ」


 と言ってトモヤは「わはは」といつものように笑い、釣り竿を手に取った。


「さて、ワシは釣りにでも行ってくる。晩飯を増やしたいからの。マサヒデも来るか」


「いや、俺は鍛冶屋に顔を出してくる」


「そうか。晩飯までには戻れよ。ではの」


「おいおい、母上みたいなことを言うな」


 そしてトモヤは釣り竿を担いで川へ歩いていった。


(さて、行くか)


 マサヒデも立ち上がった。

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