有名先生と無名ヒーローの合わせ技

藤泉都理

有名先生と無名ヒーローの合わせ技




 言えやしない、言えやしないよ。

 本当は正直に告白してしまいたい。

 あなたの秘密を知っています。

 見てしまったんです。

 あなたが。






「何か悩み事があるのか?」

「いえ。あー。まあ。走るのが遅いのが、悩みと言えば、悩みですかね」


 はは。

 頬を軽くかきながら笑う中学二年男子生徒、田中たなかを、怖いと全学年の生徒から恐れられている五十代の男性体育教師、神林かんばやしは、それ以上追及することなく、そうかそれならいいと言って背を向けて歩き出した。


 言葉通りならばいい。

 けれどここ最近、学校で向けられる田中からの視線。

 何か言いたいと、告白したいと言わんばかりの、切羽詰まった視線を感じるのだ。


 もしや、いじめか。

 ここ最近、SNSでのいじめが勃発していると耳に挟んだ。

 電子機器など、テレビ、ラジオ、冷蔵庫、掃除機、電話、電子レンジ、トースター、風呂、洗濯機、エレベーター、エスカレーター、印刷機、パソコン(文字が打てて印刷できれば十分)、ガラケー(電話とメール機能のみ)で十分であるのに。

 やれ、スマホを持てだ、タブレット導入だ、紙は廃止しろ、生徒たちのSNSを管理下に置けるようにしたらいいだの。ああ。これ以上、脳を膨らませないでくれ。爆発しちまう。


(ではなくて)


 いじめを受けている、もしくは、いじめを受けている誰かがいて、知らせようとしたが知らせることによって、もっといじめがひどくなる、はたまた、今度は自分がいじめを受けることを懸念して、知らせられないでいるのではないか。

 もっと、追求すべきだったか。

 いや、ただでさえ、強く指導するな、やんわり指導するようにと上から言われているのだ。

 やれ、パワハラだ、セクハラだ、なんちゃらハラで、生徒ないし保護者から訴えられては堪らないと、学校は戦々恐々としているのである。

 ああ本当に雁字搦めの世の中だ。身が細くなる一方だ。


(ではなくて)


 世を憂いている場合ではなくて。

 今は田中を憂いている場合である。


「さて。どうしたものか」


 本館ではなく別館にある保健体育教師のみがいる職員室にて。

 椅子に腰をかけた神林は腕を組んで、脳漿を絞ったのであった。




 生徒と二人きりになるべからず。

 必ず複数の人数がいる中で、相談ないし指導をすべし。

 間仕切りなどを用いて、視界を塞ぐべからず。


 上からのお達しの下、神林は田中を保健体育教師の職員室に呼び出した。

 放課後。

 以前であったならば、保健体育教師はすべからく部活動の指導者として駆り出されていたが、今は引退、ないし現役のその分野に精通する人物が指導者として外部から呼び寄せられているので、体育教師もまた、ここで各々明日の準備に勤しんでいた。


「田中。相談したいことはないか?」


 神林は机を挟んでソファに座る田中を一直線に見た。

 体育教師たちがあれやこれやと授業について熱く話し合っているので、静かではないが、逆にこの喧騒があるおかげで話しやすいと思うのだ。

 田中は薄ら笑いを浮かべながら、きょろきょろと目を忙しなく動かしていた。

 昼休みのように、否定はない。

 ここにいるのは教師のみで、生徒がいないからだろう。

 話せると、考えているのかもしれない。


 神林は目を忙しなく動かす田中をじっと見つめた。

 声はかけなかった。


「あの。神林先生」


 十五分は経っただろうか。

 田中は音が漏れないように両の手で口元を隠しながら、質問を投げかけた。






『あの俺、電子機器を駆使して先生の力になります!』


(う~~~ん~~~)


 家路を辿る中、神林は渋面顔になった。

 困った、とっても困った。


(う~~~ん~~~)


 変身姿なんて、結界が張られているので普通は見えないらしいのに、田中には見えたらしいし。

 本当は記憶の消去もできるらしいのに、田中の記憶の消去もできないらしいし。

 上に相談したら、勝手に動かれるより、目につくところにいてもらった方がいい協力してもらえと言われるし。

 よもや、駆け出しの無名のヒーローだからって、処理に手を抜かれているのではないか。


(まあ、ヒーローに無名も有名もないけど。記憶を消去してるし。でもないか。確かにヒーロー世界では名を馳せているヒーローもいるわけだし)


 人知れず悪と戦う、賞賛も非難もないヒーロー。ヒーローを知らぬこの世界では。

 ヒーロー世界では、確かに賞賛も非難も、あるわけだ。




『俺!ずっとヒーローに憧れていたんです!』




 映像や演劇の世界で憧れを抱いたのだろう。

 かつての自分のように。

 自分も憧れを抱き続けて、そうして、数十年の時を経て、スカウトされて、ヒーロー世界に全身を突っ込んだわけだが。


(まあ。上からの命令だしなあ。いや。だが。生徒を危険な目に遭わせるのは。でもあの目を曇らせたくは。しかしやはり危険だ。う~~~む~~~)


 とりあえず、ヒーローについて詳しくプレゼンするか。

 そのあと綿密に話し合って、決めよう。


「仕事が、増えた、なあ」


 神林の視線の先には、赤提灯を下げた屋台があったのであった。











(2024.2.8)


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有名先生と無名ヒーローの合わせ技 藤泉都理 @fujitori

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