伝える、想い

********


「……コック…………

 いた、のか……」


『……』


「……その……」


 しかし白は、ここに来て何を言い出せばいいのか分からなくなっていた。

 何から言い出せばいいのか。とりあえず謝ればいいのか、それすら分からず、呆然と。


『マスター…………私……苦しい……ん、です……


 熱くて、よく分からない感覚が…………あって……』


「あ、ああ……


 ……だから、出ていった……のか」


『それは……』


 両者の目線が下がる。白はその、何に対してか分からない申し訳なさに。

 コックはその、本人は自覚できていない、苦しさ…………故に。


「なあ、コック……俺は、何か……お前に悪いこと……でも、やっちまったのか……?」


『え———』


「だって、何か……何かがダメだったから、俺から離れたくって……逃げてったん、だろ……


 せめてその理由だけでも……教えて、欲しいんだ」


 申し訳なさそうに……らしくもなく、白はどこかしんみりとした、そんな落ち着いた声で話し続ける。


『あの……それ、は…………』


「そう、か……教えては、くれないか……



 ……だったら———うん、せめて俺は……謝りたいんだ」


『謝るって———』


「俺は……約束してやったよな、お前に。

 もうお前が、悲しい顔になるようなことだけは、しないって」


『———!!』


 コックはハッとし、その言葉に対して目を見開いていた。

 ———違う、そんなことじゃない。


「俺が約束を守れなかったから……何か、お前が泣きそうになるようなことを……言っちまったんだろ……


 ……だったら…………ごめん。それだけは、伝えておきたかった。


 それとも……一緒に作ったチョコが、下手くそだった……せい、かな。……どっちにしろ———」


 そう言うと白は、すぐに後ろに振り向いて、ゆっくりと歩き始めた。


 別に誘っているわけでも、何でもない。白にとって伝えたい言葉はそれだけであり、それが終わったから……とりあえずは別れる。本当に、それだけのことだった。






 ———待って、ください。





「———じゃあ、な……

 ……ごめん」


 それでも白は、去ってゆく。その軌道も、行動も、変えることはなく———コックの元から、その背は遠ざかってゆく。



 ———待って。

 ねえ、待って……待って、ください、お願い……だから。









『———っっ、白…………っ!』

「はっ……」


 その呼び声に、白はすぐに反応した。

 でも、それは普段のコックの呼び方からは程遠いもので。


 普段白のことを『マスター』と呼ぶコックが、何故この時に限っては『白』と呼んだのか。


 その意味を。何もかもを。白は理解できず。







 ———しかしそれでも、白はその声に———振り向いた。



「……ああ、一体、どうして———おいぃっ?!」


 振り向いた白。しかしそれを待たずして、コックは白に向かって走り出していた。


「ええっちょ待て、コック……っ?!」

『———っ!』


 そのまま、走り続けたコックは。

 勢いのままに白に抱きつき———、


「は……あっ?!」


 その硬い床に、白の体を押し付けた。



「ちょ……っと、待てよ、一体、何が———」


『…………白……様っ!』


「あ———、ああ……」


 最終的に、コックは白の上にのしかかる形になった。———もう白に、逃げ場などない。


わたし…………受け取って…………っ、受け取って、欲しかったんです……このチョコをっ!』


「はっ———」


 そこで白は、ようやく。

 コックがここに来るまでに、未だ抱き続けてきた、1つの小さな箱に。


 何の、装飾もなく。

 また包装も、丁寧とは正反対にいるもので。



「な、何で……


 それだけ……それだけ、大事……だった……のか……」


『それは…………


 ———そうに、決まってる……じゃないですか……っ、白様っ!


 だって、白様と一緒に……っ、一緒に作った、このチョコなんです……わたしにとっての一番の『大切』は、それ……だったんです……っ!』


「俺と———、一緒に……」


 ここに来て、ようやく白は気付く。

 その時間が。チョコの出来など関係なく、そんなたった少しの時間こそ———コックにとっての『大切』だったのだと。


『だから…………っ、だからっ!!!!

 ぜひ、受け取ってほしいのです……私のチョコを———私の———っ』


 コックの喉元で、言葉が詰まる。

 それが何なのか。そのチョコの意味は何なのか、白に示さなければならないと言うのに。


 


 そう、ソレは愛だった。

 白に対する愛。それが、そのことばこそが、コックの未だ言えずにいた言葉であった。



 ———違う。

 そんなものじゃ、ない。






 そう、ソレはだった。

 白に対する恋。そんなものが、言い出せるわけがなかった。

 ましてや、その感情を、コック自身が自覚することさえ。


 ———今の彼女には、その恋を———恋心を、主従の『愛』という言葉のベールに被せてしか、伝えられない。


 例えここで『愛』と言ったとしても、白はその恋心に気付くわけがないのであった。



 ———それでも。

 この恋に、気付いてと。




『…………っ、私の———想いをっ!!』


「ぁ……」



 それでも、天使少女は踏み出した。




「想い……って……」


 ———がしかし、流石の白といっても、ここでソレが何なのか、などとしらばっくれることもなければ、その想いに気付かない、などということもなかった。


「でも、お前……ソレ…………本気で言ってるなら、サナは———」




『サナ様はっ!!!! 今は、関係———ないんですっ!


 今は———せめて、この今……っ、だけでも……貴方の、側に…………いさせてほしいのです、わたしはあっ!!』




 涙ながらに、そう語るコックの髪には。

 ———髪飾りとしてあった、リナリアの花が……そのピンクの色を付けていた。











「…………なるほど……な……


 ……分かったよ、受け取るさ……そのチョコ」




『白様は、……っ、ソレで、いいのですか……?』


「いいって……何がだよ?」


『だって……このチョコは……下手に、出来上がってしまって……』


 だが、そんなコックの憂いにも、白は微笑をもって返してみせた。


「いいさ、別に。……だって、俺と作ったことが大切なんだろ?……なら、ソレでいいじゃないか。


 サナは関係ない……つったが、そりゃあそうだ。このことに、サナは一切関係ない。……お前の想いだからな、俺が間違ってた」


『あ……』


「だから…………うん、受け取るよ、俺は」


『はぁっ……!!』


 




 ———そのコックの笑顔は、今までに見たことがないくらいに朗らかなものだった。そして……何より、アイツが喜んでくれること。それが、俺は嬉しかったんだと思う。




『———、マスター…………っ、白、様……』


「……ああ」




『……っっ』


 ———既に空は暗く。

 上り、そして天蓋として輝く、その月と重なり。


 見上げたコックの姿は、どうも白にとっては、これ以上ないほどに綺麗に見えたという。





『…………はい、どうぞ…………!


 マイ・マスター…………っ、いえ———、










 マイ・ディアー……!!』



 




 

 

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コックちゃん「少しクックしてみようかと思いまして」 月影 弧夜見 @bananasm3444

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