第5話 トモヤの得物
翌早朝。
山に行ってみたが、やはり馬は見当たらなかった。
「そうそう上手くは運ばんかの」
「まあ、そうだろうと思っていた」
と、ぶらぶらと歩いていた。
「そういえばトモヤ、お主の得物は何だ?」
「おう。ワシはこの力が武器よ」
トモヤはぐいっと腕まくりをして、力こぶを作ってみせたが、これにはさすがにマサヒデも呆れてしまった。
「トモヤ。さすがにそれはどうかと思うぞ」
「そうかの?」
「お主、俺と戦うとなったら、得物もなく素手で戦うつもりか?」
「そりゃあ無理じゃ」
「勇者になろうと言う者がおり、魔の国からはそれに匹敵するであろう者達が邪魔しに来るのであろうが。俺より強い者もわんさかおるであろうとは思わんのか」
「うーん、まあ、わんさかおるとは思えんが、たしかにおるかもしれんの」
「では、今日はお主の得物を作るか」
「ワシはマサヒデ殿と違って、太刀など振るえませぬぞよ」
「阿呆、作ると言うたろうが。一日二日で刀が出来るものか。
棒で良かろう。丈夫な木を探して棒を作る」
「棒か。地味じゃな。こう、槍とか薙刀とかではいかんのか」
「買うのか? そんな金を使ってはおれん。
そもそもお前は槍も薙刀も扱えんだろう。自慢の怪力で適当に棒を振り回せば良い。硬い木であれば、そうそう斬り落とされもせん」
「そんなものか」
「そんなものだ。じゃあ、俺はここで寝ておるから、のこぎりと、鉈か山刀でも借りてこい」
「なんじゃ、ワシ一人で村まで戻るのか」
「お前の得物だろうが」
「分かった分かった。されば、ごゆるりとお休みなされよ」
そう言って手を振って、トモヤは村へ歩き出した。
「さあて、寝るか」
マサヒデも手頃な木の根本に座り、すぐに寝息を立てはじめた。
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(来たかな)
しばらくして、人の歩いてくる気配を感じてマサヒデは目を覚ました。
ぐっと伸びをして立ち上がると、トモヤが歩いてくるのが見えた。
「おうい、寝坊助どの」
トモヤが手を振っている。
「早く来い」
と、マサヒデも手を振った。
トモヤが来ると、
「さて、この木で良いか?」
と、ぽんぽん、とマサヒデが寝ていた木を叩いたが、
「ダメだ。手頃なのは樫だな。贅沢を言えば中に鉄芯も仕込みたいが」
「おいおい、物騒じゃな」
「物騒にもなるわ、半端な得物ではお前が死ぬ」
トモヤはあっけらかんとしたものだ。
いつ襲われて死ぬかも分からぬ旅に出るというのに、武器ひとつ用意していなかったとは、とマサヒデはまた呆れてしまった。
トモヤは自分が死ぬとか、自分が誰かを殺すとか、そういうことを全く考えていないのか。
マサヒデはそんなことを考えながら、二人でガサガサと木立を歩くと、樫はすぐに見つかった。
「ま、当座はこれで良いな。よし、トモヤ。手を見せろ」
「うん? 手?」
「お主の手の大きさに合わせて作らねばいかんだろう」
「そりゃそうじゃな」
と、トモヤは手を広げてみせた。大きな身体だけあって、手も大きい。力仕事でまめが潰れてその上にまめを作った、分厚い皮だ。マサヒデも手は剣ダコだらけだが、それとは違ったこの大きな手が頼もしく思えた。
「ふむ。よし、まずは切り倒すか」
「おう」
まずは木に登って、縄を上の方に縛り付ける。
がつん、がつん、と鉈で軽く斜めに受け口(三角の切り込み)を作り、あとはのこぎりを引く。
反対側ものこぎりを引いて、あとは縛り付けた縄を引くだけ。四半刻ほどの作業だ。
「よおし、引っ張るぞ」
「ほいきた、このトモヤ様の怪力を見よ! よいこらっ」
ぐい、と二人で縄を引っ張ると、ざざあ、と音がして木が傾き、どしんと音がして倒れた。
「ふむ、長さはどうしようか」
「長さ? よく六尺棒とか言うではないか。六尺ではないのか」
「お前は図体だけはでかいからな。ちと長くても良いかとな。長い方が利もあるし」
「図体だけはというところが気になるが、たしかに長いほど有利ではあろうな」
「うむ、七尺ほどで作るか。七尺で切ろう」
「おう」
と、トモヤが木を切り出す。ただでさえ硬い木であるのに、生木だから大変だ。
トモヤとマサヒデは息を切らせてはあはあ言いながら、交代で七尺ほどに切り出した。
「ふう、ひと休みするか」
「おう、こりゃあ大変じゃ」
二人で地面に座り込み、竹筒に入った水を飲んで、汗を拭った。
一息ついて、
「マサヒデよ、この後はどうするんじゃ。これを大工にでも持っていくのか。さすがのワシでも重いぞ」
「まあ、多分大丈夫だ。鉈を貸せ」
「多分?」
「まあやってみるから。任せておけ」
トモヤが疑問の顔で鉈を渡す。
「よし、その木を立てて持ってろ」
「おい、まさか」
「いいから立てろ」
しぶしぶ、トモヤがぐいっと木を立てる。流れているのは木を切って流れた汗だけではない。冷や汗もだ。
「マサヒデ、頼む、ワシを」
無言でマサヒデが鉈を振り下ろした。
「わあっ!」
と、トモヤが木を離し、どすん、と木が倒れてしまった。
「ううむ、さすがに鉈では無理があったな。すまぬ」
鉈は木の中ほどの高さで止まっていた。
トモヤは尻もちをついて、蒼白な顔でマサヒデを見つめていた。
「・・・・・・」
「まあ後はこの鉈を下まで叩けば良いが、手間だな。すまぬ」
「謝るところが違うわい! 死んだと思うたわ!」
「おや? 村一番の力自慢、牛をも持ち上げるトモヤ殿にも、恐ろしいものがあったか」
「・・・・・・」
「ははは! さあ少し休め。気が落ち着いたら、この鉈を下まで落とすぞ。あと何回かこれをやれば良い」
「まだやるのか。生きた心地がせぬわ」
ふう、とトモヤがため息をついた。
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その後、何度かトモヤは尻もちをつき、七尺の棒が出来上がった。六角に切り落とした棒だ。
さすがに丸くするのは無理なので、六角にした。
「ワシはもう木は切らん」
疲れ切った顔で、トモヤが言った。肉体的な疲れもあろうが、ほとんど気疲れだ。
「おい、何を言うておる。まだ出来上がりではないぞ」
「なに、まだ切るのか」
「これではささくれ立って手にトゲが刺さってしまうだろう。村に帰ったらしっかりとヤスリがけだ」
「それで出来上がりか」
「とりあえずな。さあ、棒を持て。今日からお主の相棒だ。ははは」
そう言って、マサヒデは太い枝を一本切り取り、歩き出した。
「なんじゃ、その枝は」
ガサガサと茂みを歩きながら、マサヒデは枝を振っていた。
「うむ、木刀も作っておこうと思うてな」
「木刀? 父上からもろうた刀があるではないか」
「まあ、な。だが、旅先でも日課の素振りはしたいでな」
「旅に出ても素振りは忘れずか。真面目なことじゃ」
「ほんの少しの腕の鈍りが命取りになろうが。それとな」
「それと?」
「斬らずに良い相手は、木刀で良かろうと思うてな」
自分のこういう所が甘いのだ、と、マサヒデは思う。だが、素振りをしたいというのも本当だし、非情になれずとも良いと思う。
「そらそうじゃの。殺さずに済むなら、それが良いわな」
「そういうことだ」
「マサヒデのお~、通りし所はあ~、血の道があ~」
トモヤが物騒な歌を歌いだした。
「おいおい」
苦笑しながら、村へ帰った。
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村へ帰ると、トモヤは棒と借りてきた鉈を持って大工の所へ行った。
マサヒデは縁側に座って、拾って来た枝を小刀で削り、木刀を作っている。
しゃっ、しゃっ、と枝を削る静かな音。
マサヒデは考えていた。
(斬らずに良い相手は、木刀で良い)
帰り道にも考えていた事だ。
(やはり、俺は甘いかな)
勝負をする時は、やはり真剣で相手をせねば、それは武術家として礼を失するのではないか。
例えば、自分が真剣勝負を挑んだとして「では私は木刀で」と言われたら。
それは、お前は未熟だ、と笑われているのと同じだ。
マサヒデも、相手の強さがぼんやり分かる程度には鍛錬を重ねている。
だから、そもそもそのような相手に勝負を仕掛けたりはしないし、仮に仕掛けてしまったとしても、一合も撃ち合う前に「いや、参りました」とでも言って、頭を下げて終わらせようとするだろう。
だが、自分のような者ばかりではないことくらいは、世間知らずのマサヒデにも分かる。
道場の稽古で木剣稽古だと言われた時「私は竹刀で」と言って、門弟を怒らせたことがあった。それと同じことだ。
だが、それでも、と考えてしまう。堂々巡りだ。
『雑念が滲み出てるなあ』
と、放逐された朝の父の声を思い出す。
しばらくして出来上がった木刀を見て、立ち上がった。
ぐっと握ってみる。ちょうど良い。
「うむ」
ゆっくりと木刀を上げ、上段から振り下ろす。
しゅっ、しゅっ、という音がマツイ家の庭に静かに響く。
木刀の素振りでこの音が出せる者は、道場には数人だった。幼い頃からの鍛錬のおかげだ。
それから何度目か。「ぶん」という音が出て、手を止めた。
(やはり、俺は未熟だ)
はあー、とため息をついて、素振りを止めた。
縁側に座り、草を
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