第28話 魔王様への願い
役所からの帰り道。
大興奮するカオルとシズクを連れて、赤く夕日に染まる町を歩く。
「しかし、なんでこんなに順位が上がってしまったのでしょう?」
「先日の試合に、祭の参加者がいたのでしょうか」
「ああ、確かに魔族の方も少しいましたが・・・
それにしても、こんなに上がるものですかね?」
こんなに、と言っても、まだぴんとこない。
さっきはカオルの説明を聞いて驚きはしたが、やはり数字が大きすぎる。
87210位?
闇討ち組は点数が多いということだから、先日、降参させた組の点数が大きかったのだろうか?
少し考えて、は! とマサヒデは顔を上げた。
「あ! もしかして!」
「何か心当たりでも」
「ギルドの稽古ですよ! あそこに、私を狙う方々が混じっているとか!
ほら、ギルドはたくさん冒険者が出たり入ったりしてます。
冒険者の方々は、魔族の方も多いですよね。
それっぽい格好をしてれば、普通に入ってもバレませんよ。
祭は基本的に連戦は禁止されていますけど、相手が良いと言えば問題ない。
稽古では『次の方どうぞ』って、私がかかってこいって言ってるわけだし」
「なるほど、それはありえますね。順位が上がっているのも納得できます」
「マサちゃん、稽古で一本も取られた事ないもんね!
ま、師範役が取られちゃいけないけどさ」
「しかし、レイシクランの方々がそのような輩を通しますでしょうか?」
「普通に通すでしょう。稽古に混じるんですから、得物は訓練用の物になるわけですし、怪我をしたって治癒師はいつもいますし。マツモトさんや受付の方に聞けば分かりますかね?」
「そういう輩が『祭の参加者です。稽古に紛れてトミヤスを排除しに来ました』とでも言って、訓練場に入るでしょうか?」
「う、それは、そうです・・・」
「でもさ、それなら毎日稽古してるだけで、順位が上がってくじゃないか!」
「どうでしょうかね? 私が思い付くくらいだから、もしかしたら、既に今まで何組か倒してるのかもしれませんよ。あまり長くは続かないのでは」
「私もそう思います。そういう輩が何組か来て、全部返り討ちにされたと知られれば、すぐに来なくなるでしょう。たまに身の程知らずが来るかもしれませんが」
「あはは! 身の程知らずか! マサちゃん、私やカオルにも楽勝だもんな!
そこらの奴が勝てるわけねえよなー! なんせ救世主だもんね!」
「ご主人様、もしかしたら、闇討ちや連戦として扱われて、良い点数をもらえてるのかもしれませんよ」
「ああ、それはあるかもしれませんね。次の稽古から、相手を注意して見て・・・と言っても、分からないのか」
「今まで通りで良いのでは? ご主人様を攻め込めるほどの腕の方が入れば、すぐに分かりましょう」
「まあ、強い方は空気が変わりますからね」
「私も変わる?」
「もちろんです。試合の時、シズクさんが扉を開けた瞬間、私もアルマダさんも、まずい! この人は危険だ! って、ぴりっと来ましたよ」
「カオルの時はどうだったの?」
「冷たい空気を感じましたね。カオルさんの前に、1人、凄腕の忍の方と戦っていたので、忍の方の独特の空気っていうんでしょうか。そういうのが分かったんです。それで、カオルさんの時に、これはすごい忍が来た! って分かりましたよ」
「へーえ」
ふわ、とカオルが顔を上げ、遠い目をする。
「私も、あの方のような忍になりたいものです」
「カオルがそこまで言うって事は、よっぽど?」
「今のシズクさんでは歯も立たないと思いますよ」
「ええ! じゃあ強いじゃん! マサちゃんは勝てる!?」
あの男に勝てるだろうか。
歩きながら、腕組をして、少し上を向く。
カオルとの対戦で強くなった今なら勝てるか?
「・・・無理ですね。今は、ですが」
「今はってことは、勝つつもりなんだね!」
「当たり前じゃないですか」
「今のご主人様でも、まだ無理ですか?」
「カオルさんは面と向かってないので分からないと思いますが、あれは異常です。強い人って、雰囲気とかですぐ分かるじゃないですか。あれだけの強さなのに、強いって雰囲気が全くないんですよ。実際に手を出されても、全く感じないんです」
「そんな事が・・・出来るのでしょうか」
「なにそれ? すごく強いのに、強いって分からない?」
カオルは驚愕の表情を浮かべ、シズクは胡乱な顔をしている。
「気配を消すとか、そういう感じではないですね。ものすごく強い者が目の前に立っていて、見えてるし、普通に気配もある。なのに、全然強いという空気を感じない。恐ろしくないですか? 忍独特の、冷たい感じだけは感じましたけどね」
「うーん・・・マツさんがにこにこしてるのに怒ってる、みたいな?」
「まあ、似たようなものですかね。カオルさんが『これぞ忍の境地』って感動してたのは、そんな人です。ふふ、まずは無刀取りからですか」
え? とシズクが驚いていた顔を向ける。
「無刀取り? 無刀取りって、あの武器を取っちゃうってあれ?
その人、無刀取りまで使うの? 聞いた事しかないよ。本当にあるんだ」
「ええ。そうですよ。私も取られました」
「うっそー! マサちゃんに無刀取り!?
見たかったなあ、見たことないよ、無刀取りなんて。
カオル、忍の境地ってすごいんだな・・・」
「ははは! シズクさんの鉄棒は取られる事はないから、心配無用ですよ!」
「私は、まずは無刀取りではなく、ご主人様に教えて頂いた、強くなる方法を模索したいと考えております」
「あ、それそれ! それだよ! 考えてない時に、あ! って閃くって」
「そうなのですか?」
「そういう時が多いですね。ふと気付くんです。あ、これかって。釣りをしてたり、料理をしてたり。正座してて、ちょっと足が痺れた、足を崩そうかって瞬間とか。どこで閃くかは分かりませんが」
「ねえマサちゃん、その強くなる方法って、1つだけ?」
「私から見た限りは。他の方が見れば、もっとあるかもしれませんね」
「ふーん・・・他にもあるか、カゲミツ様に聞いてみようかなあ?」
「ははは! どうせ『俺に勝ったら教えてやる』なんて言われるだけですよ!」
「うへー! 言われそうだなー!
カゲミツ様に勝てるんだったら、そんなのいらないよねえ」
「何言ってるんです。父上のさらに上もいるじゃないですか」
「え? 誰?」
くす、とカオルが笑う。
「魔王様ですよ」
シズクはぶんぶんと顔の前に手を振り、
「いやいやいやいや。魔王様には勝てないでしょ」
「ははは! シズクさん、勇者祭は魔王様に挑戦! て祭なんですよ?
挑戦してみたくないんですか?」
「ないなあ。ご褒美が貰えればいいや」
「ご褒美? 何が欲しいんですか?」
「うーん・・・ご褒美かあ」
シズクは腕を組んで考え込んでしまった。
思わず、マサヒデもカオルも吹き出してしまう。
「ぷ、ご褒美が欲しいのに、ご褒美を考えてなかったんですか!? ははは!」
「ふふふ、『頭を良くして下さい』なんてどうです?」
「あー! カオル、言ったな! じゃ、お前言ってみろ!」
「ふふん、秘密です。でも、知ったらきっと皆様驚きますよ」
にやり、とカオルが笑う。
「ほう。カオルさんはそんな驚きの物ですか。魔の国を下さいとか?」
「そんな物はいりません」
「ほう。魔の国を『そんな物』とは。そこまでの物ですか」
「はい。で、ご主人様は何を? やはり、立ち会いですか?」
マサヒデは足を止め、遠い魔の国の方に目を向け、少し笠を上げた。
にこにこしていた顔が、少し遠い目になる。
カオルとシズクも足を止める。
「私は、マツさんと結婚したことを、直に顔を合せて報告したい」
「それが、ご主人様の願いですか?」
「それだけなの?」
「はい。立ち会いなんて必要ありません。武者修行は旅の道中で十分出来ると思いますし、足りないと感じたら、帰って父上にしごかれれば良しです」
「・・・」
「あ、もうひとつあります。マツさんのお母上に会いたい。
ううむ、ふたつは欲張りでしょうか・・・許してくれますかね・・・」
「・・・そうなんだ」
「そうです。この2つが、私の願いです」
3人の顔を、夕焼けが赤く染めている。
魔の国は、遠い。
しかし、この願いを届けたい。
勇者祭 9 火盗 牧野三河 @mitukawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者祭 9 火盗の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます